2009.4.22設置
『今日からマ王』メインです。
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名前を呼ぶのと同時に、全速力で駆け出していた。もっと、もっと早く走ってコンラッドのいる場所に行って……彼を捕まえたい。おれの場所から、離れて行こうとする彼を繋ぎ止めたい――!
行き急く気持ちが強すぎて、足がもつれてしまった。
そのまま左足で長いドレスの裾を踏みつけてしまった。途端にバランスを崩して、おれは見事に地面に突進していく。
「――!!」
待ち受ける固い地面を想像して、思わず目を瞑った。
「……え?……あ」
けれど、少しも痛くない。むしろ、ずっと触れていたい感触。それは、いつもよく知っている温かい場所だった。
「大丈夫ですか? 素敵なお嬢さん?」
耳に優しい、いつもの声が聞こえた。ただ、どこか面白がっている風の柔らかい笑いを含んでいた。
「お嬢さんいうなよ、コンラッド。まぁ、こんなひらひらの格好してるんだけどさ」
すっかりいつものコンラッドに戻ったようで、おれは安堵して笑った。
「今日は、『陛下っていうな』じゃないんですね、ユーリ」
コンラッドは、楽しそうに囁くと、セピアがかった瞳を、柔らかく細めた。コンラッドはおれを抱きとめたまま、立ち上がった。けれど、そっと、おれの身体を離すと、コンラッドは、ふいに真面目な顔になった。 その硬い表情に、おれは少し身構えた。
「ユーリ。大事な人を紹介します」
悪い予感が的中した……のか? もう、おれは、コンラッドの恋人ではいられない……?
先ほどまでの不安が、再びおれに訪れた。頭から血の気が引いていくのを感じた。身体が、風邪でも引いたみたいに小刻みに震え出した。おれは、気付かれないように、震える自身の身体をさすった。
「あ、ああ。そちらの綺麗なお嬢さんを紹介してくれるんだ。それにしても、夜風は結構冷たいな」
身体をさする言い訳をしながら、惨めな不安に怯える自分を必死に隠した。コンラッドは、ゆっくりと深窓の令嬢に近づいていく。そして、彼女の両肩に優しく手を置くと、彼女に一度微笑んだ。
彼が彼女を見つめると、さらっと前髪が流れる。瞳は、優しく細められて、銀の光彩が輝きを増した。それを受けて、彼女も優しく微笑みを浮かべた。彼女の静かな海みたいな碧い瞳も、プラチナブロンドの長い髪も、月光を受けてキラキラと輝く。
二人は、なんて綺麗で、お似合いで……自然なんだろう。
皮肉なことに、ヨザックに変装させられた今のおれの格好は、目前の令嬢の格好によく似ていた。
金色の流れるような髪のかつらに、碧い色にふわりと裾が広がったデザインのドレス――形だけはとてもよく似ていた。
けれど、おれは、ドレスなどが不釣り合いな……男だし、男のコンラッドの恋人には不自然な……男だ。彼女と似た格好をしているだけに、余計に自分が不自然なものに思えた。この場所にいるのさえ、不自然なことに思えてくる。
そのうえ、コンラッドはおれに彼女を何と紹介するんだろう。不安が広がっていく。頭にあの映像が、またちらついた。アニシナさんの装置でみたあの映像は、やっぱり現実になってしまうんだろうか。感情のままに、地面に崩れ落ちてしまえたら楽なのに。
「ユーリ嬢、こちらはジュリアの弟キアスンの婚約者、エレンだ」
婚約者とかいいだすんだ――って……ん? んん?
