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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2010/03/11 (Thu)                  10万ヒット感謝 SS 猫でごめんな(2)


猫でごめんな(2)

 漆黒の猫耳としっぽが生えて、初めての執務。

 護衛の任を解いたコンラッドと、領地へ私用で戻っているヴォルフラムを除いて、静謐な執務室にはおれとギュンターとグウェンダル、今日から王専属の護衛役を務めるヨザックがいた。

 けれど、おれは、にゃんとも執務に取り掛かることができなかった。

 いや、もともと執務室でやることといったら、眞魔国摂政のグウェンダルが眼を通した書類に、おれがサインをすることくらいなんだけど。

 それさえ、ままならなくなると、もはやいたた・・・・・・居た堪れない。

 ああっ、それでも、これも猫の習性か?!

 じっと座るおれの視界の端に常にちらつく、魅惑の物体。おれは、もうそれの虜になっていた。
 うう、たまらない。くそっ、そんなにちらちらしやがって~!

 ばちん!! ぺちん!!
 
 我ながら、なんとも可愛らしい擬態語だ。
 おれは、隣の席でかりかりと動く羽ペンに、つい、つい猫パンチを繰り出してしまった。

「ああっ、陛下ぁぁ!! なんと、愛らしいお戯れ!! このギュンター、まるでまるで、陛下を愛玩動物にしてしまったようでございま・・・はぶわぁっ!!」

 おれが、猫パンチを繰り出したおかげで、隣で羽ペンを動かしていた王佐ギュンターは仕事がはかどらない。
 
 それどころか、ギュンターの手元にある決算書類は、もはやミミズが這ったような落書きに、ギュン汁(赤)でペイントされてしまった。

 けれど、王佐は、そんなことなどまるで眼中にないのか、がたん、という派手な音を立てて、椅子を倒しつつ立ちあがった。そのまま、両腕を大げさに広げて、おれに抱き付こうとした。

 けれど、汁まみれの水っぽい彼に触れることを、おれの本能(たぶん、猫のほうも、渋谷有利のほうも)が拒否した。猫耳がぴんと後ろに反り返り、しっぽがぶわぶわに逆立つのを感じた。

「やめろーーっ!!フ~~~ッ!!」

 なんとも可笑しな奇声をあげて、おれは爪で彼の顔を引掻いていた。よりによって、眞魔国一の美形と称される彼の顔を。手は人間のままなのが、救いといえば救いだが。

 そのとき、地獄の使者のような重低音が、執務室に響いた。一瞬にして、騒々しかった室内に、張り詰めた空気が漂う。

「仕事の邪魔をするなら、皆、出て行くがいい」

 本来ならご婦人の腰にくる彼の美声は、このときばかりは腹の底までも鈍く重く響き渡った。

 おれのしっぽはしゅんと垂れて、その先は、脚の間で丸まってしまった。おれは、情けなさと自己嫌悪に満たされていく。おれは、グウェンダルの元へ駆け寄る。

 アンティークみたいな椅子に座る彼と、立ったままのおれの目の高さは、さほど変わらない。だから、おれはまっすぐにグウェンダルを見つめる。

「ごめん、グウェンダル。おれが、眞魔国の内情をきちんと把握していないばかりか、あんたが摂政をしてくれることにあぐらを掻いて・・・・・・まかせっきりで・・・・・・、おまけに、おまけに、ただのサインも出来ないなんて! おれ、おれ、もう情けねぇ・・・・・・」

 すっかり猫耳は伏せられていき、自然と視線も床を見つめてしまう。気のせいか、頼りなく身体がふるふると震えてしまう。

 けれど、がたん! と仰々しい音がしたかと思うと、グウェンダルが椅子から立ち上がり机を回ってこちらに近づいた。

「んにゃ!」
 
 おれは、なんとも猫らしい悲鳴をあげてしまった。眞魔国では、めぇ、だったけ?! やっぱり、おれは地球産らしい。

 一回りも、二回りも大きくて頑健な身体の中に、おれは唐突に抱きしめられてしまった。それも、まるで腫れ物でも扱うようにそっと大事に抱きしめられていた。

 硬くて厚い胸板と身長差に、おれの男としての劣等感が刺激されていくとも知らずに。

「猫たん! そんなに怯えなくていいでちゅからね~。よしよし、いいこでちゅね~~」
「ひ、ひーっ」

 そうだった。グウェンダルは、猫とか小動物とか大好きだもんな。

 もはや、彼の重低音の声は、ご婦人も逃げ出す破滅的な猫なで声に変化している。またしても、おれのしっぽがぶわぶわと逆立つのを感じた。

 だめだ、このままでは、また犠牲者が出てしまう。

 だが、さすがは猫の扱いに長けたグウェンダルだった。
 ごつごつとした節だった右手がしっぽの付け根の腰辺りをそっと撫でる。さらに、彼の左指がそっとおれの顎下をなでなでした。

