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まったく、後先を考えられなかった。フラッシュバックした映像に、まともな自我を保っていられなかった。けれど、それが何を意味するのかは熟知していた。
バンドの行く末、仲間のこと……それをコンラッドはグウェンダルとの契約で、一身に背負っていたのに。
何より、腹をくくって、あの男と関わりを持とうと決意したのは、コンラッド自身だった。その決意を、自らあっさりと投げ捨ててしまうなんて。
「くそ……、俺はなんて役立たずなんだ……っ」
コンラッドは、自分の浅はかさと幼さに、砂をかみ締める思いだった。
いくら過去の心的外傷が酷くても、帰ってきてしまったら、それで最後だ。自分の夢も、あいつらの夢も。
ヨザックと暮すアパートが目前に見えてきて、自然と足取りが重くなる。今帰ってしまったら、次はいつメジャーへの切符を手に入れられるのだろう。そんな逃げ腰の自分にも嫌気が差していた。だが、実力だけでやっていけると信じられるほど、うぶではなかった。世間の汚さを、既に高校生のときに味わっていたコンラッドにとってはなお更だ。
プルルルル
携帯の着信音に意識が浮上した。コンラッドは慌ててジーンズから携帯を取り出して、ディスプレイを見た。
―― グリエ・ヨザック
その表示をみたとき、胸が締め付けられそうになった。彼は、俺が一番辛かったとき、真っ先に手を差し伸べてくれた。アメリカから強引に日本に引っ張ってきてくれた。お前は、この国では狙われすぎるからと、ふざけた理由でアジア行きを勝手に決行してくれた。そのうえ、音楽の道を開いてくれたのも彼だった。ヨザックがベースで、コンラッドがギターで、二人でセッションするのが楽しかったし、汚い記憶が薄れていく気がした。あんな悲惨な出来事の後、自分の生きがいを見出してくれたのは、彼だった。
コンラッドは、受話ボタンを押すと、ヨザックより先に話し始めた。
「ヨザ、すまないが、今日は帰れそうにない。勝手に寝ててくれ」
「おおっ? さては、お姉ちゃん関係か? あまり女の子を泣かせちゃだめよ、それと少しはグリエにも構ってちょうだ……」
ヨザックが、話し終える前に電話を切ると、再び携帯の通話ボタンを押した。
今、最も逢いたくないし、声さえ聞きたくない相手に。
「すみません。もう一度、俺にチャンスを下さい」
「……好きにしろ」
長い沈黙の後、あの男はやはり不機嫌そうにそう応えた。もう、逃げない。掴みかけたチャンスは、何だって利用してやる。借りは返すからな、ヨザ。
******
先ほどと同じドアが、目の前にある。今回は、丁寧にノックをしてからカードキーで扉を開けた。
「先ほどは、失礼しました。チャンスを下さってありがとうございます」
もう逃げている場合ではない。そう覚悟を決めたのは、二度目だ。そう自分に言い聞かせてみたものの、コンラッドの声は少し震える。トラウマは、心の奥底に根付いていて、そう簡単に消えるものではないらしい。
コンラッドが、深く頭を下げると、グウェンダルがゆっくりとこちらに近づく気配がした。彼の身体から、アルコールの匂いがした。コンラッドは、少し身体を固くする。
「本当に気まぐれな猫だな。だが、少し待たせすぎだ―― 」
「…っ?!」
グウェンダルは、素早くコンラッドをドアの背に押し付けると、ぐい、と強引に顎先を掴み上げた。濃灰色の髪の間から覗く青い瞳が、劣情に揺らいだ。
その瞳を呆然と見つめた一瞬に、コンラッドの唇はグウェンダルに奪われていた。
「ンんっ…、っ、んっ……!!」
冷酷で、傲慢だと思っていた男の口付けは、熱っぽくて荒々しいものだった。有無を言わせぬ勢いだった。彼は、猛った獣のようにコンラッドを求めてきた。コンラッドの唇は、血のような赤に染まるまで、きつく吸われた。うっかりと、くぐもった吐息を漏らすと、湿った熱い男の舌が侵入してきて、コンラッドの口腔を好きなように嬲っていった。
ゆっくりと唇が離されると、口内には彼の飲んでいたらしいワインの味が残った。
「随分と悪酔いしたみたいだ。お前が、悪い。もうお前を抱けないのかと思っていたからな」
「……すみません」
「どうした、やけに素直になったな。まぁ、いい。それにしても……」
酔っているのだろうが、グウェンダルの眼差しが潤んだように熱い。たまらずに、瞳を逸らそうとすると両手が頬に添えられてしまった。その結果、グウェンダルと見つめあいを続けることになった。
「バンドのときは、派手にメイクしているが、今日は何もしていないんだな。瞳の薄い茶色に星が宿っているようにみえるのは、コンタクトによるものではないのだな」
グウェンダルの長い指が、コンラッドの瞼に触れてから、滑るように唇に触れていく。しばらく、感触を楽しむかのように指先で唇を突いたあと、今度は、コンラッドのシャツに手を掛けると、やや性急にボタンを外していく。
「お前が焦らしたんだ。責任を取ってもらおうか」
その言葉に、コンラッドは表情を固くする。グウェンダルは、そんなコンラッドに苦笑した。
「素直にしているようにみえるが、やはり、嫌か。だが、もう今夜は帰してやれそうにない。覚悟しておけ」
いつのまにかすっかりシャツは肌蹴ていて、素肌が外気に晒されていた。唐突に、鎖骨に、グウェンダルの濡れた舌が這った。ぞくり、と皮膚が泡立つ。
