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第六話 夏の終わり
コンラッド先生のことを、考えるたびに、嬉しい筈なのに寂しさも付きまとう。
それは、『恋人ごっこ』だから。
本当の恋人同士じゃないから。
先生が優しければ優しいだけ、むなしさと寂しさがどうしようもなく募る。
駅の改札を抜けて、雑踏を歩く。照りつける夕日は、まだ皮膚を射すようで暑い。けれど、頬を撫でていく風は、さらりと乾いている。
もう、夏も終わるのかな。少し、感傷的な気分に浸った。
いつもの空調のよく効いた教室に入ると、ジュリアさんがぼんやりと外を眺めている姿が眼に入った。
彼女も、元気がないな。どうしたんだろう。
夏の終わりは、もしかしたら皆が感傷的になりやすい時期なのかも。
鮮やかな夕日が、彼女の白い顔も、白いワンピースもオレンジ色に染めていた。とても綺麗だけど、物憂げな印象を受けた。
彼女の隣の席に腰掛けながら、尋ねた。
「ジュリアさん、どうしたの?ひょっとして、元気ない?」
「あら、渋谷君。ごきげんよう。そう。元気がないようにみえるかしら?」
俺を見ると、彼女は微笑んでくる。ふわりと長い髪が揺れる。けれど、その顔も寂しげに見えた。
「うん!すっげー寂しそう。俺でよかったら、話聴くよ?」
「そう?じゃあ、思い切って話しちゃいましょうか?」
「うんうん!」
彼女は、覚悟を決めたような顔をすると、声を潜めた。
「実は、私コンラッド先生に手紙を出したの。でも・・・・・・、返事をくれないの」
彼女は、再び儚げな表情になる。
その言葉に、俺の頭の中が真っ白になった。
彼女みたいに、綺麗で清楚な人が先生にラブレターを出していたなんて!
普通、こんな綺麗な女の子がラブレターを出したなんて聴いたら、その相手に嫉妬するのが男の常だろう。
なのに、俺はどうしたんだ。
いや、どうしようもないくらい―― コンラッド先生に惚れちゃってるんだ。
だから俺は、彼女に嫉妬・・・・・・した。
女性というだけでも、先生と恋人になる確率はぐんと上がる。その上、こんなに美人で聡明で、非の打ち所がないんだから。
彼女が・・・・・・羨ましいよ。
それに、こんな綺麗な子がラブレターを出したのに何の返事もないなんて。きっと、先生は、手紙を貰ったことに気づいてないだけだ。
もし、こんな綺麗な子からラブレターを貰ったことに気づいたら、先生は間もなく彼女に夢中になるに違いない。そうしたら、きっと俺のことなんて、すぐに忘れてしまうんだ。
それでも、彼女の恋心を踏みにじるわけにはいかない。渋谷有利の小市民的正義感がそれを赦さない。
俺は、彼女ににっこりと微笑んだ。
「大丈夫、俺が先生に聞いてみるから」
「ありがとう、渋谷君」
秋の空気のように澄んだ瞳は、柔らかく細められた。薔薇色の唇は、綺麗に弧の形を描いた。彼女の周りだけ、空気が透き通っていた。
少し、胸が痛んだ。
やばい、俺、相当病んでる。こんな綺麗な女の子に微笑まれて、嬉しいと思えないどころか、自分の容貌と比べて落ち込むなんて・・・・・・。
******
「ねぇ、コンラッド先生」
信号待ちで、車が停まっている折に何気なく彼にたずねることにした。
相変わらず、高級なレザーシートを張られた狭い空間には、先生の甘くも清清しい香りが立ち籠めている。
「何、ユーリ?キスしたい?」
彼は左ハンドルを握ったまま、切れ長の瞳だけこちらに流して、艶めかしく微笑んだ。薄闇の中とはいえ、相変わらず、破壊力抜群の流し目だ。
「だ、だから、何でそうなるんだよっ。ち、ちがうんだからな。ジュリアさんのこと」
俺の口から出た単語に驚いたのか、凛々しい眉が寄せられた。
「ジュリアの?」
「うん、そう。実はさ、彼女がすごく落ち込んでたんだけど、先生は心当たりはないの?」
「心当たり?さぁ」
先生は、皆目検討がつかないという風に、ますます怪訝な顔をした。そのまま、シグナルが青色に変わると、華麗な手さばきでギアを1速に入れてスタートした。
やっぱり、先生は彼女からラブレターを貰ったことを知らないんだ。
もし、彼女がラブレターを出していたって知ったら、どうなるんだろう。彼女が大切になって、俺との恋人ごっこも終わるのか・・・・・・?!
