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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2009/08/10 (Mon)                  塾講師と甘い夏?! 第三話
第三話 遊園地デート 
※途中から裏へ続きます。


  先生は、俺の学習意欲をあげるために、必死で恋人ごっこをしてくれてる。

 数日前に、イタリアンレストランで、お祝いケーキなんて用意してくれた。
 ――二人の付き合う記念に・・・・・・って。

  しかも、その日に携帯番号を交換して以来、塾がなくて遭えない日は毎晩、先生から電話がある。

 正直、こんなにいい先生はいないと思う。

 ありがとう、コンラッド先生! 胸も尻も平坦な、つまんない少年と恋人のふりなんてしてくれて! そこまでして、俺の英語への学習意欲をあげようとしてくれてっ! 

 彼の努力を無駄にしないためにも、俺は、最近机に向かう時間が増えていた。おかげで、最近ようやくSVOCが呪文じゃないってことは、分かった。
 
 兄の勝利には、それが晴天の霹靂だったらしい。勉強をしている俺のところへ来ては、『ゆーちゃん、さては男ができたな?お兄ちゃんは、心配だ!誰だ、言え、言うんだ~~』と背後から羽交い絞めにする。あまりに騒音なので、椅子に座ったまま、肩を水平に回して、必殺! 肘鉄を食らわす。みぞおちに俺の肘がクリーンヒットして、ゴフっと、呻いて、崩れる兄。懲りない兄の日常の姿だ。

 まったく、ふつうは、『彼女でも、できたな?』とかだろ。何だよ、男が出来たな、って。コンラッド先生は、そんなんじゃないよ。そりゃ、キ、キスしたりしたけどさ。それも、全部、塾講師としての采配なの!

 ふいに、俺の部屋に、水戸黄門の着信音が流れる。

 コンラッド先生からだ!

 部屋から兄貴を引きずり出すと、ドアを閉める。携帯の受話ボタンを押す。

「ユーリ、今電話してもよかったですか?」

 彼の声が、聞こえるだけで部屋の中がぽかぽか陽気の春になったみたいだ。
 先生、甘い、甘いよ、声が。
  携帯越しに聞く彼の声は、いつ聞いても、殺人的に甘い。

「うん! 全然、いいよっ」

「よかった。貴方の声が聞きたいと思っていたところだったんです」

 で、でた~、殺し文句。相変わらず、甘ったるい声。
   耳から、融けてしまいそうデス。

「先生、ちょっと演出がすごすぎるよ~?」

「・・・・・・? 演出?」

 暫しの沈黙と疑問符。電話の向こうで、先生が困惑する様子が伝わってきた。
 あれ?俺、変なこと言ったかな?あ、そうか!折角、恋人同士の演技してるのに、これは興醒めな発言だったかも。

「ごめん、何でもないよ。先生。俺も、先生の声が聞きたいなぁって思ってたよ。それに、先生の声が甘すぎて、おかしくなりそうだったよ」

「貴方の事が、好きですから。声だって、際限なく貴方に甘くなってしまうんですよ。甘い、ついでにもう一つ。明日、一緒にデートしてくれませんか?」

 さりげなくすごい台詞を言われた気がしたけど、俺の関心は『デート』という単語にロックオンした。正確には、デートという名の、レジャーに、脳内の『遊びたい』願望が、アドレナリンを大放出させた。

「やった~? デート! 明日、日曜日だから先生も塾無いんだ?俺、遊園地とか行きたい!」



 と、いうわけで。コンラッド先生に家まで迎えに来てもらって、遊園地に行くことになった。幸い、勝利はゼミの合宿で朝早くから家を出た。おふくろと親父は、熟年デートに出かけていた。

 時間通り8時にやってきた先生を見て、ハリウッドスターかと思った。
 夏らしく爽やかなオフホワイトのジャケットに、淡いブルーのインナーシャツ、ダメージジーンズ―― カジュアルながら、大人の色気漂うファッションだった。
 俺、なんか、隣で歩くのが憚られるなぁ。ハリウッドスターの横に並ぶのは、大量生産型のボーダーのTシャツと、カーキのチノパン姿の、平凡な男子高校生、渋谷有利です。
 男として、全面的に降伏です。

