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2009/12/01 (Tue)                  ヴァンパイア スレーブ 第四話 

第四話 ヴァンパイアの契り

※第三話の裏を書く予定でしたが、あまりに長くなったので第四話にしました。四話こそ裏に続きます。



 つい、流れに任せて彼のデートとやらを引き受けてしまったわけだけど・・・・・・。

 先ほどから、横抱き、いわゆる姫抱きをされたままずっと深い色合いの夜空を飛び続けている。
 さながら、アラジンみたいな。いや、ヴァンパイアなんだけどさ。

 夜空にしては深い蒼色にうっすらと白が混ざったような、爽やかなロイヤルブルーの中を、文字通りに飛んでいる。おとぎ話のように。

 オフィス街や市街の灯りは、遥か下に、薄雲に透けて小さな星屑のように見える。
 複雑な蒼色に包まれながら、雲の中を突き抜けるたびに、天空の星屑が透明な夜空に広がる。思わず弛緩した身体に、澄んだ空気がいっぱいに広がる。

 自然の絶大な、ため息がでるような美しさに触れていると、本当に今夢を見ているんじゃないかと思えた。

 コンラッドが俺を抱きかかえながら、徐々に下降しはじめた。
 頬をゆるやかに冷たい夜風が撫でていく。

「寒くないですか、ユーリ」

 ふいに甘い声で囁かれた。それと同時に、マントを巻きつけられた身体をきつく抱きしめられた。
 声の主を見上げると、蒼色を映す色素の薄い瞳が、優しく細められた。

 その甘い顔に、気が落ち着かなくてあさっての方を向いてしまった。

「べ、別に寒くないよ。あんたが抱きしめながら俺をマントで覆ってくれてるしさ。でも、お姫様抱っこはやりすぎだろ?」

「そうですか。この姿勢のほうが安定感があって、あなたにとって一番くつろげる姿勢かと思いまして」

「あ、なんか、ごめん」

 何で、こんなに俺中心に考えてくれるんだろう、コンラッドのやつは。
 なんとなく、彼の優しさを踏みにじった気がして、思わず謝った。

「いいえ、気にしないで下さい。あなたは、私の御主人様なんですから、何でもご命令下さい」

「ご、ご命令って! やっぱり、俺いまいち御主人様になる自信がないかも・・・・・・って! あれ、レインボーブリッジ? それに、東京タワーか?! ってお台場かよ?! いつのまにか、東京まで来ちゃったんだ? すげー、車だと家から2時間位かかるのに。さすが、快適なお空の旅は違うな。飛行機じゃなくて、ヴァンパイアだけど。それにしても、すげーいい景色・・・・・・」

 連なる高層ビルの壮大な灯りや、列を成す自動車のヘッドライトの流れるような白銀の光の渦。東京湾にかかる虹のように繊細なフォルムのレインボーブリッジは、キラキラの光の装飾を、深い闇を映す水面にさえ映し出す。

 そして、白銀のライトとは対照的な、燃えるような紅色を含む橙色の強い光を、まるで巨大な蝋燭台のような鉄塔に灯らせる東京タワー。

 光の渦に吸い込まれてしまいそうな、まばゆいばかりの景色に胸が躍る。
 光の只中で、コンラッドは俺を抱えたまま、しばし佇む。

「気に入っていただけましたか、ユーリ」

 相変わらずの甘ったるい声で俺に呼びかけるコンラッド。多分、彼は溶けそうに甘い顔で俺を見ているにちがいない。
 なんとなく至近距離でそんな顔を見上げるのが恥ずかしくて、景色だけを見渡していた。

「うん、すっげー綺麗! あんたの言ってたデートってここのこと? 綺麗だけどあんたがいうような変な刺激はなくてよかった!!」

「ユーリ、残念ながら、ここではありませんよ。もう少しだけ、お付き合い下さい」
「そ、そうなんだ」

 なんとなく嫌な胸騒ぎを感じた俺の直感はすごい。俺たちは光の渦を通り越えて、深い山奥へと突入することになった。

 ええっと、確か墓地が物騒だからデートに誘われたんじゃなかったっけ?てか、そもそも男同士でデートって何だよ?!今頃になってやっとそこに違和感を感じるなんて、俺も相当おかしくなってきてるのか?

******

 深い深い山奥には僅かな月明かりしかない。さきほどまでのまばゆいばかりの光の世界とは対照的だ。

 コンラッドに姫抱きされながら、山の斜面を飛行する。かなりの低空飛行だ。舗装されたアスファルトの斜面から5メートルほど浮いている程度だ。

 そうだな、例えていうなら電飾でやかましいデコレーショントラック、略してデコトラの運転手くらいの目線かな。いや、乗ったことないんだけど。
 あぁ、でも今まさにその派手な電飾の光が欲しい。

 アスファルトの両サイドには、眼をつぶりたくなるような真っ黒のシルエットの広葉樹が風に揺られてさざめいている。しかも、地表の近くには不自然な霧が発生していたりする。

 ここまで、不気味なほどに暗闇が続くと、よからぬことばかり思い出してくる。そう、先ほどの形容しがたいゾンビの容姿とか、あのどろっどろの手の感触とか!!