先生に、この話を切り出すのが、怖い。たまらなく、怖いよ。
もう、先生とこんな風に一緒に帰ることも出来なくなるかもしれない。
もう、好きって言ってもらえないかもしれない。例え演技だとしても、先生に好きって言われることは、とっても幸せな気持ちになれたのに。
けれど、彼女を裏切ることは出来ない・・・・・・。彼女に約束したんだから。
「ジュリアさんが、コンラッド先生にラブレターを出してるんだよ?もしかして、先生は、気づいてなかった?」
俺はできるだけ明るい声で、そう告げていた。
「ユーリ?!それはいつのことですか?」
先生は、ひどく取り乱して、声を荒げた。
こんなに慌てる先生、見たことない。俺の胸が不安でざわめいた。
「今から3週間くらい前、ほら俺が赤点取って先生に呼び出された日と一緒だよ。コンラッド先生、そのときからだったよな。俺の勉強する意欲をあげるために、俺と恋人ごっこなんかしてくれたのは」
思わず、そんな余計なこともしゃべってしまった。だって、先生が俺とのことが、ただのエッチ目的の火遊びだったなんて嫌なんだよ。
まだ、『勉強する気を上げるため』の恋人ごっこのほうがいい。いや、ずっといい。
そこに、生徒への愛があるから。
『エッチしたいだけの』恋人ごっこなんて、愛の欠片もないじゃないか。
先生は、車のハザードランプボタンを押すと、速やかに道端に車を寄せた。
いつになく、真剣な顔でこちらに向き直る。
「ちょっと、ユーリ?『勉強する意欲をあげるため』の恋人ごっこって何ですか?」
信じられないというように、彼の瞳は大きく見開かれている。彼の俺の肩を掴む指が食い込んで、痛い。
彼のあからさまな動揺に、俺の心は凍りついた。
やっぱり、違ったんだ―― !
彼は、初めから俺とのことは、ちょっとした気まぐれだったんだ。
認めたくないけど『エッチしたいだけの』恋人ごっこだったんだ。
それなのに、俺は本気になって、なんて惨めなんだろう。
俺は、何も言えなくなってしまった。
先生も、何も言ってくれない。
狭い車内に、重々しい空気が流れる。
先生は腕を組んだまま、遠くを見つめている。綺麗な顔の眉間には、僅かに皺が寄せられている。美形な人の不機嫌そうな顔は、突き放すように冷たい。
どうして、先生が怒っているの?俺とのことは、先生にとって『ただの遊び』なのに、『俺の勉強する気を上げるための恋人ごっこ』だなんて、少しでも気があるような言い方をしたのが、気に入らないの?
嘘だろ?!悲しすぎて、涙もでないよ。
俺たちは、無言のまま渋谷家の前まで来ていた。
沈黙を破ったのは、いつもの柔らかい先生の声だった。
「今まで、俺の恋人ごっこにつき合わせて悪かったね。もう、俺のことは気にしないでいいから。でも、これからも、勉強は頑張るんだぞ」
ぽんぽんと頭を撫でられた。相変わらず、甘くて蕩けそうな笑顔だった。
なのに、突き放された気分だった。
もう二度と、彼は俺と恋人ごっこをしてくれない―― そう直感した。
いや、こんな惨めな恋人ごっこなら、解消してくれるだけ優しい、って考えないと駄目なのかな。
それとも、ジュリアさんみたいな可憐な少女に好かれて、もう心はそちらに動いたから、俺は要らないの?