頭の中が真っ白になったおれに、エレンさんの清楚な声が聞こえた。
「初めまして、ユーリさん。陛下と同じ素敵なお名前ですね」
「ええ?! 婚約者だけど婚約者じゃなかった、じゃなくて、キアスンさんの婚約者?! 」
「ええ、そうです。キアスンの姉と、とても親しくしていらしたウェラー卿には、内々に私たちの婚約を、報告させていただきたかったの。公式に報告するよりも前にね」
当てが外れてよかった。一気に緊張がほぐれた。ぽかん、と口を開けたままのおれに、エレンさんはにっこりと微笑んだ。けれど彼女の、 どこか核心に迫るような眼差しにドキッとした。
「ごめんなさいね。ユーリさん。いつまでもウェラー卿とお話していて失礼しました。ふふっ、彼は、あなたの大切な人なのでしょう? あなたの大切な人との時間をお邪魔して、ごめんなさい。この通り、私とウェラー卿はなんでもありませんわ。あなたに余計な心配をかけてはいないかしら?」
「へっ? いや…えと、あの、その……そんなことない、ですわ」
女装していたことを思い出して、咄嗟に女言葉に戻した。けれど、思わず核心に迫られて、声がうわずってしまった。
動揺するおれに、コンラッドが爽やかに微笑んできた。吹き抜ける夜風まで、爽やかに感じた。
「おや、違うのですか? 俺のことを追いかけてきてくれたかと思って、少し自惚れていたのですが」
「追いかけ……って、尾行してたのに気づいてた?!……って、うわぁ、何でもないです!!」
おれの馬鹿―― ! 尾行って言っちゃったよ。よりによって尾行って! おまけに、心配して追いかけてきたことを認めちゃったよ。
みるみる顔が熱くなっていくおれに、コンラッドはそっと手を差し出した。
「どうやら、おれは自惚れてもいいようですね。お待ちしておりました、ユーリ嬢。俺の元へ、おかえりなさい」
「ただいま……って、ば、ばかっ、コンラッド! え、エレンさんの手前で恥ずかしいだろっ」
「ふふっ、あらあら。お邪魔虫は、早々に退散致しますわ」
「あっ、待って! こんな夜道を、女の人だけで帰すわけにはっ」
華やかに微笑んで去ろうとするエレンさんの腕を、咄嗟に掴んだ。
そのとき、背後からじゃりっと、砂を踏みつける音がした。
「おーっと、坊ちゃん。もう一人のお邪魔虫がここにいることをお忘れですよー。エレンさんは、俺がお送りしますから。お二人さんは、ゆっくりしてください」
ヨザックが、意味深長な笑顔をこちらに向けるので、おれは気恥ずかしくて真っ赤になってしまう。なぜだか、ヨザックにはおれとコンラッドが付き合っていることがばれているだけに、照れくさい。あ、そういえば、エレンさんにもおれとコンラッドが付き合っていることがすぐにばれたよな。なぜだろう。
「ヨザ、あまりうぶなユーリをからかわないでやって」
「へーい、隊長。ほんとうに坊ちゃんには、溶けそうに甘いんですからぁ。少しは、グリエにも、その優しさを分けてちょうだい」
ヨザックは、青いタイトなドレスから、立派な大腿部を覗かせて、しなを作る。いつもながら、見事な身体だ―― 草野球チームの外野手にスカウトしたい。
「まぁ、ウェラー卿ってば、随分ともてていらっしゃるのね」
エレンさんは、ヨザックの美脚(ある意味)に、眼を丸くしていた。ヨザックは悪戯な笑みを見せる。
「そうなのよぉ、でも彼ってばまるで相手にしてくれないのよぉ。この美脚が目に入らないのかしら?」
「は、はは……」
「ヨザ、衣装はよく選んだほうがいい」
おれが苦笑いをする横から、コンラッドの硬く低い声が聞こえた。
「さ、さー、隊長に指導される前に、退散しますか。こちらにいらして下さいね、エレンさん」
ヨザックは、ドレス姿のままで、そそくさとエレンさんをエスコートして去って行った。エレンさんは、一度こちらを振り向くと花のように微笑んだ。
何だか、ほっとすると、凛として清清しい夜風が頬を撫でていった。同時に、夜露に濡れる草木の瑞々しい香りがした。
気が抜けたように、のんびりとヨザックとエレンさんの後ろ姿を見守っていると、突然うしろから、暖かい腕に包まれた。
「ユーリ、とても可愛らしい格好ですね」
「可愛いいうな。男にドレスなんて不自然だし、似合わないよ」
悪態をつきながらも、うしろから包まれる体温が心地よくて、安心した。コンラッドの恋人のままでいられてよかった。そう思うと、不覚にも目尻に生温い液体が滲んだ。
「そうかな。でも、やっぱり、可愛いですよ。それに嬉しいな」
「嬉しい?」
「あなたが不自然で似合わないと思うドレスでも、俺の後を追うために着てくれて」
「コンラッドって、き、キザすぎるし! それに、衣装はグリエちゃんに無理やりに着させられただけだしっ」