「お待たせしました、どうぞ、ユーリ」
 夏のきらめく陽射しを受けて、助手席の扉を開ける先生。色素が薄いせいか、眩しそうに細められた瞳は煌いていた。端整な薄い唇は、品良く口角を持ち上げられていた。
 そんな美形すぎる彼の顔を見ていたら、もう次元が違いすぎて、少しでも比べていた自分が馬鹿らしくなった。
 彼に、エスコートされるままに、元気良くポルシェに乗り込んだ。

「ねぇ、コンラッド先生、今日はどこの遊園地に行こう?」

 ダークグリーンの車体が目も綾なポルシェに乗り込むと、わくわくしながら、先生に尋ねた。

「実は、もう行きたい場所があるんです。着いてからのお楽しみです」
「マジ?! すっげ~、楽しみっ」

 はしゃぐ俺に、先生は流し目で微笑んできた。
 わ、なんか、すっげ~照れる。本物の恋人同士みたいじゃん。

 陽射し除けのために、ジャケットの胸ポケットからティアードロップのサングラスを取り出して、掛けるコンラッド先生。
 トップガンですか?トム・クルーズですか?ってな勢いでカッコいいデス。

 軽快なエンジン音を立てながら、車は高速道路に乗った。圏央道インターチェンジから乗り、中央道に合流する。

 何気ない会話をしながら、車に乗ること一時間半。河口湖で高速を下りると、目の前に巨大な遊園地が見えてきた。絶叫系マシンで有名な、眞魔国ハイランドだ。


 夏休みの日曜日の所為か、駐車場は車で一杯だった。入り口から、大分離れたところに、ようやく車が泊められた。

 駐車場からは、当遊園地の目玉のジェットコースター『エンギワル鳥(すげー名前だ)』が存在感を見せ付けていた。数学の教科書でも放物線は見たことがある。でも、それを嫌いな教科書の中で見るのと、大好きな遊園地で見るのとは全然違う。今、目の前にある放物線に痺れた。

「うわっ!コンラッドせんせ~、エンギワル鳥じゃん! 早く乗りたいっ!」

 くすっ、と優しく微笑む先生の手を引っ張って、エントランスに駆け込む。

 先生が当たり前のように、二人分の入園チケットとフリーパスを買ってくれた。自分の分くらいお小遣いから出そうと思ってたのにな。

「ごめん、先生。出費がかさんじゃったよね?俺、園内で、飯とかおごるから」
 ふわっと、栗毛を風にそよがせて、微笑まれた。

「貴方は、俺の恋人ですから。そんなことは、気にしないで。俺のほうが、社会人ですし。でも、どうしても気になるなら――」

 少し、意地悪な顔になる先生。
 瞳を細めると、上品な唇の端を片方だけ吊り上げる。

「あとで、たくさん、キスして?」

 例のごとく、甘い声が耳元で囁かれる。
 ころされる~!
 顔から火が出そうなくらい真っ赤になった俺は、先生の手を強引に引っ張って、ジェットコースターを目指した。恥ずかしくて、顔が見れなかった。

 俺たちは、途中で軽食をとりながらも、有名どころのジェットコースターを制覇した。日曜日で、人が多くて待ち時間が無駄に長かったけれど。半ば、強制的に先生を、絶叫マシーンと、気が遠くなるような待ち時間につき合わせてしまった。だって、どれも乗りたかったんだ。

 『エンギワル鳥』は、放物線の頂上から落下したと思ったら、激しいトルネードが襲いかかった。急な落下で、無重力状態になって、お腹がふわふわしたまま、回転地獄が待っていて、アドレナリンが爆発した。

 『くまはち』は、出発と同時に、爆発的なスピードで突進した。あまりの機体の速さに、乗客の叫び声が、瞬時に不気味な残響音に変わった。本当に、心臓が止まるんじゃないかっていうくらい、例のGとやらを体感した。自分の体重の5倍くらいの重力を一瞬にして受けた。『くまはち』なんていう可愛い名前とは、えらい違いだ。

 他にも、いっぱいあっただけど、挙げたら切りがない。

 大満足した俺は、先生と一緒に、ジュースを買ってベンチで休んだ。いつの間にか、頭のてっぺんにあったはずの太陽が西に傾いていた。二人の影が、オレンジの霞んだ光の中、長く伸びる。

「はぁ~、めっちゃ、楽しかった!」

 俺は、脱力仕切った身体をベンチに預ける。
 そっと、コンラッド先生を見遣る。彼の柔らかそうなブラウンの髪の毛が、夕日に染められて、綺麗な金髪になっていた。
 眼が合うと、橙を帯びた瞳が優しく細められた。

「ユーリに楽しんでもらえてよかったです。ところで、これから行きたいアトラクションがあるのですが、ついて来てもらえますか?」

 爽やかに微笑まれた。


 そう、爽やかに微笑まれたから、俺はてっきり観覧車にでも行くのかと思った。

 それなのに――!!