 たまらずに、コンラッドの胸元のマントをギュッと掴んだ。

「ユーリ? 寒いですか?」

 コンラッドは、俺が寒いのだと勘違いしたらしい。甘い声を少し心配そうに潜めるとひときわ強く俺を抱き寄せた。そのせいで、彼の端整な顔が驚くほど接近した。

 心配そうに切れ長の瞳を揺らして俺を見つめてくる。いいのか悪いのか、こんなに至近距離だと、暗闇でもコンラッドの整った顔がよく見える。
 かすかに薔薇の香りのするサラサラの彼の前髪が、俺の前髪に軽く混ざる。

 きっと、俺が女だったら、一撃で恋に堕ちそうなシーンだった。

「あ、えと、ごめん。なんでもないから」

 俺は、ぶっきらぼうに言い捨てながら俯いた。
 彼の甘い顔を見ていると、何だか落ち着かないから。

 ふいに、冷たい指で顎先を掴まれて、そっと上を向かされた。

「すみません、御主人様。俺の我が儘につき合わせてしまって」
 だから、またそんな顔するなよ。
 俺は、コンラッドの心から寂しそうなこの顔にかなり弱いらしい。

「あぁ、もういいから! どうせ振り回すなら、最後まで責任を持って振り回してくれよ」
 コンラッドを見上げながら、少しふくれっ面でフォローする。

「ユーリは、本当に優しい御主人様ですね」
 途端に、優雅に微笑むコンラッドから目を逸らす。

「だから、御主人様いうな」 
「そうでした、ユーリ。それに、もうすぐで目的地にたどり着きますから」
 その言葉に反応して、思わず見上げた俺に、彼は軽くウィンクをした。

 うう、こんなキザなことをしてもまるで嫌味じゃない。

 それどころか、軽く女子みたいにときめきそうになった。いや、違う。これは、同性への単純な憧れみたいなもんだよ、そうそう。ウィンクまで似合う端整な顔でいいなー、みたいな。

 なんて、必死にときめきかけた言い訳を考えてる俺って、いったい・・・・・・。

「なにかとても楽しそうことを考えているんですか? 顔がころころと変わって、可愛らしいですよ?」

「!! か、可愛い言うな! べ、別にあんたの顔がカッコよくて、ウィンクされてときめいたことへの言い訳とか考えたりしてねぇから・・・・って、俺は何言ってんだ!!」

 コンラッドは、柔らかい笑い声を立てるとそっと俺を地面に下ろした。靴の裏に、少し湿った土の感触がした。

 正面を見渡すと、いつのまにか視界が開けていた。視界を遮る木々がなくなったために、月明かりが煌々と輝きを放った。

 ここは、山の中にある野原だった。いや、野原というよりも人工的に作られた公園というほうが近い。自然美を生かした自然に近い公園という感じだ。中央には月を反射する大きな池があった。

 そして、それよりもなぜかこんな山奥に中東風の平たい屋根の石造りの洋館があった。おまけに、窓からうっすらとオレンジ色の灯りがチラチラと覗いている。

 ―― なんで、こんなところに洋館が?!

 けれど、その疑問など、どこかにいってしまう。
 ふいにコンラッドが、俺の顎先を掴んで、唇が触れそうなほど近くに顔を寄せたから。

「本当に、可愛らしい御主人様だ」
 
 可愛らしい御主人様って、何だよ・・・・・・なんて言葉が浮かんできても、何もいえなかった。わざとらしいくらいに心臓がうるさくて。唇に触れる彼の吐息が甘くてくすぐったくて。思わず、身体から力が抜けてしまいそう。

 けれど、タイミングよく再びコンラッドに横抱きにされた。
 すごく安心感に満たされた。思わずまじまじとコンラッドを見つめてしまった。

「ユーリ、頼みますからそんなに無防備でいないで下さい。さぁ、着きましたよ。我らがヴァンパイアの夜会へようこそ、御主人様」 
 
 な、な、なんだよ?! ヴァンパイアの夜会って?!

 信じられない言葉をいうコンラッドに愕然とした。けれど、そのときにはすでに俺は彼に抱えられたまま洋館の扉の前にいた。確か、洋館までは100メートルくらい離れてたはずなのに。あ、そうか、ヴァンパイア的猛スピードだ。

 なんて、もう、そんなことどうでもいいっ。

 俺をおうちへ帰してーー!!

******


 
 アーチ型の凝った装飾の鉄格子の扉が開かれて、奥の木の扉が重々しく開かれた。
 黒と白の市松模様のタイルに、一歩脚を踏み入れた。

 とてもじゃないけれど、恐ろしくて顔を上げられなかった。だって、ここにはヴァンパイアがうじゃうじゃいるんだろーっ。

 地面しか見ていなくても、フロアに流れるクラシック調の優雅な音楽や、男女っていうかヴァンパイアの談笑や、食べ物の匂い、ワインらしい香り、挙句には彼らの長い脚が見えてしまう。男の人は、コンラッド同様に長いマントに黒いズボン、黒の皮靴だ。女の人は、どうやら中世ヨーロッパ的なドレスらしい。エリザベス女王みたいなふわふわのスカートが、彼女らが歩くたびに優雅に舞っている。

 意外にも、部屋は灯りで満たされていたおかげで、彼らの姿が見えてしまう。
 なんて異空間に招かれてしまったんだろう、俺。

 怖さのあまり、歩きながらコンラッドの手をぎゅうぎゅうと握りしめてしまう。

「ユーリ、心配しないで。少し挨拶をするだけですから」
「あ、あ、あ、挨拶?って、しゃべらないと駄目なんですかっ?!」

 ああ、俺の馬鹿。コンラッドの台詞に驚いて顔をあげてしまった。おまけに、素っ頓狂な大声を挙げたせいで、ヴァンパイア達の熱い視線を独り占めですよ。

 顔を上げてわかった。ここは、人種の坩堝ならぬヴァンパイアの坩堝だった。白色人種系が圧倒的に多いが、黄色人種系のヴァンパイアや黒色人種系のヴァンパイアまでちらほらといた。
 ヴァンパイアもグローバル化の時代なのか? 
 ああ、もう、そんなことどうでもいいっ。
 駄目だ、腰が抜けそう。何せ、渋谷家は大のヴァンパイア嫌いで、俺はそれに洗脳されてきたし。