「でも、今まで着続けてくれた。そんなに、俺が心配でしたか? 嫉妬してくれて嬉しいな」
「……」
おれは、静かに俯いた。
―― コンラッド……。嫉妬とか、もうそういうレベルじゃなかったんだ。もうコンラッドの横に恋人として並べないんじゃないかと思ったんだ。だから、『嫉妬してくれて嬉しいな』なんて言わないでくれよ。
「ユーリ」
そんな柄にもない、少し気難しいことを考えていたら、コンラッドがおれを正面から抱きしめなおした。暖かくて真摯な瞳には、銀の虹彩が強く光っていた。
「すみません、軽はずみ過ぎましたね。あなたをそこまで心配させていたのに」
「い、いや……。そんな。ああ! もう! お手上げです。なんか、コンラッドは、おれの痒いところに全部手が届きすぎだよ。そうだよ、白状する。本当はすっごい心配した。だって、この前アニシナさんの装置で、コンラッドが綺麗な女の人とキスしてるのを見たんだ。そんなの心配しないほうが、恋人としてどうかしてるよ――!」
そこまで言い終えると、ある重大なことに気がついた。
「あ、でも、結局コンラッドはエレンさんとキスしなかったよな? いや、そりゃ、そんですごく嬉しいけど。でも、じゃあ、アニシナさんの装置の見せた映像は、何かの間違いだったのかな?」
コンラッドは、それは爽やかに微笑んできた。月光を受けて、キラキラした笑顔だ。
「そうとも限りませんよ?」
「ええっ?! コンラッド、やっぱり彼女とキスする気なのか?!」
動揺するおれをよそに、コンラッドは悪戯な瞳でおれを見つめてきた。月に煌く琥珀色の瞳を甘く細めると、コンラッドはおれの背ををプラタナスの木に持たせかけた。
そのまま、おれの顔の横に片手を付き、反対の手をおれの顎先に持っていく。冷たい指先でそっと顎を掴まれて上を向かせられた。
コンラッドの顔が間近に迫る。相変わらずの端整な顔。切れ長の瞳を縁取る長い睫毛に、すっきりと通った鼻梁に、薄くて形のいい唇。
「コンラッド?……っ、ンんぅ…っ」
コンラッドに見惚れていたら、いつのまにか唇を塞がれていた。そっと触れてきた冷たい唇は、角度を変えて触れ合わされる度に、暖かい熱を持っていく。頭上では、プラタナスの葉擦れの音がカサカサと響く。心地のよさに、頭がぼんやりとし始めたころに、もの惜しげに唇が離された。
「…っん、…コンラッド?」
いきなり答えをはぐらかされて、キスをされたおれは、彼の返事を待った。長身な彼を、見上げていると少しだけ困ったような顔をされた。
「あなただったから、なんですね」
「ん? コンラッド?」
またしても、コンラッドは謎めいた台詞を呟くので、おれは怪訝な顔になる。コンラッドは、そんなおれの金髪のかつらを、ぽんぽんと撫でた。
「アニシナの装置で見た映像ですよ。あの互いの顔も見えないくらいのうす闇の中で、金髪の女性にキスをするとき、なぜかすごく幸せな気持ちだった。それが、あなたを裏切ったようで辛かった。けれど……」
コンラッドは、言葉を区切るとおかしそうに、けれどとても幸せそうに笑った。
「まだ、気づきませんか? ほら、ユーリのこのかつらとドレスをよく見て下さい。先のエレンの格好にそっくりです」
「あ! ああっ! そういうことだったのかー!! そうか、あの装置の最後にみた映像って、女装したおれにコンラッドがキスしてるところだったんだ!!」
やっと、おれにも話がみえてきた。ほっと胸を撫で下ろすというより、嬉しくて叫びたい気分だ。もうすでに、叫んでるか。
「ええ。あなただったから。あの装置の中で、最後のシーンに出てきたのは、可愛らしい格好をしたユーリだったから。だから、俺は、とても幸せな気持ちだった」
唐突にコンラッドは、おれの背中に両腕を回して、きつく抱きしめてきた。コンラッドの正装着ごしに、彼の鼓動が聞こえる。おれの鼓動と同調するくらい早い。
「あなたを裏切っていなくてよかった。傷つけていなくて、よかった」
彼の心の底からほっとしたような呟きを聞くと、アニシナさんの装置に乗った後の、コンラッドの不安げな顔を思い出した。彼は、ずっとおれが傷つかないかだけを考えてくれていたんだ……。
「ありがとう、コンラッド。あんたは、いつもおれのことを考えてくれてる。なのに、ごめん。おれ、もうあんたの横に恋人としていられないんじゃないか、とか……このドレスみたいに……おれが、このドレスを着ることくらい、あんたの恋人でいるのは不自然なことなんだって悲観したりもした。馬鹿だよ……おれ」
自分の不甲斐なさを思うと、情けなくて涙が滲む。ぽたぽたと頬を伝い落ちた雫が、コンラッドの華やかな白い正装着に染み込んでいく。爪が食い込むくらいに、掌を握り締めた。
「こんなに……大事に思われてるのに」