 え、え~と、これは何かの間違いじゃないですか?いや、そうであってほしいデス。

 目の前にそびえ立つ、古びた洋館。遊園地特有の嘘っぽい造りの建物でなく、廃墟の洋館をそのまま持ってきちゃいました、みたいな概観には引いた。

 ツタの絡まった、石造りの二回建ての重厚な洋館。石造りの円柱が何本もそびえ立つその様は、ギリシャ建築を思わせた。

 入り口に、『最恐、血盟迷宮』と書かれている。説明書きには、最短徒歩40分、リタイア可能と書いてある。おまけに、一組ずつ、時間をずらして入るらしい。

 徒歩40分のおばけ屋敷ってなんだよ?! しかも、最短で40分?!
 ありえねー。どうやら、人間がおばけの役をして脅してくるみたいだし。いや、洋館だから、おばけじゃなくてゴーストか?モンスターか?ってそういうことじゃなくて!!

「こ、コンラッド先生?まさかとは思いますが、ここに入ったりしませんよね?」
 おそるおそる、彼の様子を伺う。

 
「おや、ユーリは怖いのですか?」
 さも心外だとばかりに、俺を挑発するかのような先生。

 う、俺の男気を試そうってわけか?!
 し、しかたない。
「べ、別に怖くなんかねぇよ。行こう、先生!」



 
 ランプを入り口で渡されて、俺たちは洋館の中に足を踏み入れた。

 く、くそっ。怖くなんかないんだからな! 俺は、無敵の高校生男子だ!
 むなしくも、自分で必死に奮い立たせる。


 一階の中央に、螺旋階段らしきものがあるのが見えた。けれど、直接そこへは行くなとでも言うように、広い敷地には、高さ一メートルほどの柵が迷路状に張り巡らされていた。ご丁寧にも、一階の全部の部屋を通らないと、階段を登れない仕組みになっていることにようやく気づいた。柵をよじ登れば、とんでもないショートカットになるけど。

 そこは、まるで沼地の中の廃墟だった。手元のランプのおかげでかろうじて見える足元の木製の床は、腐食していて、そこから雑草が、まばらに生えていた。苔のような泥のような、不快な感触が常に足元に感じられた。靴からは、湿った音が響いた。   鼻を突く、かびたような湿ったような嫌な匂い。リ、リアルすぎないか?
 天井には、今にも消えそうな薄灯りを、不気味に点滅させたシャンデリアが、ぶら下がっていた。それには、幾重にも重なった蜘蛛の糸が張り巡らされている。

 まだ、お化けさえ出てきていないのに、この不気味さ。
 まるで、これから起きる悪夢を予感させる静かな恐怖。

 背中を嫌な汗が伝い落ちる。

「ユーリ?大丈夫?怖かったら、手を繋ぎますよ」

 この恐怖の中での彼の声は、一段と頼もしくて、甘えてしまいたい。けれど、こんな恐怖の中でも、俺の中の男としてのプライドが僅かに残っていた。
本当に、欠片ほど。ベビーチョコ一粒くらい。

「いっ、いいよ。だ、大丈夫だから」

 精一杯、虚勢を張る。ってか、もう声がどもってるんですけど・・・・・・。

「そうですか?いつでも、怖くなったら教えてくださいね」
 超絶なほどに、冷静な先生の声が聞こえた。どうして、こんなときに、そんな態度で居られるんだよ~~。
 こっちは、もう、さっきからいっぱいいっぱいだってのに~~!


 最初の扉のノブに、先生が手を掛けた。彼の後ろで、俺は息を潜めていることにした。もはや、男気ゼロだ~。だって、怖いんです、怖いんです。

 ゆっくりと、扉が開けられていく。ギギ・・・・・・と蝶番ちょうつがい の音が気味悪く響く。

 絶対何か仕掛けてあるに違いない!ああ、もうやだ。 

 次第に開けられていくドアを見ているのが、耐えられなくて、ぎゅっと固く目をつぶ った。

 刹那、後ろから手首を掴まれた!
 ゾクッとするような、冷たさと、気色悪いぬめりが、皮膚をざわっと刺激した。

「うううっぎゃあぁあああ~~~!!」

  
  脊髄反射的に、俺は飛び上がった。何も考えられず、障害物競走のごとく、一目散に次々とフェンスを越えて、螺旋らせん 階段を駆け上った。
「ユーリっ!」
 遠くで、先生の声が聞こえた気がした。