 ああ、よく考えたらコンラッドもヴァンパイアなんだ。俺、よくコンラッドの御主人様になんてなったよな。

「ユーリのおかげで、手間が省けたみたいです」
「ひっ!!!」

 考え事をしている間に、急に人口密度ならぬヴァンパイア密度が濃くなっていた。

 俺たちの周りは、ヴァンパイアでぐるっと囲まれてしまっていた。だから、どうして彼らはこんな驚異的スピードなんだ?!おまけに彼らは、じっとりと俺を食い入るような目つきで見てくる。
 にやりと笑う彼らの口元にはそれぞれ鋭い刃が覗いている。

 お、俺は食料じゃありませんからーっ。

 そのとき、輪の中から一人が流れるような不思議な動きで、こちらに詰め寄った。

 本当にヴァンパイアか?と疑いたくなるような眼が覚めるような金髪に、サファイアブルーのきらめく瞳の持ち主だった。背格好は、俺と相違ないが、顔の作りが圧倒的に違う。相当な美少年だった。

「貴様! 人間か?! どうして、こんなところに紛れ込んだ?!」

 天使のような容貌の彼は、その華奢な手で俺の胸倉を掴み、たちまち小悪魔のような険悪な表情で騒ぎ立てた。

 ってか、人間が来ちゃだめなんですか?だって、コンラッドに招かれたんですけど?! こ、コンラッドさん?!今にもなきそうな俺は、コンラッドを縋るように見つめた。

「ヴォルフラム! よすんだ。彼は、私の御主人様となられたユーリ様だ」

 コンラッドにしては珍しく険しい声だった。コンラッドは、ヴォルフラムの手を払うと俺を庇うようにマントの中に包み込んだ。

 途端に、周囲のヴァンパイア達からは、感嘆のため息が零れた。彼らの目つきが、ひどく柔らかく羨望の眼差しのようなものに変わった。どうやら、彼らの中で俺は食料ではなくなったらしい。よ、よかった。

 けれど、天使のようなヴォルフラムという彼だけは、喚き散らした。

「これだから、兄上は!! いまどき人間に隷属するなど、時代錯誤もいいところだ!!」

「あ、兄上ってことは、この金髪美少年は、コンラッドの弟か?」

「そうです、ユーリ。それより、ヴォルフラム、いいかげんによしてくれ。我が主が怯えてしまうだろ」

 コンラッドが、美少年に凄むと、彼はなおも不服そうにしながらも、踵を返した。けれど、再び振り返ると俺を睨みつけた。

 ひー、ヴァンパイアに睨まれたぁぁ!!膝ががくがくと震えてしまう。綺麗な顔だけに、凄むとものすごい迫力だ。

「ふん、そんなに怯えて情けない! 俺は、お前のような人間に兄上が隷属することなど認めないからな!! 今もうひとりの兄上を連れてきてやる。覚悟しろ!!」
「ヴォルフ!」

 ヴォルフラムは、去り際にも激しい怒りを顕わにしていた。ってか、もうひとりの兄上って誰ですか?その人って怖いんですか?!

 俺は情けない顔で、コンラッドを見上げた。

「ユーリ、心配しないで下さい。私の兄は、今は日本でヴァンパイアの長を務めています。どのみち、彼には俺達の仲を承認してもらう必要がありますから。だから、ね、心配しないで、ユーリ」

 同じヴァンパイアなはずなのに、コンラッドに囁かれるとすごく安心する。懐かしいような優しい、甘い声は、心地がいい。

「うん、ありがとう、コンラッド」

 嬉しくて、にっこりと彼に笑いかける。すると、周囲から甘いため息が零れる。まぁ、羨ましい主従関係ね、恋人みたいなものよねぇ、なんてギャラリーから囁かれる。

「ち、違いますからっ。恋人じゃありませんからっ!! はっ!!」
 俺ってば、なにヴァンパイア相手に軽口叩いてるんだ?!どんだけ命知らずだよ?

 途端に固まる俺をみて、彼らは失笑した。コンラッドまでも!!

 堪らずコンラッドを睨みつけるも、心の中は軽くなった。これだけのヴァンパイアの巣窟にいながらにして、和やかな雰囲気になれるなんて。

 案外、ヴァンパイアは、話が分かる種族なのかもしれない。渋谷家ではこんなこと言えないけど。何せ、大のヴァンパイア嫌いだから。

「貴様か、コンラートの主人になった人間とやらは」
「うひっ!!」

 腹のそこに響くような、まさしくヴァンパイアといった重低音とともに、これまたいかにも渋い美形ヴァンパイアといった容貌の長身の男に突然、顎先を掴まれた。

 だから、少しくらい俺が見えるように行動してくれよっ。し、心臓が止まる・・・・・・。やっぱり、ヴァンパイアは怖い!!

 間違いない、きっとこの眉間に皺を寄せながら俺を睨みつけるこの彼が、コンラッドの兄なんだ。濃灰色の髪は無造作に一つに纏められている。灰色がかった碧い瞳は、不機嫌そうに細められている。

 な、なんか俺、めちゃくちゃ嫌われてるよっ、こ、こえーっ。コンラッドに全く似ていないこの兄弟達からは、俺は相当嫌われているらしい。ってか、どうすんだよ、彼らヴァンパイアだぞ。

 俺は、食料にされるのかーっ?!

