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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2025/05/18 (Sun)                  [PR]
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2009/09/13 (Sun)                  塾講師と甘い夏?!最終話 本当に好き?

最終話 本当に好き?

 
 ジュリアさんと俺が、ソファを立ち上がったとき、すごい剣幕の長髪美形がやってきた。見た目からして外国人らしい。
  誰もが振り返ってしまうような腰まである華麗な銀髪は振り乱れ、薄紫色の淡い瞳は困惑の色を浮かべていた。黒の燕尾服の裾が、長い脚の動きにあわせて大きく翻る。

 彼は、ジュリアさんの元へくると大きく息を吐いた。彼は意外にも流暢な日本語を紡いだ。

「お嬢様、全くどうして貴方はすぐに居なくなってしまわれるのですか。これだから、私は塾などに通うことを反対したのです。家庭教師をつければ、よいことを。こんな夜分に、突然車から飛び出されたのでは私、心労が絶えません。さぁ、早くお車にお戻り下さい」

 ジュリアさんは、取り乱す麗人を嗜めたあと、彼を俺に紹介した。
「渋谷君、挨拶もしない非礼な執事をお詫びするわ。こちら、私の執事のギュンターよ」
「し、執事?!」

 ひつじじゃないことは確かだけど。あまりにも、自分の世界とはかけ離れたその単語に、素っ頓狂な声で叫んでしまった。ジュリアさん、さすがお嬢様だ。

 ギュンターという長髪の美形外国人さんは、身なりを整えると深々とお辞儀をした。
「申し訳ございません、お嬢様のお連れ様」
「いえいえ、そんな。顔を上げてください。元はといえば彼女が俺を、助けてくれたんですよ。俺は渋谷有利って言います、彼女の友人です。よろしくです」
 にっこりと、彼に微笑みかけた。

 そこまでは、彼はクールで美形な人だと思っていたのに。

「こ、これは大変お目麗しい・・・・・・ぐはっ」
 彼は、顔をあげて俺の顔を見た途端に、鼻にハンカチを当てた。

「もう、およしなさいよ、ギュンター。ごめんなさいね、渋谷君。彼は、好みの人を見ると、鼻血を出す癖があるのよ。でも、鼻血を出すなんて久しくなかったのに。よほど、彼に気に入られちゃったみたいね、渋谷君」
 
 彼女は、にっこりと微笑んだ。いや、いくら美形でも男に鼻血を催されるのは勘弁です。女の子に鼻血を催されるのも微妙だけど。

「それにしても、いいタイミングで来てくれたわね、ギュンター。私達をコンラッド先生の道場へ連れて行って頂戴?」

「い、今からですか?!」

 再び狼狽する彼に、俺からもお願いした。
 早く、先生に会って謝りたい―― !

「ギュンターさん、どうかお願いします」

 いかにも白色人種らしい真っ白で綺麗な手を掴みながら、俺もお願いした。彼は長身なので、必然的に上目遣いで見上げることになる。
 見た目はクールビューティな筈の彼は、鼻息を荒げた。

「坊ちゃんのお願いとあらばこの執事ギュンター、喜んで協力いたします!」
「いや、だから俺はあなたの坊ちゃんじゃないんですけど・・・・・・。でも、ありがとう!!」
 ジュリアさんが楽しそうにくすくすと笑っていた。



 そう、ここまではとても和やかな展開だったのに。

「そんな、どういうことですか?!私、ここの道場生のスザナジュリアという者よ。おまけに、コンラッド先生の塾での生徒よ。怪しい者ではないわ」

「そういわれましても、あいにく今夜はどなたも通すなと言われておりますので」

「俺も、コンラッド先生に英語を教わっている渋谷有利と言います。どうしても、先生にお話したいことがあるんです! どうか、彼に会わせてくださいっ!」

 先生の家は、国指定等文化財に登録されそうなほどの立派な日本家屋だった。  
 けれどそのまわりは高さ150センチほどの塀でぐるりと囲まれていた。低い石垣上に築かれた塀は威圧的だった。

 古式ゆかしい立派な門には、防犯用の現代的なインターフォンが備え付けられていた。俺たちの姿はきっとあちらのモニターに映っていることだろう。
 それにもかかわらず、俺たちは足止めを食っていた。