嘘・・・・・・だろ。
俺は、最後の意地で先生の前で、泣くことだけは避けた。けれど、先生に何も返事できなかった。
車から外に出ると、助手席のドアを閉めた。
ドアが閉まる音が、俺の心を粉々に砕いた。
乾いた夜風は、冷たくて。夏の終わりを告げていた。
もう、先生との甘い夏も終わるんだ―― 。
脳裏に、無駄に優しい先生の笑顔が焼きついて離れない。
柔らかくて穏やかな声が、心に染み付いて消せない。
車のテールランプが、どんどん遠ざかっていく。その度に、海の中に沈んでしまったかのように、視界が滲んでいった。
当たり前のように、毎晩掛かってきた先生からの電話は、その晩からパタリと鳴らなくなった。着信音は、甚だロマンチックじゃないけど(何せ水戸黄門)、先生の声は耳が融けるくらい甘かったのに。
重い腰を上げて、塾へ行ってみれば、彼は完全に一教師になっていた。授業中、俺に微笑んでくれることはなくなった。気のせいだといいんだけど、先生とジュリアさんが目配せをしているような気がするし。
授業の後に、二人でデートするなんてことはもちろんなくなった。それどころか、家まで送ってもらうこともなくなった。
塾に迎えに来る勝利は、いつでもお兄ちゃんに頼れと、上機嫌だったけど、俺の心は一向に晴れそうもなかった。
そんな日が何日も続いて、俺は見てはいけないものを、見てしまった。
それは、俺の中の否定したかった気持ちをことごとく裏切った。
始業前に、2階の教室から1階のトイレに向かう途中に、階下から人の声が聴こえた。妙な胸騒ぎのした俺は、階段の踊り場から下を覗き込んだ。
そこには、コンラッド先生とジュリアさんが、まるで人目を忍ぶように階段裏に佇んでいた。それも、二人は互いの手を優しく撫でていた。二人は、真剣に見つめあい、何かを熱く語りあっていて、すっかり二人だけの世界だった。
挙句の果てに、『明日も、先生の家にお伺いしてもよろしいですか』という彼女の台詞の後に、『ええ、歓迎します』という先生の声が聴こえた。
俺は、先生の家に一度も行ったことないのに―― !
やっぱり、ジュリアさんは本命の彼女だから、もう何回も家に呼んでるんだ。
胸が苦しくて、苦しくて、無理やりに先生の手を繋いで駆け出してしまいたかった。
けれど現実は、何もできなかった。
やっぱり、先生はジュリアさんがラブレターをくれたと知って、彼女に夢中になってしまったんだ。それは、認めたくなかった事実。
俺のことなんて、もうどうだっていいんだ。最初から、ただの恋人ごっこだったんだし。
それでも、改めて二人の仲を見せ付けられてしまうと、胸が軋む。たまらない。正直、授業を受ける気力も皆無だ。
気がつくと、俺は教科書を鞄に仕舞いこんで、塾を逃げ出した。
一刻も早く、二人の甘い世界から、消えたかった。
俺は、ファミレスに駆け込むと、塾が終わるまで時間をつぶすことにした。こういうときに限って、どうして、カップルばかりがいるんだろう。泣きたくなった。
はいはい、どうせ『失恋レストラン』ですよ。村田のカラオケ十八番ソングだ。あいつは、一体何歳だよ。本当に高校生か?
くだらないことで、寂しさを紛らわせようとした。余計むなしくなったけど。
財布の中身まで寂しい俺は、ドリンクバーだけ頼んで、居座ることにした。営業妨害ですみませんね。こんなディナータイムの稼ぎ時に。
コンラッド先生と一緒なら、この店を買い占めるくらい大富豪な食事を出来ただろうに。
いや、食事が一杯取れるかじゃなくて、そんなことよりも・・・・・・一緒に食事できるだけで幸せなのに。
俺、馬鹿だ。何、また先生のこと思い出してるんだよ。
ソフトドリンクのちゃんぽんで、胃もたれを起こしながら、2時間後にファミレスを後にした。自棄酒ならぬ自棄ソフトドリンクをしすぎたみたいだ。
★あとがき★
ユーリ、頑張れ!な展開です。シリアスなんだかギャグなんだか。ごちゃまぜです(汗
早く、コンラッドとイチャラブなところを書きたいです。
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