「グウェンダル、手を離してください。彼は大切な私の主人ユーリです」

 コンラッドが嗜めると、すぐにコンラッドの兄というグウェンダルは俺の顎から手を離した。
 けれど、相変わらず眉間に皺を寄せて、腕組みをしながら不機嫌そうに俺を見おろす。コンラッドよりもさらに長身で、体格のいい彼は、ものすごい威圧感だ。おまけに、睨まれてるし。当たり前のように、背筋に冷たいものが流れていく。

「ふん、いかにもお前の好きそうなタイプだな、コンラート。魂の資質といい、がさつそうな性格といい。ああ、そういうことか、コンラート」

 どこか遠い眼をしたグウェンダルは、失笑した。
 なんだよ、がさつそうな性格で悪かったな。どうせ俺は、風呂上りはタオル一枚ですよー。

「随分と律儀な男だな、お前は」
 気のせいか、グウェンダルの瞳がコンラッドに対して柔らかく細められたかに見えた。

「律儀というか、俺の生きがいです」
 コンラッドは俺を見つめると爽やかに微笑んだ。甘い瞳に晒されて、たまらなくて眼を逸らした。そのせいで、俺達を囲むギャラリーの女性達がうっとりとコンラッドを見つめているのが分かった。もてもてじゃん、コンラッド。

 ってかコンラッド好きの彼女らに俺は食料にされたりしないよなー?!いやいや、やめとこう、そんな不吉なことを考えるのは。
 それより、二人の会話がさっぱり見えないんですけど・・・・・・。


 
「なんなの?コンラッド?律儀とか、生きがいとか?」
 グウェンダルにはとても聞けそうに無いので、コンラッドに尋ねた。

「これは、ヴァンパイアの古くから伝わる契りに関係することなので、例え貴方にでもお教えすることができません。いえ、貴方だからこそ話しません。貴方になぜ私が隷属するのか、その謎を貴方に明かすときは、今の関係を断ち切ることになるからです」

「断ち切る・・・・・って、俺が突然コンラッドのことを全部忘れちゃって、普通の日常に戻ってるっていう、ファンタジー的展開ってこと?」

 コンラッドは、ひどく憂いを秘めた顔で俺をそっと見つめて頷いた。天井の豪奢なシャンデリアでオレンジ色に照らされるその顔をまじまじと見ると、本当にカッコいいと思った。

 眉毛は嫌味が無い程度に凛々しく、長く通った鼻梁、二重で切れ長の、長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳。形のいい薄い唇。
 そんな美形の彼が、心底俺との繋がりがなくなることを憂慮している。

 なんで、俺、こんなカッコいいひとから大事に思われてるんだろう?
 ヴァンパイアの古めかしい契りとやらに関係するんだよな、多分?
 うわぁ、気になる。でも、聞けないっていうんだよな。それって、ますます知りたくなるのが人の心理って奴じゃん?

「小僧、そんなに秘密を知りたいなら俺が教えてやってもいいぞ?」

 顔に出ていたのだろうか。グウェンダルが、俺を嘲笑する。人間で言うと30代半ばくらいにみえる渋い美形ヴァンパイアに、俺は相当馬鹿にされているらしい。

「グウェンダル?!」
 コンラッドの顔色が青ざめる。

「ええっとさ? でも、それを聞くと俺はコンラッドのことを全部忘れるんだろ?!」
 頭の回路をまわしながら、俺を小僧呼ばわりするヴァンパイアの日本支部長に向かって尋ねる。周りの野次馬が、好奇心に目を輝かせて俺達のやりとりをみていた。

「だからだ。正直、今さら我らの種族の一員を人間に隷属などさせたくない。要らぬやっかいごとを抱えるのは、御免だ」

 グウェンダルのその言葉を聞くと、俺の中の今一番爆発させてはいけない感情が昂ぶってしまった。

 やめておけよ、と俺の理性が囁くものの、俺の中の感情は抑えられることなく爆発した。

「あんたさ、いくらヴァンパイアだからって、そんなのあるかよ?! 実の弟の気持ちは完全無視かよ?! 俺は、まだコンラッドに昨日出遭ったばかりだけどさ、すっげー優しくて、信じられないくらい俺のことを大事に思ってくれるのが伝わるんだよ。 コンラッドは、俺に遭ったことをすごく喜んでくれたんだ。なんでか、わかんねぇけどさ。きっとそのヴァンパイアの契りとかいうやつに関係してるんだろうけどさ。 でも、どうして、実の弟が大切に想ってた気持ちとかを踏みにじれるんだよ?!」

「青いな、小僧、それにとんだ自惚れだな。お前は、そこまでコンラートに惚れ抜かれていると想っているのか? 面白い、では証明して見せろ。今、ここでコンラートに吸血してもらうんだ。私達種族が、半端な気持ちで人間に隷属するのは破滅に繋がるからな」

「ああ、そのくらいやってやるよ。な、コンラッド?」

 なんだよ、そんなことくらいか、と思い勢い込んでコンラッドを振り仰ぐ。

「ユーリ・・・・・・」
 けれど、そこには困惑するコンラッドの顔があった。
 何だよ、コンラッド。あんなに俺のことを大事そうにしていながら、そんなことも出来ないのか?
 意気消沈する俺を抱き寄せると、コンラッドは耳元でそっと囁いた。

「ユーリは、忘れたのですか? 俺が貴方の血液を吸血した後のことを」
「なっ!!うわっ!! や、やばいじゃん!!」

 俺は、慌ててコンラッドから身体を離すと、彼を見上げた。

 そうだよ、すっかり忘れてた。コンラッドは、吸血するとヴァンパイアの本能が目覚めて、信じられないくらい強引でエロくなるんだよな。

 こんなヴァンパイアの巣窟で、本領を発揮されたら、俺は、いったいどうなっちゃうんだよーー?!食料決定かー?!