 先程から、しつこいセールスみたいに何度も先生に会わせてほしい、とインターフォン越しに繰り返していた。けれど、使用人らしき低い男の声が、頑なに俺たちを拒絶した。


 先生の家は、閑静な高級住宅街に居を構えている。
 これ以上、騒ぎ立てては先生に迷惑をかけるかもしれない。


 そもそも、今日どうしても謝らないといけないわけではない。それなのに、自分の勝手な思いだけで、こんな夜分に会いたいというのは、失礼極まりないのではないか。 

 不意に、自分の無鉄砲な行動に後悔の念が沸き起こった。

 そうだよ、こんな夜分に失礼だった。明日、塾で先生と、きっちり話そう。

 俺は、インターフォン越しに非礼を詫びると、しぶしぶ門から離れた。
 ジュリアさんの好意で、ギュンター氏の運転で渋谷家まで送ってもらった。



 家に帰ってから、先生の携帯に電話を掛けてみた。時間を置いては何度もかけてしまった。
 けれど、聴こえるのはいつも同じ無機質な女性の声。

 ―― この電話は、電源が入っていないか、電波の届かないところにいるため掛かりません・・・・・・。

 もうこのガイダンスは聞き飽きた。

 
 どうして、こんなに繋がらないんだ?!どうして、どうしてだよ?!
 こんなに、先生に気持ちを伝えたくて堪らないときに。
 門前払いはされるし、携帯は繋がらないし。

 焦れる気持ちは、いつしか不安に変わっていった。
 パジャマ姿の俺は、ベッドの上に突っ伏した。

 何かとんでもない事態が先生の身に起こっているのか?
 いや、そんな不吉なこと考えるのはよそう。明日は普通に、塾で先生に会えるんだから。とにかく、今は寝よう。

 けれど漠然とした不安は、いつまでも胸に渦巻いて消せなかった。
 
 寝返りを打つと、不意にベッドのスプリングが軋んだ。

 そういえば、このベッドの上で先生に初めて・・・・・・抱かれたんだ。
 俺の馬鹿、何で今そんなこと思い出してるんだよ。
 いや、こんなときだから思い出しちゃうのか?

 胸が熱くて、でも歯痒くて―― 切ない雫が頬を濡らした。
 俺の馬鹿やろ・・・・・・。

 ようやく眠りにつけたのは、小鳥の囀りが聴こえる朝方だった。




******



 今日の塾の講義は、午前中からだ。
 お袋に行って来ます、と告げて玄関を開けた。寝不足の身体に朝の陽射しは、堪える。 
 まして、終わりかけとはいえ夏の朝陽は。

 けれど、コンラッド先生に遭えると思うと気持ちが弾む。澄んだ水色の空から降り注ぐ陽射しは、きらきらと輝いて、俺に元気をくれた。


 きっと、今日はいいことがある!

 叫びたい気持ちを抑え、代わりに小走りで駅に向かった。

 早くコンラッド先生に会いたい!!






 空調のよく効いた、いつもの塾の教室。隣にはジュリアさんもいる。

 でも、どうして?
 教壇にいるのは、塾長。七三分けの中肉中背のおじさん。

「コンラッド先生は、結婚式のため国に戻られた。急遽、式が決まったようなので、次の先生が決まるまで私がクラスを担当する」
 
 途端にクラスにざわめきが起こる。
 けれど、俺の頭の中は真っ白でクラスメートが何を言っているのか、聞こえてこない。

 気がついたら、教科書を鞄にしまっていた。咄嗟に椅子から立ち上がった。
 そのとき、隣のジュリアさんが、俺にポーチを手渡した。

「よかったら、これを使って。ユーリ」
「―― ありがとう!」

 中身を確認する余裕は無かった。けれど、彼女が初めて俺のことを名前で呼んでくれた。
 その眼差しは、俺を応援する暖かいものだった。
 思わず、心が打たれた。彼女に、にっこりと微笑み返すと、一目散に教室を飛び出した。 