 勢いに任せて、2階の一室に飛び込んだ。
 肩で大きく息をして、ドアの前に座り込んだ。床に敷かれた絨毯らしき、毛皮の感触に全身が粟立った。

 カタタ、と不穏な窓の音が聞こえた。不気味な冷気が頬を撫でた。ぱっと顔を上げると、そこは、蝋人形だけが窓際に一列で展示されていた。中世ヨーロッパの王候貴族、騎士、農民といった蝋人形たち。ドアのほうを一様に向けられた蝋人形たち。

 ここまで、一気に駆け抜けてきた所為で、力が抜けて動けない。地面に座り込んだまま、息を詰めて、人形と見つめあっていた。目を逸らしたいのだけど、なにか違和感を感じて、目が離せない。

 ふと感じた違和感。
 
 先程から、たくさんある蝋人形の何体かの目がまばた きをしている・・・・・・気がする。いや、気のせいじゃない。俺は、視力のよさが売りなんだ、と威張ってみる。
 人形の目・・・・・。動くはずのないもの。それがたしかに、パチパチと生身の人間のごとく静かにまばた きを繰り返している。激しい違和感が、背筋を凍らせる。

 突如、廊下のほうで激しい物音がした。びくっと、反射的に後ろを振り返る。

 けれど、当然ながら目の前にはドアがあるだけ。誰かが入ってくる気配もなかった。小さく息を吐き、前を振り返る。

 ひ・・・・・・、な、なんだこりゃ~?!

 先程まで、一列で俺を見つめていたはずの蝋人形の内の数体が、俺の回りを取り囲んでいた。その上、さらに、じりじりと距離を詰めようとする彼ら。その動きは、有名なホラー映画を彷彿ほうふつ させる。

 ぞ、ゾンビだ~~~!!それも、格式高い中世ヨーロッパ封建制度バージョン~~!!

「コンラッド~~!!」
 先生、なんて敬称をつけている余裕がなかった。
 だ、だめだ、やられるっ!ゾンビが俺にまさに食って掛かろうとしたとき―― !

 蹴破るような勢いで、ドアが開く音が聞こえた。

 軽やかな足取りで、誰かが俺の元へ駆け寄る。ヒーローの登場か?!
 黒い影が王様ゾンビと、王女様ゾンビの間を風のごとくすり抜けて、俺の側にたどり着く。にわかに、俺の膝の裏と肩甲骨に温かい腕が差し込まれた。

 俺は、そのままふわっと宙に浮いた。
 途端に、とてつもない安心感で満たされた。

 凛とした、けれど甘い香りがした。

 はっとして、俺を抱える人物の顔を見上げた。

 薄闇の中でも、端整な顔が良く見えた。むしろ、窓から差し込む月光が、彼の顔に恐ろしいほどに綺麗な陰影をつけていた。

 ヒーローっていうより、王子様だ―― コンラッド先生。

「ユーリ、彼らはお化け役のエキストラだから襲うふりはしますが、実際に手を出してきたりはしません。安心してください」

 彼は、俺を抱きかかえたまま、ゾンビ役の彼らの間を冷静に通り抜けていった。

 なんで、こんなに冷静で居られるんだろう、本当にカッコいいなぁ。同じ男として、憧れるって言うか、尊敬しちゃうよな。

 その後、出口に向かうまで、先生はずっと俺を横抱きしてくれた。

 途中で、突然横からミイラ男が飛び出したとき、俺は、驚いて思わず先生の胸に顔を埋めた。でも、先生は耳元で大丈夫だよ、って甘く囁いてくれた。先生の厚い胸板とシャツのすべらかな感触、優しい先生の声で満たされて、怖さは露となって消えていく。
 さっきまでは、あんなに怖くて堪らなかったのに、今は、くすぐったいような甘い気持ちでいっぱいだった。

 だから、自分が今どんな状態か、気づかなかったんだ。

 出口で、やたら従業員や、他の客が、俺たちのことをジロジロと見てくる。

 それで、ようやく気づいた。

 俺、高校生男子が、ハリウッドスター並みにカッコいい青年に、『お姫様だっこ』されてるという現実に―― !!