 顔面蒼白の俺の耳に、アルトの高笑いが聞こえた。野次馬を掻き分けて、先ほどの金髪天使みたいなヴォルフラムが再びやってきた。ヴァンパイアらしい鋭い牙を覗かせながら、彼は俺を嘲笑する。

「あははは、これは面白い。おい、そこの人間! コンラートの本能が目覚めたとき、ここにお前の味方は一人もいないと思え」

 なに?! 俺、食料決定なの? そ、それとも破滅的な貞操の危険が待ち受けているのか?!
 俺を抱きしめるコンラッドの腕の力がいつになくきつくなった。

 それが、たまらなく不安だった。


裏へ続きます。。
ヒントは、右下英語です。裏といっても、緩めです。

★あとがき★


 ここまで書くのに時間がかかって裏までたどり着けませんでした(汗)

  お付き合いくださったら、嬉しいです。

 あまり重い展開は苦手なので、軽いエロだと思っていただけると幸いです。あくまでも、甘コンユが基本なので。

web拍手ありがとうございました^^

 


※ここからは、十五歳以上推奨です※
 ※
気づいてみたら、裏っていうほどではなくてすみません。

 豪奢なシャンデリアがひときわ煌びやかな光を注ぐ中、大広間の中央に一脚のロココ調の長ソファが置かれた。

 もとよりホールはダンスも出来るようになっていたらしい。そのため、料理の並んだ机や、談笑用のソファなどは、部屋の端に揃えてあるだけだった。

 よりによって、そのソファを、グウェンダルの命によって、わざわざホールの中央に移動させられていた。

 ―― もちろん、目的はそのソファの上で俺がコンラッドに吸血されるために。

 貴族スタイルの華やかなイエローゴールドのソファが、その存在をまざまざと見せ付けているようだった。

「さぁ、二人の主従の証を今ここで見せてもらおうか」

「よかったな、わざわざソファまで用意してもらえて。人間の癖に。ふん、だがこれで、たっぷりと吸血してもらえるな」

 渋い美形ヴァンパイアのグウェンダルと金髪麗しい美少年ヴァンパイアのヴォルフラムに急かされる。

 それどころか、周りの一般ヴァンパイア達の瞳が途端に硝子玉のように、きらきらと好奇心に満ちた、怪物のものに変わった。

 彼らもまた、俺がコンラッドに吸血されるところを見届けたくてたまらないらしい。その色めき立つ無数の瞳に圧倒される。彼らの荒い呼吸さえ、聞こえてきそうだ。

 どうしよう、俺、また食料として見られてる?!
 身体が、小刻みに震えてしまう。 

「ど、どうしよう?! コンラッド?!」

 すっかり取り乱した俺を、コンラッドは横抱きにして抱え上げた。

「ユーリ、失礼します」

「うわっ、ちょ、っと?! コンラッド?!」

 コンラッドは俺を、そのままゆっくりとソファの上に下ろした。ソファの上質な、クッションの柔らかさが不気味だった。


 コンラッドからは、まるで、なんの躊躇も感じられなかった。

 う、うそ。コンラッド、俺を吸血する気?!だって、吸血したらさ、あんたもあいつらの仲間入りだろ?! 少なくとも、理性は失くすみたいだし!

 怖気づいた俺は、縋るように彼を見上げる。微かな希望を託して。

 三人掛けソファに寝転ぶ俺の体躯の上に、コンラッドは跨り、立て膝をつく。両手を、俺の顔の横に置くと彼は俺を見おろした。

 相変わらずその顔は、端整でカッコいい。けれどその瞳は、ひどく扇情的で艶めいたものだった。そして、どこか冷たい。それは、吸血した後の彼の瞳を思わせた。いつもの見守るような優しさは、瞳の中のどこを探しても見つからない気がした。

「コンラッド?」

 ひどく心細くてたまらない。俺の声は、頼りなく震えてしまう。

「はい、御主人様?」

 けれど、彼は何事もないように甘い声で俺に応える。そして、相変わらず俺を艶めかしく見つめ返すだけ。その薄い唇の端に、鋭い牙が覗く。彼の冷たい手がぞくりとするほどに、甘い手つきで頬を撫で首筋へと下りていく。

 そして、制服のリボンタイを解き、カッターシャツのボタンをくつろげた。とうとう俺の首筋は、顕わになった。

 途端に、周囲の空気が揺らいだ気がした。ヴァンパイアたちの熱い眼差しが、俺の首筋に突き刺さるのを感じた。首筋が凍るように冷たく感じる。


 金縛りにあったように身体が動かせなくなった。声さえ出せなかった。
 必死にコンラッドを見上げても、遠くを見つめているような冷たくて綺麗な瞳しか見つけられなかった。
 

「くっ・・・はは、楽しみだな!! 見捨てられたな、そこの人間。こんなところで吸血された人間が無事でいられると思うか? 本当にお前のことを大事に思うならな、コンラートはこんな場所で、みすみすお前を吸血したりしない。おまえが大切なら、長の命に背いた反逆者として背負うどんな危険をも顧みずにここからお前を連れ出しただろうにな! 結局兄上は、自分の保身を選んだんだよ? わかるか?」

 心底愉快そうなヴォルフラムの声が、俺の心を抉っていく。
 何だよ、『見捨てられたな』って。コンラッドが自分の保身を選んだって?

 お前らが、吸血しろって言ったんだろ? でも、確かに・・・・・・。こんなヴァンパイアだらけの場所でコンラッドにまで覚醒されたら、誰も俺を護ってくれない。

 俺が彼らの餌食になるのも時間の問題かもしれない。

 どうしてだ? コンラッド? ヴァンパイアのルールに、リーダーの命令に背いた場合、何かひどい罰を受けるっていう項目があるのか? 

 それで、グウェンダルは、コンラッドを試したのか? 俺を選ぶか、自身の保身を選ぶか、を。 
 一族の反逆者になることを避けるために、コンラッドは俺を生贄に捧げるっていうのか? 

 嘘、だろ?