 気ばかりが急いて、脚がもつれそうになりながら、駅のロータリーを目指す。黒光りするタクシーに怖気づきながらも、乗り込んだ。

「眞成田空港までお願いします」

 荒い息で、行き先を告げると運転手は、こちらを見ることもなく不機嫌そうに車を出発させた。どうやら、ひどい運転手に当たってしまったみたいだ。

 もうこの際、そんなことはどうでもいいんだ。空港にさえ行ければ、いいんだ。

 タクシーの運転手は、世間話の一つもしてくれない。それどころか、当たり前のように高速道路に乗った。さすがに、俺は慌てた。

「あ、あの、すみませんっ!! どうして高速に乗るんですか?!」

「下道で行くと四時間近くかかるからだ」

 横柄すぎる態度で、運転手は、そう告げた。一応、俺、客なんですけど。そりゃ、高校生だけどさ。それにしてもっ。

「よ、四時間っ?!高速なら、どのくらいなんですか?」

「二時間ほどだ」

 客と運転手という力関係は、完全に崩壊したらしい。すっかり、彼に降参してしまった。

「高速でお願いします・・・・・・」
 俺は、力なくそう呟いた。

 彼の横柄な態度と自分の無計画な行動に、心が萎えた。
 やりきれない気分になった。

 窓から見える景色は、ものすごいスピードで後ろへ流れていく。
 俺の気持ちも、後ろ向きになっていく。
 
 畜生。どうして、俺はいつも、後先考えずに行動してしまうんだ。
 こんな、高速に乗っても2時間もかかる空港に、思いつきで行こうとするなんて。
 おまけに、先生が空港にいる可能性なんて、限りなく低いって分かってるのに。

 昨日の夜から、先生と携帯が繋がらないんだ。昨夜のうちに、飛びたったのかもしれない。おまけに、先生が今日出国するにしても、今から追いかけて間に合うかも分からない。

 そしてなにより、一番考えたくないことが思い浮かんだ。
 
 俺に嫌気がさして、他の人と結婚を決めた先生に、今更俺にもう一度振り向いて貰うことなんてできるんだろうか?いくら、空港まで行って引き止めたところで・・・・・・。

 暗く不安な気持ちは、留まることを知らずに溢れてくる。
 すっかり、自分を信じる前向きな気持ちが、消えていきそうだった。


 車は、眞成田空港の第一ターミナルに横付けされた。

「二万五千円」

 無愛想な運転手の声が、俺に追い討ちをかけた。

 「に、二万五千円?!」

 頭からさっと血の気が引いていくのが分かった。相変わらず、ひどい態度の運転手に怒る気持ちなど沸いて来ない。ただ、困惑するばかり。
 どうしよう、俺、そんなにお金持ってない!

「まさか、持ってないなんて言わないだろうな?」

 運転手が、眼をギラリと光らせて俺に凄む。まるで、俺の心の声を読んだかのようないやらしいタイミングだ。

 俺は、顔面蒼白になりながらも、ふと、ジュリアさんが俺に渡したポーチのことを思い出した。急いで、彼女のポーチを開くとそこには福沢諭吉が3人もいた。

「ジュリアさんーーー!!!借りたお金は返すからーー!!」

 彼女の名前と律儀な宣言を、力の限り絶叫した。さすがの運転手も、これには驚いたのか、眼をぱちくりさせていた。何が何やら分からない様子だ。おまけに、俺のあまりの大声に、こめかみを押さえていた。ちょっと、してやったりだ。
 
 その後、運転手にお金を払うと、一目散に自動ドアを通り抜けた。もう少しで、透明のガラスにぶつかるくらいの勢いだった。
 ジュリアさんのおかげで、すっかり萎んでいた俺の気持ちは急上昇した。

 きっと、先生はこの空港内にいる!
 今なら、俺、コンラッド先生ともう一度やり直せる気がする。

 自分の直感を信じて、チェックインカウンターのある四階へ向かった。エスカレーターにただ立っているのが焦れったくて、駆け上った。

 夏休みの最後に旅行に行こうとする家族連れや、恋人達、団体客でロビーは溢れかえっていた。

 この中から、コンラッド先生を見つけるのは至難の業だ。

 けれど、搭乗案内ボードを見上げるハリウッドスターがそこにいた。

 って、コンラッド先生じゃん!!