「ば、ばかっ! コンラッド先生!いつまで俺をお姫様抱っこしてるんだよっ!」

 
俺は、大慌てで、先生から下りた。真っ赤になって、先生を睨んだ。

「すみません、ユーリ」
 まったく悪びれた様子もなく、爽やかに先生は微笑んだ。多分、この場に居た、女子全員がノックアウトする微笑み方だった。

 なんだか、俺はとんでもない相手と恋人ごっこなんてしてるんじゃないか?

 甘い不安が胸をよぎった。



第三話 表=了
裏の入り口 ヒント 右下、英語

 裏のイメージ絵 観覧車の中のコンユvよかったら、大人の方は、読んでください。









第三話 裏 
※十八歳以上推奨です。

 俺達に集まる視線に居た堪れずに、先生の手を引いて夜の遊園地を駆け抜けた。
お化け屋敷に入る前は、オレンジ色だった空は、今や紫と紺の混ざったような色になっていた。
 ライトアップされた遊園地は、ひどく現実離れしていた。濃紺の闇に浮かび上がる、煌びやかな光の渦。彩りも鮮やかな原色の光源たち。楽しそうな人たち。
 何だか、まるで夢の中に居るような錯覚に陥る。
 
 けれど、ひんやりと気持ちいい先生の手の感触を確かに感じている。

 気がついたら、観覧車の前に来ていた。きらめく園内でもひときわ目を引く、華やかな光の大輪だ。

 そっと、コンラッド先生を見上げた。俺の視線に気づいた先生は、光を帯びた金褐色の瞳を優しく細めた。

「ユーリ? 一緒に観覧車に乗りませんか?」

 一呼吸置くと、先生が手を繋ぎなおした。さっきまでは、俺が無造作に先生の手を掴んでいただけなのに―― 今、俺の指の間には、先生の長くて節だった指が触れている。指と指が絡まっている。

 うわ、これって、もろコイビト繋ぎじゃん。そ、そりゃ、今はコイビトごっこしてるわけだけど・・・・・・。でも、男同士だし、目立つじゃん・・・・・・。

 恥ずかしくて、困ったように先生を見上げた。先生は、秀麗な顔を少し曇らせた。

「こんな風に、手を繋ぐのは嫌ですか?」

 憂いを含んだ切ない声が、囁かれる。
 そ、そんな綺麗な顔と声で、悲しげにされたら、断れないよ・・・・・・。

「べ、別にそんなことないけどさ」

 俺が言い終わるや否や、彼は金色の光を浴びながら、蕩けそうに甘い微笑みを浮かべた。先の憂いなど、微塵も感じさせない。一瞬だけ、少年のように無垢な顔になった。

「よかった、ユーリ。さぁ、行きましょう」

 俺達は、手を繋いだまま観覧車に乗るための列に並んだ。夜の為か、仲睦まじい恋人達が沢山いた。彼らは、一瞬俺達に目をやるものの、すぐに自分達の世界に戻っていった。

 とはいえ、アメリカ人の先生と違って、庶民派日本男児の俺は、人前で男同士で手を繋ぐことが恥ずかしかった。自ずと、顔が下を向いてしまう。

 ごめん、コンラッド先生。日米文化の対立かな。ジョン万次郎もがっかりだよ。

 にわかに、先生が手を解いた。
「ユーリ、ゴメンね。恥ずかしかったんですよね。気づいてあげられなくてゴメンね」

 先生は、爽やかに、優しく微笑んでくれた。俺は、ただ小さく頷いた。
 鼻の奥がツンとした。先生の優しさに、胸が熱くなった。

  それと同時に、先生の手の温もりが消えて、寂しいような頼りないような気持ちになった。

 自分から、恥ずかしがったくせに、いざ先生と距離が空くと寂しく思うなんて。自分の相反する気持ちに戸惑った。




 そして、いよいよ、自分達の乗るゴンドラが来た。ゴンドラ自体には、電球の装飾は施されていない。夜景をいっそう楽しむための配慮だろう。

 俺とコンラッド先生は、向かい合って座った。先生のことだから、俺の横に座るのかと思っていたので意外だった。さっき俺が、人目を気にしていた所為かもしれない。
 

 少し、残念かな・・・・・・。


 え?俺、今残念って思った?何で?
 