 眩暈がして、酸素が薄く感じられる。辺りが暗くなっていく。呼吸も浅く、過呼吸ぎみになってきた。

 こんな状況に陥って、いかに自分がコンラッドを頼りにしていたかを思い知らされる。遭ったばかりなのに、彼の無類の優しさは、気が付くと俺の心を強く満たしていた。
 だから、彼からその優しさが消えると、ひどい不安に苛まれる。不安なんてものじゃない。絶望に近い。こんなヴァンパイアの巣窟では。

 そうだ。どこかで、彼は俺を吸血せずに、ここから連れ出してくれると信じていたのかもしれない。

 でも、昨日遭ったばかりだもんな。
 俺が、無心に彼を信用しすぎていたっていうのか?
 
 だけど、彼の甘くて優しい瞳に嘘があったなんて思えない。いや、思いたくない。

「―― ・・・・・・ンあっ!!」

 首筋に、ひやりと氷のように冷たく柔らかいものが触れた。その触感で、思考は完全に遮られた。

「所詮その程度のものだったのだな、コンラート。哀れだな、小僧。とんだ茶番に付き合わされたものだ」

 視界の淵に、呆れ果てたような表情のグウェンダルが見えた。

 やはり、グウェンダルはコンラートの俺への思いを試していたらしい。

 そして、俺は、コンラッドに見捨てられた・・・・・・のか?そんなこと信じたくない。
 軋む胸の痛みのほうが、これから俺の身に起こりうる恐怖より勝っていた。

 彼を信じたい気持ちと、裏切られたかもしれないと迷う気持ちで、心が乱れて混乱した。そんな俺は、流されるようにその行為を受け入れ始めた。

 彼の身体が俺に圧し掛かってきた。
 コンラッドの人間離れしたその絶対零度みたいな唇に、首筋をきつく吸われた。そのとき、ズキンと身体の奥から電流が走った。

「ん、ンやぁっ!!」

 牙が、皮膚に触れたのか、刺さったのかはわからなかった。
 その唇や舌が冷たすぎて、触感が麻痺してしまったみたいだ。

 けれど、ふだん人から触れられることのない敏感な首筋は、その鋭い刺激さえ快感に変わってしまう。
 冷たい唇の中で、柔らかい舌が嬲るように首筋をなでまわすのを感じた。

 同じく冷たくて、長い指が器用に白いブレザーを脱がせた。ブレザーが床に落ちる乾いた音が響く。そして、いとも容易くカッターシャツは肌蹴られた。

 ヴァンパイア達の見守るなか、俺はシャツを肌蹴られてしまった。
 それでも、容赦なく首筋をきつく吸われ続ける。わき腹に彼の手が触れた瞬間に、その冷たさと、繊細な触れ方に、戦慄を覚えた。その優しくて触れるか触れないかのような指つきに。 
 先ほどまで恐怖に震えていたはずの身体が、次第に快感に打ち震え始めた。

「へぇ、随分と淫乱だな、人間という奴は。これから死を迎えるというのに、感じているのか?」

 ソファの傍らでヴォルフラムが、嘲るように俺を見下ろしていた。
 悔しくて、惨めで、何か言い返してやろうと思ったとき、コンラッドの指が俺の口内に侵入してきて言葉を塞がれた。

「ンむっ、はんんっ、ぅぅ」

 長い指で弄ぶように舌を挟みこまれた。俺は、もう話すことさえ許されないのか?一瞬、救いようのない悲しみで満たされた。

 けれど、コンラッドからの責め苦は激しくて甘くて、再び快楽の波に襲われた。頭が真っ白になってしまう。

 からかうように、その長い指に口内を掻き回されて、いたずらに唾液が分泌される。過剰に分泌されたその唾液は、意思とはまるで無関係にだらしなく口端から垂れていく。そのうえ、声にならない、鼻にかかった甘い音がもれる。

「んンンぅ、はぁ、ンん!」

「あぁ、中々に卑猥だ。吸血されながらにここまで感じていられるとはな」

 ソファの傍らには、グウェンダルもいて蔑むように俺を見下ろしていた。そして、その周りには何十人ものヴァンパイア達が群がっていた。そんな景色がなんだか遠くに感じられた。

 ただ、コンラッドだけが近くに感じられた。こんな状況でも、まだどこかに彼を信じる気持ちがあって、この行為の中で夢中で本当の彼を探しはじめた。

 やっぱり、俺、どうしてもコンラッドが俺を裏切るなんて信じられねぇ。
 絶対、あんたを信じぬいてやる・・・・・・!!