「…っ、!……んっ……!」
「感度がいいな。ただ肌に触れただけだというのに」
揶揄するような低い声も、吐息となってコンラッドの皮膚を擽る。悪戯な舌が、鎖骨をすべり胸の突起を刺激する。同時に、薄情そうな薄い唇が、そこを挟み、甘噛みしていく。そのひとつひとつの刺激に、コンラッドはドアに背を預けたまま、細かく身体を震えさせた。ただ、おかしな声だけは、なるべく上げないようにと声をかみ殺していた。
「なんだ、もしかして声をかみ殺しているのか? その方が、随分といやらしいが」
「……!!」
グウェンダルは、皮肉な笑いを見せて、下から覗き上げてきた。コンラッドは、かっと羞恥に白い肌を染めて、唇を噛み締めた。
「私に痴態を晒すのが、苦痛か。面白い。だが、身体はそうでもないようだな」
グウェンダルの節だった指が、きつく胸の尖りを抓り上げた。
「……っ!!」
「私に全てを委ねていろ。そのほうが楽だろう」
重低音の声が、空寂しく響いた。
「……すみません」
親切ぶっているつもりなのか、とコンラッドの中に冷ややかな気持ちが沸いた。グウェンダルは、コンラッドを強くドアに押し付け、上から見下ろしていた。からかうように、長い指先で顎先を擽ってきた。
「やけに冷たい瞳をしているな。私を軽蔑しているのか。だが、その私に飼われているのはお前だろう」
「……はい」
「そろそろ場所を変えよう」
腰に響くような低い声が、ねっとりと鼓膜に纏わり付いた。
グウェンダルは、踵を返すとリビングを抜け、キングサイズのベッドまで進んでいく。コンラッドは、ためらいながらもゆっくりと後に続く。天蓋付きのいかにもスウィートルームらしいベッドの淵に、グウェンダルは腰を下ろす。
グウェンダルは、立ったままのコンラッドの細腰に手を回すと、引き寄せて膝の上に跨がせた。
「お前から、キスしてくれるか」
眉間に皴が寄ってはいるものの、彼の濃青の瞳は、優雅に伏せられる。
コンラッドは、小さく息を吐いてから、グウェンダルの唇に、自身の唇を重ねていく。躊躇いがちに、ゆっくりと熱を帯びた唇に触れた。コンラッドのダークブラウンの髪と、グウェンダルの濃灰色の髪が混ざり合い、鼻先が微かにぶつかった。コンラッドは、ひどく緊張していたのか、呼吸をし忘れていたらしい。思い出したように、酸素を取り込もうと唇を開けたとき、その隙間からグウェンダルの舌が侵入した。
「…っ! …ふ、ンむっ……! 」
性急な貪るような激しいキスが、絡みつく。酸素不足に眩暈を覚えていると、唐突に唇が離されて、首筋から鎖骨へと滑っていった。
「外見のわりに、随分とうぶなキスをするのだな……」
揶揄する低い声が、皮膚を擽り、身を捩じらせた。
「…それは、あなたが相手だから、だ……っ」
権力を傘に、自分を手篭めにするような男に、誰が積極的にキスをするというのか。けれど、その男の長い舌に胸の先端を舐められて、抵抗する声も弱弱しい。
「光栄だ。それは、都合よく解釈させてもらう」
鼻先で笑うと、グウェンダルはゆっくりとコンラッドから離れ、ベッドに仰向けになる。
「攻めるのも楽しいものだが、積極的なお前がみたい」
グウェンダルは、肘を付いて僅かに上半身を起こすと、邪魔くさそうにひとつに纏めた髪を解いた。黒に近い長髪を掻き揚げながら、深い青の瞳でコンラッドを見据えた。その射抜くような青い瞳を見ていると、再びあのトラウマが蘇ってきそうになって、コンラッドは慌てて視線を逸らした。
「……分かりました」
小さく返事をすると、ベッドの上にバスローブ姿で転がる長身の男の上に跨った。天蓋つきのベッドが、やけに甘い雰囲気を演出しているようで嫌気がした。
深く息を吸い込むと、そっと息を吐いた。痛いほど、自分に視線が突き刺さるのを感じながらも、そちらを見ないようにと努める。
ゆっくりと上体を前に落とすと、男の首筋に唇を静かに押し当て、喉仏に滑り、鎖骨にそって舌を這わす。
「なかなか、手馴れたものだな。けれど、こちらを見ないのは、せめてもの抵抗か」
「……っ」
無感情そうでいて、ひどく相手の核心を突いてくるグウェンダルに、戸惑いを隠せない。
けれど、ここで怯んでいては何のために戻ってきたのか分からない。
「ただ、俺と寝たいだけなんですよね? だったら、別に、親愛の情を見せる必要なんて……要らないんじゃないですか?」
「……そうだな、悪かった」
無表情な、底のない青の瞳が、珍しく空を彷徨ったあと、ゆっくりと伏せられた。静かな苦笑と共に。
「あなたさえ気持ちよくなれば、俺のことは構わないで下さい」
コンラッドは徐に、グウェンダルの身体の下方にずれると、緩やかに熱を持った物を躊躇いなく唇で挟んだ。
******
グウェンダルはコンラッドの口に吐精したあと、コンラッドにそれ以上手を出してこなかった。
ここに居たければ、泊まっていけというグウェンダルに、丁寧に断りを入れると、スイートルームを後にした。
朝は、予想以上に肌寒かった。けれど、夜明けの乳白色に包まれていると、不思議なほどに落ち着く自分がいた。
★あとがき★
う~ん、やっぱりエロの描写がみっちり出来なかったです。
二人の心が通うところまで行ったら、もっとちゃんと書けるはずですっ。
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