 先生のいるところだけ、空気が凛としてしている。相変わらずの長身に、彫の深い端整な横顔、凛々しい佇まいに見惚れてしまう。いつもより堅いデザインの黒スーツが、ひときわ秀麗だ。

 いけない、見惚れてる場合じゃないだろっ。

 俺は、慌てて先生を目指して駆け出した。
 人混みをすりかわしながら、先生の姿を見失わないように必死に眼で捉える。

 早く先生と話したいのに、人が多すぎて中々近づけない。

 けれど、そんなとき、俺は頭を鈍器で思いっきり殴られたような衝撃が起こった。  
 実際に、殴られたわけじゃないけど、そのぐらいの精神的ダメージを受けた。

 コンラッド先生の横に、それこそハリウッド女優張りのセクシー美女が現れた。柔らかそうなプラチナブロンドの巻き毛は、優雅に腰まで下りている。胸を強調させた黒のワンピースが、妖艶に彼女を彩っている。

 妖艶な美女は、両手でコンラッド先生の頬を捉えると、口端にキスをした。とても、幸せそうで、とても自然で。

 二人の間の深い愛を感じた。

 ああ、もう彼女と彼の間に立ち入る余地が無い。
 俺は、彼女には敵わない。
 
 とても親密そうに語り合う二人を見ていられずに、俺は踵を返した。 

  折角、ジュリアさんが応援してくれたのに。
 俺が、もっと早く先生の本当の気持ちに気づいていればよかったんだ!!
 俺のばかやろう。
 

 不意に、腹の虫が鳴った。情けない音が、よけいに空しい。
 こんなときにも、腹って減るんだな。そういえば、今日は昼ごはんを食べて無かったもんな。



 やりきれない気分で、一番手近の持ち帰り専門のファーストフード店に並んだ。お姉さんの笑顔が眩しい。

 ごめんなさい、暗い客で。何せ、俺、ただいま失恋中。それどころか、元恋人が、今から外国で結婚しちゃうんだ。

「ハッピーセットでお願いします」

 そうだよ、せめて食べる物くらい、幸せなネーミングを選びたい。
 僅かに、お姉さんの眉が顰められた気がした。何だよ、俺にはハッピーなものは似合わないのかよ。


 ますます気分が沈んだ。

 待つこと五分。ハンバーガーセットとは別に、小さな熊のぬいぐるみを渡された。  
 熊なのに、触覚と羽が生えていて、黄色と黒のボーダーのパンツを穿いている。くまと蜂が合体したみたいなぬいぐるみだ。

「ど、どうしてぬいぐるみが?」

「くすっ、ハッピーセットについてくる『くまはち人形』ですよ」

 バイトのお姉さんは、やっぱり知らなかったのね、という顔で笑った。どうやら、ハッピーセットとかいうやつは、子供用のセットで、ぬいぐるみがついてくるらしい。

「なんだ、そっか」

 俺は、少し笑った。よかった。俺、別にハッピーなものが似合わない訳じゃなくて。



 少しだけ、気分がほっとした。けれど、そんなことで立ち直れるほどの浅い傷じゃない。
 俺は、塞ぎこんだまま、ロビーの椅子に腰掛けた。

 ふと外の景色を見た。大地には、大きな旅客機が、待機している。その上には、どこまでも続く蒼い空。白い雲と雲の合間には、遥かかなたに旅立った飛行機の航跡が潔く描かれる。

 目頭が熱くなった。

 ―― きっと、もう先生は俺の元には二度と来ない。
 ―― 違う世界の人になったんだ。
 
 ―― ユーリ!

 突然、大好きな声が聴こえた気がした。

 俺は、地面を蹴り上げるように、立ち上がった。乾く眼も厭わずに、眼を見開いたまま周囲を見回した。

 けれど、彼の姿は見つけられなかった。

「はは・・・・・・、とうとう幻聴まで聞こえたよ」
 
   自虐的に呟いた。
 どうあがいても、世の中には、どうにもならないことだってある。
 彼には、彼の人生がある。
 俺は、ほんの少しでも彼の人生に、何かを残せただろうか。
 ―― そうだったら、いいな。