 信じる気持ちが芽生えると、揺るがない強いものが一本の鋭い光のように俺の中を駆け抜けた。

 そんなとき、ふいにコンラッドの唇が首筋から離された。
 彼の表情の変化を、見逃さないように食い入るように彼を見つめた。

 彼の琥珀色の瞳が、甘く妖艶に細められた。そして、口角が片端だけ吊り上げられた。それは、吸血後の彼の表情に酷似していた。けれど、どこか違うような違和感を感じた。

「さぁ、御主人様。お楽しみの時間ですよ。存分に可愛がって差し上げます」

 その嗜虐に富んだ内容とは裏腹に、どこかその美声は柔らかい気がした。その表情も。その細められた色素の薄い瞳の奥に、俺を思う優しいものが滲んでいる、そう思った。

 だから、俺は自分の直感に頼ることにした。

「あぁ、コンラッド。でも、あまり苛めるなよ」

「えぇ、もちろんです」

 にこやかにコンラッドに微笑みかけた。
 コンラッドは、俺の手の甲にキスを落とした。

「お前、正気か? コンラートは自分の保身のためにお前を裏切ったんだぞ? 何を今さら暢気に主従ごっこなどしている?!」

 ヴォルフラムが、呆気に取られて騒ぎ立てた。その隣では、グウェンダルも同じ表情をしていた。コンラッドを許して、彼と戯れる俺の行動に、心底呆れているようだ。

「俺が、間抜けに見えるか? あぁ、そうだよ。すっげー間抜けに見えるだろうな。でも、俺はコンラッドの御主人様とやらになったんだから。彼を信じるのは当然だろ?」 

「さすが、単細胞生物の人間だ・・・・・・」

 ヴォルフラムのうなされるような呟きが、むなしく広間に響いた。いや、単細胞生物は、アメーバとかゾウリムシですから。何だか、俺も調子が出てきたらしい。

「なぁ、コンラッド。俺、こんな人前、もといヴァンパイア前だと、緊張しちゃうな。どっか、二人だけのとこに連れてってよ?」

 俺は、確信していた。彼が俺の血液を吸っていないことを。
 彼のその僅かな表情の柔らかさを見て、そう確信したんだ。

 だから、上手くここから逃れる作戦を立てたんだ。作戦ってほどのものじゃないけど、俺がコンラッドに一言『ここから出して』って言えば、吸血してない彼なら容易く連れ出してくれるかなって。

 彼が俺を吸血してたら、この場で俺は、ご、強姦?!されてたかもしれないけどさ。何せ、吸血後のヴァンパイアときたら、もう強引でエロくて、理性が吹っ飛んでるからな。

「お安い御用です、ユーリ」

 やっぱり!! 予想通りに、コンラッドは優しく微笑んでくれた。

 優雅に微笑むコンラッドをみて、彼の兄弟も周囲のヴァンパイアも一様に呆気に取られている。
 そう、彼らはコンラッドが俺を吸血したと思い込んでいるから、さぞかし不思議なんだろう。
 だって、ヴァンパイアって吸血したらトンでもない本性を表すのが普通らしいからな。俺も、ヴァンパイアに詳しくなってきたかも。

「グウェンダル。私がユーリに隷属することを認めてくださいますよね?」

 絶妙のタイミングだった。グウェンダルにとってみれば、自分の言い出した条件を遂行し、吸血後も理性を保っていられるコンラッドに、もう何も難癖をつけることなどできない。実際には、吸血をしていないからコンラッドは理性を保てているだけってことは、俺とコンラッド、二人の秘密だけど。

「あぁ、やむを得ん。承諾する」
「・・・・・・」

 渋々俺達の仲を認めたグウェンダルの横では、ヴォルフラムが面白くなさそうにふてくされていた。

「それでは、ご主人様が俺と二人きりになられることをご所望なので、失礼させていただきます」

 残念そうなヴァンパイア達(いったい、いったい、ナニを期待してくれてたんだよ?!)と、コンラッドの兄弟を残して、俺はコンラッドに相変わらずの姫抱きをされながら宙を舞った。

******

 なぜか、飛行中はお互い何も言わなかった。けれど、心地よい充足感に満たされていた。

 渋谷家に着くと、コンラッドは俺をそっと玄関に下ろしてくれた。俺の腕時計によると、今は夜の十時だった。

 やばい。男子とはいえ流石にこの時間は、お袋が怒っていそう。そんなことを思っていたら、コンラッドに両肩を掴まれて顔を覗かれた。

「それでは、今日は貴方もお疲れでしょうから、これで失礼します」

 爽やかに微笑むコンラッドを見て、少し胸が痛んだ。

「え? うそ? 今日は、窓から不法侵入してくれないのか?」

 ―― 昨日は来てくれて、ずっと俺が寝るまで側にいてくれたりしたのに・・・・・・って、俺は何を乙女チックに、がっかりしてるんだろう。

「すみません、ユーリ」

 言葉少なく、謝るコンラッドにそれ以上何も言えなかった。
 頷くと、おやすみ、といって彼と別れた。

 それからお袋に予想通り叱られながら、渋谷家特製カレーを食べて、風呂に入った。あ、そういえば、兄の勝利も異常に俺を心配して、風呂まで覗きにきたな。すぐに、お湯をぶっかけて追い払ったけど。


 ベッドに入る前に、窓の鍵を開けておくことにした。もしかしたら、コンラッドが来てくれるかもしれないから。って、俺は何を期待してるんだろう。

 得体の知れない、ため息が零れた。

 ・・・・・・それにしても、寝付けない。

 コンラッドのことを思い出すと、胸がかき混ぜられるような強い気持ちが溢れてきて。

 堪らなくて、ベッドを抜け出して、窓をあけた。
 無地の白いカーテンが寒風に晒されて、ふわふわと俺の頬を撫でた。

 漆黒の闇の中に、コンラッドの姿を一生懸命に探した。けれど、どこにも彼らしき姿は見つけられなった。
 諦めかけて、窓を背にしたとき、背後から抱きしめられた。

「う、うびっ、びっくりし、したーー!!こ、コンラッド?」

「えぇ、そうです。困った御主人様ですね。こんな夜中に窓を開けていたら風邪を引いてしまいますよ?」

 甘くて、優しい声がうしろから聞こえる。大きな身体に包まれていたら、さっきの苦しい気持ちが再び襲ってきた。

「もう、いきなり現れて驚かすなよな!」

 その気持ちを紛らわすように、そっけない態度をとってしまう。

 どうして、こんな気持ちになるんだ。今日、あんなことがあったからか?
 あ、俺、そういえばちゃんとコンラッドにお礼を言ってない。

「こ、コンラッド、今日はありがとうな。俺のことを、その、すげー大事に護ってくれてさ」
「・・・・・・ユーリ、貴方は本当に優しいんですね。こんな俺のことを、そんな風に思ってくれるなんて」