「あ・・・・・っ、んんっ、ぐ、グウェン」

 なんとも、心地のいい感触に、思わずおかしな声が漏れてしまった。身体が弛緩して、ずるずると地面に崩れていきそうなところを、がっしりとしたグウェンダルの右手が支えていた。

「気持ちいいのか? 素直ないい子だ。ほら、もっと撫でてやろうか?」
「あ、あ、うん。どうしよう?」

 耳に心地よい優しい低音が、惜しげなく注がれて、相変わらず気持ちのいいところをそっと撫でられる。猫耳が、ぴくぴくっと動いてしまう。

 渋谷有利だったら、こんなこと恥ずかしくてたまらないはずだ。それなのに、おれははじめて感じるその気持ちよさに、猫の本能に負けたまま、すっかりグウェンダルに身を任せてしまった。

「・・・・・・やれやれ、閣下も坊ちゃんにも参っちまいますね~。閣下も坊ちゃんが、ほとんど人間の姿ってことに気づいてくださいよ。これじゃ、恋人同士の変態プレイを目の当たりにさせられてる気分ですよ~?」

 戸口から間の抜けたようなひょうきんな声がして、おれはようやく我に返って固まった。グウェンダルに至っては、真っ青になっている。

「おや、やっと俺の存在に気づきましたかぁ。もうひとりの存在にも気づいてやってくださいよ。ほら、そこの床で、ずっとギュンギュン閣下がぴくぴくして転がったままなんですよぉ。まぁ、いいわ。ここは、グリエちゃんの出番かしら? ちょっと、坊ちゃんを拉致しますね。上司の仕事が滞って、その皺寄せが俺に来たら面倒ですからね~。そ~れっと!!」

 オレンジ色の明るい短髪の持ち主は、空色の瞳をいたずらにウィンクさせると、有無をいわせぬ勢いで、おれをその筋骨隆々の肩に担ぎ上げた。

「う、うわぁ、ちょ、ちょっと!! ヨザック!!」

 視界が突然高くなったおれは、恐怖に声を荒げた。

「いいんですかぁ? にゃんこ坊ちゃん。ずっとあの二人のところに居たいんなら、俺は連れて行きませんけどもぉ」

 おれは、ヨザックの肩の上から室内を見た。真っ青の顔で固まったままのグウェンダルと、鼻血を垂らして痙攣したままのギュンターがいた。

 見事なコントラスト。青と赤。静脈と動脈の色。

「う・・・・・・。連れて行ってください」
「はいよー。にゃんこ坊ちゃん捕獲成功、なんちって」


 ******

 アニシナさんの薬の作用は、放っておけば一週間ほどでなくなるらしい。

 今朝、コンラッドと別れてから一番に彼女に突撃したところ、楽しげにそう告げられた。
  解毒薬はまだ開発段階で、解毒薬の完成を待つよりも、自然に猫耳が消えるほうが早いらしい。

 解毒薬が出来る前に、被験者になるおれって・・・・・・。

  
 まぁ、でも一週間で戻るなら、まだましか。不幸中の幸い、かもしれない。そう割り切ることにした。

 だけど、ふと脳裏に爽やかな名付親の姿がちらついた。
 自分から、彼の護衛の任を解いたわけだけど・・・・・・全然姿を見ないよな。

「坊ちゃん、そんなに悲しそうな顔しないでくださいよ~。耳もしっぽもしょんぼりしてますよぉ。グリエじゃ、ご不満かしら?」
「えっ、わっ? おれ、そんな悲しそうな顔してた?」

 血盟城内の広い中庭の噴水の縁に、腰掛けていたおれは、隣からヨザックに意外な指摘を受けて驚いていた。両手で、自分の耳や、顔、しっぽを順番に確認してしまう。

「お~や、なんて可愛らしい。グウェンダル閣下ほどじゃないですけど、グリエも猫が大好きなんですよねぇ。いいなぁ、にゃんこ坊ちゃん」
「可愛いいうなよ、あいつみたいに」

 揶揄するような声に、剥きになってヨザックを見ると、とても親しみやすい笑顔が返ってきた。彼の明るい橙の髪が、つよい春風にもてあそばれていた。

 ふわふわと風に舞う明るい髪に、視線が釘付けになってしまった。猫の習性か?
 気がつくと、隣に座るヨザックの明るい髪に猫パンチを繰り出していた。

 ばちん!