 今は、俺の目の前にあることを一つずつ片付けていこう。

 ハンバーガーの包みを取り出して、噛り付く。空っぽのお腹が、暖かくてもちもちしたパンと、肉汁溢れるハンバーグで満たされる。

 美味い・・・・・・。
 こんなに、悲しくても、お腹はすくんだ。
 悲しくたって、当たり前に、渋谷有利の生活は続くんだ。
 コンラッド先生の生活だって、遠い空のしたで、当たり前に続いてるんだ。

 全てを平らげて、力強く立ち上がった時。

 館内放送で、俺は呼び出された。
 インフォメーションセンターに立ち寄った俺は、思いもよらないメッセージを受け取った。

 綺麗にお化粧をしたお姉さんが、俺に渡したのは一枚のメモ用紙。
 
   8/30 17:00  BA4625
   上記日時、便名にて帰国します。
  コンラッド・ウェラー

 信じられないことに、先生からの伝言だった。
 紙に書いてあるのは事務的な事実。
 けれど、決定的な事実。
 ―― 先生は、3日後には日本に帰ってくる。

 嘘、うそ?!
 どうしよう、嬉しい!!

 さっきコンラッド先生の声が聞こえたのは、気のせいじゃなかったんだ。
 俺の姿を見つけたから伝言をくれたんだ!

 けれど、ふと我に返った。
 いくら先生が帰ってきても、さっきの金髪美女と結婚した後なんだよな。
 それでも、俺に帰省日時を教えるってどういうことなんだろう。

 いや、考えるまでもないか。きっと、先生の最後の思いやりだよな。
 俺が、空港まで押しかけたのを知って、きちんと俺に謝ろうと思ったんだよな。 

 そうか、そうだよな。
 先生には、先生の人生があるんだ。
 俺には、今出来ることを、一歩ずつ進んでいくしかないんだ。


 悲しみは、時が彼方へ運んでくれるはず。いつか遠い空のしたの想い出になるはずだから。今は、それを、待つしかないけれど。



******


 きっと、泣かない。泣いたら、いけない。
 先生の結婚を、笑顔で祝福してあげるんだ・・・・・・。

 夏休みもとうとう、今日を入れてあと二日。
 
   八月三十日。十七時丁度。
 ブリティッシュエアウェイズ4625便。

 コンラッド先生のメモを頼りに、眞成田空港の第二ターミナル、到着ロビーにて待つ。どうして、イギリスの航空会社なのか少し疑問だったけれど。だって、先生ってアメリカ人だったよな。

 自動ドアが開くたびに、大きなスーツケースと免税店の袋を山のように抱えた乗客達がやってくる。彼らは、自分の家族や友人、恋人を見つけては、はしゃいで駆けつけていく。どうやら、飛行機は時間通りに着陸したらしい。

 先生に会えると思うと素直に嬉しい。
 きっと、今日が先生と会える最後の日になる筈だけど。それでも、先生に会えるのは嬉しい。

 自動ドアが開くたびに、ドキドキしながらコンラッド先生の姿を探してしまう。

 けれど、彼はなかなか来ない。
 俺の回りにいた、乗客の家族達はいつのまにかいなくなっていた。
 さすがに、胸にきりきりと不安が押し寄せる。

 先生の身に、何かあったんだろうか。
 初めは、ただひたすらに先生の安否が気になった。
 けれど今のご時勢、そうそう危険に晒されることなんてない。
 俺の中で、ひとつの答えが自然と導き出された。


 結婚したばかりだもんな。きっと、奥さんが大切だから、側を離れたくなかったんだよ。


 でも、遭えなくてよかったのかもしれない。今、先生に遭ったらやっぱり笑顔で結婚を祝福できなそうだから。



 必死に自分に言い聞かせて、気持ちを切り替えた時だった。


「ユーリ!」
 自動ドアの方には、誰も居ないのに、大好きな声が聞こえた。
 俺、また幻聴を聞いたのか?