 自分の心に沸いた気持ちに、またしても戸惑った。先生に、何を期待しているんだろう。先生は、俺の英語の成績を上げるために、恋人ごっこをしてくれているだけなのに・・・・・・。

「どうしたんですか?難しい顔をして。お化け屋敷のことを思い出していたんですか?」

「む、難しい顔なんてしてた?そ、そうだよ、お化け屋敷のことを思い出してた」
 なんとなく誤魔化した。先生に、知られちゃいけない部類の気持ちだと思ったから。 

「そうですか。先程は、驚きました。貴方が突然、柵を乗り越えて階段を上がっていってしまうから」

 その発言に、思わず先程の恐怖が思い出された。俺の手首を背後から掴んできた、あのぞくっとするような冷たくて、ぬめっとした感触を ――!

「そう、そう!聞いてくれよ、コンラッド先生。先生が扉を開けてる最中に、俺は後ろから手首を掴まれたんだよ。すっげ~、冷たくておまけにぬめぬめしてたんだよっ!だから、思わずハードルを越えて障害物競走しちゃったよ。一体どんなお化けエキストラだったんだ?!先生は見た?」

 途端に、怪訝な顔をするコンラッド先生。
「手首を掴む?おかしいですね。あそこのアトラクションのエキストラは、客に触れてはいけないことになっています。おまけに、あの時はお化けのエキストラは見ませんでしたが・・・・・・」

 全身に鳥肌が立った。顔から血の気が引いていく。

 そ、そんな?! あのとき俺の手首を掴んだのが、お化けのエキストラじゃないとしたら、マさかのマさか?! ほ、本物かよ~~??!!

 怖くてたまらなくなった俺は、咄嗟に、反対側に座る先生に抱きついた。ゴンドラの床に膝立ちの状態で、情けなく先生にしがみついている、といったほうがいい。

「先生、しばらく胸貸してっ!」
 震える身体を抑え付けるかのように、先生の胸に顔を埋めた。凛とした先生の香りがした。

「ユーリ、大丈夫ですよ。俺が側にいますから」
 砕けそうに甘い声が頭上から降ってきた。おまけに、大きな手で後頭部を優しく撫でられた。じんと胸が痺れた。

「ほら、外を見て。すごく綺麗な夜景ですよ」
 彼の甘い声に導かれるように、俺は緩慢な動作で立ち上がりかけた。

「わっ?」
 にわかに、力強い先生の腕が俺の腰に回された。そのまま、ぐい、っと強引に先生の膝の上に引き寄せられた。

「ちょ、ちょっと、コンラッド先生?!」
 俺は、先生の両腿を跨ぐような格好で座らされていた。幼稚園児が、お父さんの膝の上で座るのとは訳が違うんですけど?!

 恥ずかしくて、先生から下りようとするも、背中に回された彼の頑健な腕が俺を閉じ込める。

「ちょっと、コンラッド先生、すごい、力! 意外と、逞しいんだな、じゃなくって~~、恥ずかしいです~!!」

 ふと先生の腕の力が緩まった。先生は、俺の身体と少し間をおいて、俺の顔を見つめてきた。超絶美形が、この上ないほどの甘い微笑みを見せた。至近距離で。柔らかそうな彼の髪がさらっと揺れた。

 長い指が、ふいに俺の顎を掴んだ。薄くて形のいい唇が、俺の唇に今にも触れそうな距離で囁いた。

「ユーリ・・・・・・好きです。キスしてもいい?」

 薄闇の中で響くコンラッド先生の声は、上品なくせに淫らで俺の心をつよく揺さぶった。

「うん・・・・・・」
 気がつくと俺は頷いていた。
 この前のキスとは違う。この間のキスは、何の前ぶりもなく突然されたから、ただ驚いて、翻弄されてた。
 今回は、確認された。そのことで、いっそう緊張が増す。唇が触れるまでの刹那の時が、苦しい。けど、甘い。
 
 それに今はなぜか、恋人のふりをしなくちゃいけない、っていう義務感がない―― 気がする。
 あれ?それって、やばくないか?