「・・・・・っ、と!危ないですよ、坊ちゃん!」
「んにゃっ」

 噴水に落ちないように、ヨザックがおれの右手首を掴み上げて、みごとな胸筋でおれを受け止めてくれた。あぁ、おれもっ、こんな筋肉がほしいんだよなぁ。

「気をつけてくださいよ、坊ちゃんは今、にゃんこなんですからねぇ。水に落ちたら一大事ですよ?!」
「うっ」

 ヨザックに指摘されて、はじめて彼の肩越しの小ぶりな噴水を見下ろした。なみなみと噴出する水に、猫耳としっぽがげんなりと垂れ下がっていく。ヨザックにいっそう強くしがみ付いてしまう。

 おれは、彼を見上げて情けない声で感謝した。

「ごめん、ヨザック。ありがとな。なんか、まだまだ猫の習性には身体がついていけないみたいでさ」

「う~ん、そんな上目遣いされても、困っちゃうわぁ。そのぴくぴく動くお耳も可愛いわ。チューでも、したくなっちゃうじゃない?」

 随分とふざけた調子で、笑うくせに、なんかヨザックの目は真剣で動揺してしまう。気のせいか、おれの腰に置く手に力が込められる。

「ちょっとだけ、ご無礼を承知でいただいちゃいます」
「ふぎゃ?!」

 ヨザックの悪戯な空みたいな青い瞳が閉じられて、みるまにおれに急接近してくる・・・・・・?!しっぽがまたしても、ぶわぶわに逆立っていく。
 そのとき―― 。

「こぉのぉぉぉ!! 浮気者ユーリィィ!! そこのお庭番から離れるじゃり~~!!」

 中庭で、のどかに水浴びをして過ごしていた小鳥達が一斉に青空へと羽ばたいていった。優雅な午後の中庭に、キンキンのアルト声が響き渡った。

 振り返ると、白馬に跨るおとぎの国の王子様がいた。ただし、黙っていれば・・・・・・。ヴォルフラムは、領地から今戻ったところらしい。

 彼は、馬から凄まじい勢いで飛び降りて、すごい形相でおれ達に詰め寄った。

 いうまでもなく、おれの猫耳は警戒心たっぷりに後ろに反らされ、しっぽは3倍くらいに逆立っている。いつのまにか、両手は顔の横で待機している。引掻く準備は万全だ。

「もう、ヴォルフラム閣下ったら、誤解ですよぉ? だって、グリエは乙女なんだからぁ。よいしょっと」
「こら、グリエ!! 離すじゃり~~!!」
「ふぎゃ~~っ!!」

 いつのまにか、おれもヴォルフラムも首根っこのところを、2匹の猫よろしくヨザックに掴み上げられていた。
 なんて逞しい筋力だ。情けない格好で連行されながらも、おれはグリエちゃんの筋力にうっとりしていた。

******

 結局、ヴォルフラムと一緒にいることもままならず(これ以上、第二のギュンターを出すわけにもいかないので)地味に王室に閉じこもることにした。
 かといって、ヴォルフラムがおれとヨザックが部屋に二人きりになることを嫌がるので、ヨザックは気の毒にも部屋の外で護衛を勤めてくれている。

 それにしても、ひとりきりでいると、妙に考え事ばかりしてしまう。

 コンラッド、今頃なにしてるんだろう。猫アレルギーなんて、知らなかったな。

 おれから、離れるように命じておいて、いざ離れてしまうと、なんか寂しいよな。

 いつも側にいるひとがいないことが、こんなに寂しいなんて知らなかった。

 今のおれが、半分猫だからかな、必要以上に寂しい気がする。猫にも、人恋しく思う気持ちってあるのかな? そりゃ、あるよな。ご主人様が帰って来なかったら、飼い猫は、すっげー寂しいだろうしな。

 って、おれ、やばくないか?! なんて想像してるんだよ? コンラッドを猫耳なおれのご主人様に見立てるなんて―― !!
 まぁ、そりゃあ、彼はおれの名付親だけどさ。

 窓の外のテラスのほうから、やたらと騒々しい音が聞こえた。

 おれは、そっと窓まで近づくと2匹の猫がやたらとめぇめぇと鳴きながら、仲睦まじくしていた。
 眞魔国産の猫は、めぇめぇと鳴くんだったよな。

 それにしても、なんか2匹の猫が仲睦まじいのを通り越して、激しく求愛しあっているようにみえるんですけど。

 えっと、今は春か。

 そういえば、猫って地球では、春先になると発情期でな~ごな~ご鳴いてるよな。
 のんびりと、そんなことに思いを巡らせていたわけだけど。

 ・・・・・・そういえば、おれも今、半分は猫になっているんだよな?!

 まぁ、まさか、おれが発情期に突入することなんてないと・・・・・・思いたい!!

 おれは、ぞわわと全身が総毛立つのを感じた。

 
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★あとがき★

 コンユに落ち着くまでの、ユーリ総受け風味になりました。
 つぎは、いよいよ、ユーリが発情期に入る予定です^^;
 

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