 不意に、後ろから暖かい身体の中に抱きしめられた。いつもの先生のフレグランスの香りがした。いや、いつもより数段甘くて、胸が痺れた。

 先生は、中々俺を腕の中から解こうとしない。聞きたいことはたくさんあるけれど、俺は何も言えずにずっと抱きしめられていた。

 先生に抱きしめられた温もりが嬉しくて、幸せで、身体が痺れてしまったように動けなかった。

 先生は、一度腕の力を緩めると、俺の身体を先生のほうに向けた。

 先生は、黒のタキシードを着ていた。まるで、結婚式からそのまま来たかのようで、胸が痛んだ。

 けれど向き合った先生の顔は、今にも泣きそうでその癖、飛びぬけて甘い笑顔だった。ダークブラウンの瞳には、銀の星が賑やかに輝いていて、見惚れてしまう。

「よかった!! 貴方がここに来てくれなかったら、もう諦めるつもりでした。第一ターミナルの到着ロビーに貴方の姿がないとき、もう駄目かと思いました。それでも、もしかしたら、貴方は第二ターミナルで待っているかもしれないと思って、諦めないで来てよかった!」

 今度は、正面からきつく抱きしめられた。
 一回り大きな身体に抱きしめられると、胸の鼓動が高鳴る。タキシードの上からでも分かる厚い胸板に、顔を埋める。
 それにしてもっ。

「も、もしかして、俺って待つ場所が違ってた?!」
 顔を見上げて、恐る恐る聞いてみる。

「えぇ、でも紛らわしいですからね。この空港は、航空会社によって利用するターミナルが違うんです。俺が、きちんとメモに書いておかなかったからいけないんです」

「うわっ、ごめんなさい。長旅で疲れてるのに、こんなに煩わせて」
 
 先生は、うろたえる俺の両肩を緩く掴むと、甘く覗き込んできた。綺麗な瞳を縁取る睫毛は長くて、唇は優しく笑みの形を作っていて、思わず見惚れてしまう。

「気にしないで。俺がきちんと伝えないのがいけないんだから。だって、まさか貴方が空港まで追いかけてきてくれるなんて思わなくて。でも、貴方の姿を見つけた時には、もう俺は、セキュリティーチェックを受けていて、貴方のいるロビーには戻れなかったんです。貴方に遠くから呼びかけましたが、流石に聞こえなかったようなので、メモを残したんです」

「先生・・・・・・」

 やっぱり、あのとき聞こえたのは、幻聴じゃなかったんだ。でも、何のために?やっぱり、そこまでして俺に謝っておきたかったの?
 喉までそんな言葉が出掛かったけれど、堪えた。

「空港まで俺を追いかけてきてくれた貴方をみて、心が揺さぶられました。そして、これを、最後の賭けにしたんです。俺の帰国日時だけ知らせて待っていてくれたら、もうユーリを離さない、って決めていました」

 え、今なんて言ったんだ?
 俺のことを、離さない?でも・・・・・・。

「でも、先生。結婚してきたんだろ?あの金髪美人さんと。もう、先生ってば俺をからかってるんだろ?結婚おめでとう」

 無理やりに笑顔を作ってみせた。本当は、心が泣いていた。だから、きっと、顔が引きつって不自然な笑顔に違いない。

 先生は、俺の軋む心を包み込むように、優しく抱きしめてくれた。

「ユーリ!そうですよね。貴方を心配させて御免なさい。初めに言うべきでした。俺は、結婚なんてしていません。俺は、空港で貴方を見つけたときから、心は決まっていました。だから、国へ戻って、上手く話をつけてきたんです。結婚は、俺の兄がすることになりました」

 一息つくと、彼は優しく俺の顔を覗きこんだ。さらりと、先生のセピア色の前髪が垂れる。

「でも、心配しないで下さい。兄のほうが、よほど彼女にお似合いでしたから。実を言うと、彼らは惹かれあっていたんですよ。ただ、素直になれないだけのようでした。実際、二人は式の間中、とても幸せそうでしたから。おまけに、俺が出国前一緒にいた女性は、私の母です」

「う、うそ?!先生は、結婚しなかったんだ。おまけに、あんな若くて綺麗な人がお母さんだったの?!」

 驚きを隠せない俺に、先生は真剣な表情で向き合う。深いブラウンの瞳は、どこまでも誠実だった。

「ユーリ、今度は貴方に何を言われたって、貴方を離しません」

 先生は、色素の薄い瞳を切なげに揺らせていた。凛々しい眉は、顰められる。

「ユーリ、あの日は御免なさい。あなたが俺とのことを恋人ごっこだと言ったとき、俺は大人気なく怒ってしまいました」

 俺が、顔を強張らせると、先生は甘く微笑んでくれた。

「でも、誤解しないで。貴方に腹を立てたのではありません。自分に腹を立てたんです。今まで、貴方からラブレターを貰ったとばかり思っていました。でも、それはジュリアからの物だとわかってしまった。貴方も、俺のことを好きだと信じていた。だから、貴方のことを、愛した。それこそ、貴方の身体まで」