 ぼんやりと思考の隅で、考えた。

 けれど次の瞬間、そんな余裕など一切なくなる。

「んっ・・・ふ・・・っはぁ・・・ン」

 先生の甘い唇が、俺の唇を性急に啄ばむ。遮断なく唇を塞がれて、息苦しさに先生を軽く押し遣る。少し唇が解放されて、甘えたような吐息が大げさに零れる。
 けれど、息継ぎを赦されるのはほんの一瞬だけ。髪の毛に、大きな手を差し込まれ、片腕できつく腰を手繰り寄せられる。再び、熱いキスが繰り返される。

 先生の膝の上に跨ったままに、甘い接吻けが続く。いつの間にか、先生の舌が口内に侵入していた。二人の粘液が絡み合う、卑猥な水音が、いやらしく車内に響く。

「ふっ・・・んんっ! ・・・・・はぁぁ・・・ふっ」
 唇が僅かに離れた時に、くぐもった甘い吐息が漏れる。まるで、もっとして欲しいと、ねだっているような浅ましい吐息に、羞恥で顔が火照る。

 コンラッド先生は、キスが巧すぎる。情熱的で、激しいくせに繊細。強引なくせに、信じられないくらい、優しく求められる。

 何も考えられなくなる。視界が霞んでいく。体温が急上昇して、甘い疼きが下腹部を襲う。

 うわ・・・・・・どうしよう。

 俺の下半身が、欲望に正直になっていた。ズボンの前が窮屈になっていた。
 先生に跨った体勢のままでは、俺の生理的反応がバレてしまう。
 
 俺は、もぞもぞと身体を動かして、何とか熱を持ったそこが、先生の身体に触れないようにと試みた。

 一刹那―― !!
 俺の髪に差し込まれていた筈の手が、俺の熱くて、硬くなった所を服の上から触れてきた。甘い疼きに、ゾクっと身体が痺れた。

「ンやっ!!」
「ユーリ、キスだけでこんなにして。いやらしいですね」


 優しい声で、意地悪なことを言われた。羞恥で、身体がいっそう熱くなる。痺れたように、身体が動けなくなる。

「ア・・・・んん・・・ああっ! や、やだ・・・・・っ!!」

 ふいに服の上から、熱い中心を掴まれた。大きな手のひらが緩急をつけて、そこを擦りあげる。

 よりによって、コンラッド先生からこんなことをされるなんて!
 しかも、こんな観覧車の中で!

 衣服の摩擦が、何ともいえない甘い疼きをもたらす。けれど、こんな公共の場で、いつ見られるとも限らない場所で、こんな淫らなことをするなんて!おまけに、こんなこと初めて人からされるし!

「だ・・・めっ!い、やっ、こんな、ところで・・・・うああっ!」
「とても淫らで、可愛いです」

 耳元で、上品な掠れた声が囁かれた。俺のか弱い抵抗など、まるで聞こえていないといった調子だった。少し揶揄するような彼の台詞に、そこがピクンと、脈打った。

 こんな場所でしたらいけない、と思えば思うほど、信じられない快感が襲う。まして、初めて人から与えられる刺激は想像を絶するほどに鋭くて。

 遠ざかる思考の淵で、思った。

 もし、そこを直接触られたら、どんな気分なんだろう。服の上からでも、痺れそうなほど気持ちいいのに・・・・・・・。もし、そこを彼の手が直接触れたら・・・・・・・。

 無意識のうちに、おねだりするような潤んだ瞳で彼を見つめた。
 彼は俺を見ると、優しく瞳を細めた。

 けれど、喉の奥で低く笑った。サディスティックな乾いた笑いは、ひどく魅惑的だった。

 何もかもが、彼に筒抜けだ。俺が、どんなに気持ちいいか、どうしてほしいか―― さえ。

「ユーリ、そんなに潤んだ瞳で見つめていけない子だ。ほら、どうしてほしいか言ってご覧?」

 先生は、端整な唇の片端を意地悪に上げる。
 俺がどうしてほしいかなんて、当の昔にわかっているくせに、先生は知らないふりをする。

 その間にも、大きな手のひらで、そこが擦られ続ける。きっともう、俺のズボンには、はしたなく自身の形が浮かび上がっている。

 情けなくて、恥ずかしくて、その癖、擦られる度に甘い刺激が全身を駆け抜ける。

「ユーリ、ほら、早く言わないと下着が濡れてしまいますよ?」

 煽るようなことを、言い続けるコンラッド先生。
 実際に、俺の下着は自身の雫で濡れてしまっていた。小さな子が粗相をしてしまったような、いけない気持ちになる。それさえ、甘い快感をもたらしてくるのだけど。

 震える快楽に身を委ねるように、甘く懇願した。

「コン・・・ラッドせんせ・・・・い。んあっ!・・・・・ちょ・・・・くせ・・・・・つ、ああぁ!触って?」


 突然、片手で腰を引き寄せられて、荒々しく唇を吸い上げられた。熱い舌が口腔内を蹂躙する。舌と舌が絡まって、粘膜の擦れあう淫靡な水音と荒い呼吸が、車内に響く。
 同時に、先生の右手が器用に俺のベルトの金具を外す。カチャ、と硬質な金属音の後、ボタンが外され、ジッパーの下げられる音が淫らに響く。