 少し、声のトーンの落ちた彼を心配して振り返った。
「コンラッド?」

「ユーリ、今日は私の不注意で貴方をあれほど危険な目に遭わせてしまいました。どうして、あんな場所に貴方を連れて行ったと思いますか?」
 息の詰まるような、緊迫感をもった瞳で、彼は俺に尋ねた。
「こ、コンラッド?」
 たまらず顔を逸らしかけた俺の顎先は掴まれて、彼に向きなおされた。
 その甘くて、どこか必死な表情に、眼が離せなくなった。
 コンラッドは、困惑気味に少し表情を緩めて頬んだ。

「ユーリへの独占欲です。どうしても、早く貴方と結ばれたことを報告したかった」
「む、結ばれた・・・・・・って何だよ」

 また、胸が疼いた。今度は、甘い疼きだった。 

「こんな可愛い御主人様を、きっと同輩は、放ってはおけないでしょう? 貴方が襲われないためにも、貴方は私と主従関係にあることを、彼らに知ってもらいたかったんです」

「な、何言ってるんだよ、俺は可愛くねーし。それに、結構子どもっぽいんだな、コンラッドは」

 たまらない。甘すぎて苦しい胸の痛みを紛らわすために、わざと無粋な突込みを入れた。

「貴方は、可愛い外見によらず、とても頼もしいですからね。今日、俺が吸血していないのが分かったのでしょう? 兄達を欺くために、貴方にさえわからないように、したつもりだったのですが」

「ん? あぁ、確かに首筋に吸い付いてきてるときは、唇が冷たくてなんか皮膚の感覚が麻痺しちゃっててさ、正直吸血されてるのかされてないのかはわからなかったよ。だけどさ、あんたの顔とか仕草で分かったよ」

「そうだったんですか。俺、どんな顔でした?」
 優しく微笑むコンラッドに、思わず顔を背けてしまう。

「ええっとさ、なんていうかわざと意地悪な顔を作ってる感じ。でも、時折の表情とか声がすごく柔らかかった。だから、気づいたのかな。いや、正確に言うと、あんたを信じてた、からかな。だから、あんたの細かい表情の違いにも気がつけた。実際にあんたは俺に吸血したりしなかっただろ? 信じてた通りじゃん」

「・・・・・・」

 コンラッドが、唐突に瞳を伏せて沈黙を守った。その沈黙が、俺の胸の疼きをいっそう昂ぶらせていく。
 俺は、何を期待している?

「ねぇ、コンラッド。今日は、吸血しなくても大丈夫、なのか?」

 どうして、俺はそんなことを言ったんだろう。まるで、誘っているみたいじゃないか?
 コンラッドの身体がぴくっと震えた。そして、再び沈黙を守った後に、彼は俺を抱き寄せた。
 胸の鼓動が、騒音になるくらい響いていた。

「今日は、怖かったでしょう? 兄達を欺くためとはいえ、少しの間だとしても、貴方を怖がらせてごめんなさい。だから、今日はゆっくり休んでください」

 どうして、だろう。大事にされて嬉しいけれど、何か物足りなくて、何かを待つようにコンラッドをゆっくりと見上げてしまった。

「・・・・・・わっ!」

 唐突に、彼は俺をベッドの上に押し倒した。

 甘くて揺らぐ瞳が、まっすぐに俺を見ていた。心臓が跳ね上がって、小指の先がじんじんと痺れて、呼吸が浅くなった。

「でも、代わりにキス、してもいいですか?」

 その切なくて甘い瞳に、声に、ますます酸素が薄くなっていく。
 どうして、こんなに胸が苦しい?キスなら、昨日もしたはずなのに。ヴァンパイアの本能を目覚めさせた、吸血後の彼と。

「なんでだよ? キスじゃ、食欲は満たされないはずだろ?」

 激しく揺れる心を押し隠すように、そっけない返事を返した。 
 少し戸惑うような困った顔をして、コンラッドは甘い声で囁いた。

「いけませんか? 忠誠の徴に」
「べ、別にいやとは言ってないだろ」

 そのキスの理由が、『忠誠の徴』といわれたことに、少し胸が痛んだ。俺は、いったい、彼から何て言われたかったんだ、何を期待してたんだ。
 
「ふっ!・・・・んんっ・・・う・・・」

 唐突に、相変わらず氷のような唇が触れてきた。

 それなのに、そこから急激に熱を伴って、身体中が火照る。

 そっと、優しく触れ合わされるだけのキスがじれったくて、舌を突き入れてしまいたいような衝動を必死に抑えた。それこそ、昨日みたいに激しく求めてほしいと思ってしまった。

 俺は、相当重症みたいだ。こんな風に、胸が痛んだことも、疼いたことも、まして、同性相手にもっと浅ましいキスをしてほしいなんて、決して今までなかった。

 もしかすると、俺は、コンラッドに恋をしたのか―― ?!

 う、嘘だ。 違う。 きっと、濃い主従関係に振り回されて、脳が恋をしてると錯覚したんだと思う。そうだ、絶対、そう。

 だって、コンラッドも俺も男同士なんだしさ。
 コンラッドだって、キスのことは忠誠の徴って言ったんだし。


 俺は、突然に湧き上がった強い感情が――、何もかもを呑みこんでしまいそうなほどの、その感情が、怖かった。

 


★あとがき★

 意外と、エロが少なくて、すみません。
 もう少し、エロい予定だったんですけど、書いているうちに違う方向(きゅん重視←なんじゃ、そりゃ)に流れていってしまいました。
 そのわりに、最後のおちは、なんだ。相当な大ボケぶりです。いや、でも本人は気づいているんです。認めたくないだけで。

 早く二人が結ばれるところを書きたいです。ある意味、結ばれてるんだけど(^^;

 お付き合いくださってありがとうございました。



web拍手、ありがとうございました^^癒されました~^^

 

 

 

 
 
 

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