 ダークブラウンの瞳は、まっすぐに俺を捉えた。けれど、声は頼りなげに少し震えていた。俺の肩を掴む先生の手が、微かに震えている。

「でも、貴方は好きではない俺から抱かれるのが辛かったんですね。だから、俺とのことを恋人ごっこだなんていい聞かせて、つらい気持ちを紛らわせていたのでしょう?俺は、自分がふがいなくて。大好きなユーリをこれ以上傷つけてはいけないと思って、貴方から離れる覚悟を決めたんです。そのとき、丁度結婚の話が持ち上がったので、受けることに決めました。けれど、結局貴方のことを忘れられませんでした」


 刹那、先生のブラウンの瞳に、強い意思が宿った。光が反射して、微かに碧色を含んでいた。

「そんなとき、貴方が空港まで追いかけてくれたのを見てしまったから。もう、覚悟を決めました。自分勝手だって思うけど、例え貴方が俺のことを好きでなくても、俺の側にいてほしいって思ったんです」

 もう黙ってなんていられなかった。俺は、機関銃のように溢れる想いを捲くし立てた。伊達に、トルコ行進曲なんてあだ名があるわけじゃない。

 一度身体を離すと先生の両腕をぎゅっと掴んで、先生を見上げた。

「先生、俺、先生のこと大好きだよ! 本当に大好き。恋人ごっこだなんて言ったのは、俺の誤解だったんだ。だって、俺から告白したわけじゃないのに、先生が『俺も好きだよ』なんて言うから。ジュリアさんが先生に手紙を出してて、それを先生が俺からのラブレターだなんて勘違いしていると知らなかったんだ。だから、赤点を取った俺が勉強する気になるように、先生が恋人ごっこをしてくれるんだって、思ったんだ。初めは、その恋人ごっこに付き合ってるだけのつもりだったんだ。でも、気がついたら、もうずっと先生に惚れてた・・・・・・コンラッド先生、好きだよ。」

 一呼吸おいて、大事なことを伝えた。

「間違っても、先生に抱かれるのが辛くて『恋人ごっこ』の振りをしたなんてことはないから!だって、俺、先生に触られるの好きだよ?」

「―― ユーリ、貴方は本当に困った人だ」

 先生は、目を丸くして俺を呆然と見つめた。

「―― 可愛すぎて困ります」

 その瞳が、柔らかく甘く細められると、彼は唐突に俺を横抱きにした。
 って、これ、お姫様抱っこじゃん~~!
 空港中の人がこっちを見てるよ~!

 いや、よく考えたら、今の今までもこんな空港のロビーのど真ん中で、散々恥ずかしいことを喚いていたわけだけど~!!ギャラリー増えすぎ~。

「ユーリ、迎えの車が下に来ていますから急ぎましょう」

「こ、コンラッド先生~!ちょ、ちょっと恥ずかしいから降ろして?」

 そっと、先生を見上げると、ちょっと意地悪な顔をした。

「駄目です。もう貴方を離しません」

 ぞくっとするような甘い声で、耳元で囁かれた。

「ンやっ」

 甘い吐息が耳を掠めて、思わず身体を捩ってしまう。

「ユーリを、俺の好きにしてもいい?」

 熱のこもった掠れる声で囁かれた。思わず顔を上げると、先生の甘い微笑の中に、野生的な情熱を垣間見た。

 もう、それだけで身体が熱く火照っていった。

「うん・・・・・・」

 素直にそう返事していた。

 先生の腕に抱かれて、その甘くて凛とした香りに包まれて、眩暈がした。







 表 =完了
 裏の入り口、右下、英語
 無駄に、長いですが≪汗 大人の方だけお願いします。

★あとがき★
 拍手下さるかた、ありがとうございます。
 励まされて、なんとかここまでは書き上げられました。
 なんか、こんがらかって訳がわからなくなってませんか?それが、心配です(汗

 

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