「んんっ!ンン――!」

 容赦なく、恥ずかしいところを外気に晒されて、羞恥で全身がカッと熱くなる。いやだ、と叫んでしまいたいのに、キスで塞がれて、くぐもったような媚びたような喘ぎ声しか出ない。

 けれど、恥ずかしさなんてあっという間に霧散した。

 信じられないほどの甘い疼きが満たされていく。
 形がよくて、長い先生の指や手のひらが、悪戯にそこを虐める。

 もう、恥ずかしさより何よりも、ずっと深い快感に沈んでしまいたい。先生の手が、気持ちいい所に当たるように、無意識のうちに腰を動かした。

 ふいに唇が離された。熱っぽい先生の声が荒い呼吸と共に囁かれた。
「愛しています、ユーリ」

 甘い愛の告白に、身体だけでなく心までもが先生に支配されていく。

 気持ちよくて、心地よくて、頭が混沌として、自分でも何を口走っているか分からない。

「ンン・・・アアっ!せんせ・・・・、こん、な、すごいこと、・・・・・アアっ!初めて・・・あ・・・うああっ!気持ちよすぎて・・・・おか、しく・・・なる・・・んああっ!」 

「ユーリは、可愛すぎます」
 甘いため息が耳元で零れた。その吐息にさえびくりと身を捩った。全身が性感帯になってしまったみたいに、先生の触れるところが、先生の声が、熱くて堪らない。
 その上、先生の大きな手が休むことなく、敏感な屹立したそこをリズミカルに攻め立てる。

 その時、ふいに異変に気づく。視界の端に映る景色が、大きくなってきている。地面が、近づいてきている――?!

「ああ、ど、どうしよ、アアっ!せんせ、降り場が・・・・近づい・・・てる!ああっ!」
 コンラッド先生の首に手を回して、甘い刺激に、耐えながら、危機的状況を必死に訴える。

 けれど、先生は落ち着き払った声で、応える。
「ええ、そうですね」

 どうして、そんな冷静なんだよ?皆に見られちゃうじゃないか?!ど、どうしよう?!

 彼の冷静さが、俺の焦燥感をいっそう掻き立て、耐え難いほどに高みに上り詰められる。

 そこが、ぴくぴくと何度も、はしたなく脈を打っては、先生の綺麗な手を濡らしてしまう。

 けれど、本当に洒落にならなくなってきた。
 俺達の乗ったゴンドラは、下から数えて3つ目の位のところまで来ていたのだから――!
 
 それでも、相変わらず先生の愛撫が容赦なく続く。熱を持ちすぎたそこは、もうどんな刺激にさえ過敏すぎるほどに反応した。

 頭の中がパニックに陥って、それと同時に、目の前が白くスパークした。

「んんやぁぁぁ!!!」

 チカチカする意識の淵で、俺の物が何か布に包まれて、何度もその欲望の果てを吐き出すのを感じた。

 先生が、咄嗟にハンカチでそこを覆い、液体による被害を最小限に抑えてくれた。
 
 その上、ぐったりと力なく座り込む俺のファスナーを元に戻し、ベルトまで丁寧に嵌めてくれた。

 その頃に、俺達が下りる番がきた。先生が自然と俺の手を引いてくれた。脱力仕切った俺は、まだ快楽の余韻が残って火照る体を無理やりに動かした。




 家に帰ってから、なかなか眠れなかった。
 
 どうして、先生はあんなことまでしたんだろう。
 どうして、俺は、嫌じゃなかったんだろう。

 もやもやして、頭が混乱した。

 いや、あれだって、きっと、先生が俺を気遣ってくれたんだ。
 思春期の少年のリビドーが激しいことを知ってるから、それを和らげて、勉学に励むようにしてくれたに違いない。

 ごめん、コンラッド先生。俺のなんか触りたくなかっただろうに・・・・・・。

 俺は、寝る前に、また英語の教科書を開いた。





 あとがき★★

 前回拍手くださった方、ありがとうございましたっ。励まされました!

 今回は、裏なので、エロエロ~な内容となりました。今後も、どんどん裏満載にしようかと思ってます。

 今回も、最後はやっぱりユーリは、天然でした。

 

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