コンラッドは、おれの背中に回していた手をゆっくりと降ろしていくと、おれの手の上にそっと重ね合わせる。握り締めていたおれの掌は、コンラッドの手に包まれて、緩やかに力が抜けていく。
おれが、すっかりコンラッドの優しさに安心した頃に、彼はゆっくりとおれを見つめて微笑む。
「ユーリ。それと、何回言ったら信じてもらえるんですか。ドレス姿、とても可愛らしくてお似合いですよ。だから、不自然なんかじゃありません。ドレスを着るのも、俺の恋人でいるのも」
―― まったく、敵わない。どこまで優しくて、どれだけおれを甘やかすつもりなんだろう。
「コンラッド……。じゃあ、ドレスを着ることくらい、あんたの恋人でいるのは自然なことなんだって楽観しとく……って、あはは、少し変な言い回しになっちゃった」
また、涙が零れそうだったから、笑ってごまかした。
滲む視界に、コンラッドが映る。よく見えないはずなのに、はっきりと彼の表情が覗えた。とても甘くて、それでいて揺らぎのない強い眼差しだった。
「ユーリ。もう未来を占ったりしないで下さいね。俺の中では、もう未来は決まっていますから」
「コン、ラッド……、それって?」
にわかに、清涼感のある夜風が吹きぬけた。涙が弾け飛んで、飛沫が硝子玉のように月光に煌いた。
コンラッドの優しい指が、再びおれの顎先に触れる。長身の彼が、背を屈めておれに近づく。
答えを待つよりも、正直なキスを受け入れた。
「っん、ぅ……、わか、った…っ、あんたに、まかせ……る」
キスの合間に、漏れる吐息と一緒に甘い返事をした。
★あとがき★
コンラッドのあまい(きざな)台詞を考えるのが大変でしたが、面白かったです。
話の辻褄があっているように祈るばかりです(え;)
エレンさんは、キアスンの婚約者というのは、でっちあげです。
エレンも、強引に作ったオリキャラです^^;
行き急く気持ちが強すぎて、足がもつれてしまった。
そのまま左足で長いドレスの裾を踏みつけてしまった。途端にバランスを崩して、おれは見事に地面に突進していく。
「――!!」
待ち受ける固い地面を想像して、思わず目を瞑った。
「……え?……あ」
けれど、少しも痛くない。むしろ、ずっと触れていたい感触。それは、いつもよく知っている温かい場所だった。
「大丈夫ですか? 素敵なお嬢さん?」
耳に優しい、いつもの声が聞こえた。ただ、どこか面白がっている風の柔らかい笑いを含んでいた。
「お嬢さんいうなよ、コンラッド。まぁ、こんなひらひらの格好してるんだけどさ」
すっかりいつものコンラッドに戻ったようで、おれは安堵して笑った。
「今日は、『陛下っていうな』じゃないんですね、ユーリ」
コンラッドは、楽しそうに囁くと、セピアがかった瞳を、柔らかく細めた。コンラッドはおれを抱きとめたまま、立ち上がった。けれど、そっと、おれの身体を離すと、コンラッドは、ふいに真面目な顔になった。 その硬い表情に、おれは少し身構えた。
「ユーリ。大事な人を紹介します」
悪い予感が的中した……のか? もう、おれは、コンラッドの恋人ではいられない……?
先ほどまでの不安が、再びおれに訪れた。頭から血の気が引いていくのを感じた。身体が、風邪でも引いたみたいに小刻みに震え出した。おれは、気付かれないように、震える自身の身体をさすった。
「あ、ああ。そちらの綺麗なお嬢さんを紹介してくれるんだ。それにしても、夜風は結構冷たいな」
身体をさする言い訳をしながら、惨めな不安に怯える自分を必死に隠した。コンラッドは、ゆっくりと深窓の令嬢に近づいていく。そして、彼女の両肩に優しく手を置くと、彼女に一度微笑んだ。
彼が彼女を見つめると、さらっと前髪が流れる。瞳は、優しく細められて、銀の光彩が輝きを増した。それを受けて、彼女も優しく微笑みを浮かべた。彼女の静かな海みたいな碧い瞳も、プラチナブロンドの長い髪も、月光を受けてキラキラと輝く。
二人は、なんて綺麗で、お似合いで……自然なんだろう。
皮肉なことに、ヨザックに変装させられた今のおれの格好は、目前の令嬢の格好によく似ていた。
金色の流れるような髪のかつらに、碧い色にふわりと裾が広がったデザインのドレス――形だけはとてもよく似ていた。
けれど、おれは、ドレスなどが不釣り合いな……男だし、男のコンラッドの恋人には不自然な……男だ。彼女と似た格好をしているだけに、余計に自分が不自然なものに思えた。この場所にいるのさえ、不自然なことに思えてくる。
そのうえ、コンラッドはおれに彼女を何と紹介するんだろう。不安が広がっていく。頭にあの映像が、またちらついた。アニシナさんの装置でみたあの映像は、やっぱり現実になってしまうんだろうか。感情のままに、地面に崩れ落ちてしまえたら楽なのに。
「ユーリ嬢、こちらはジュリアの弟キアスンの婚約者、エレンだ」
婚約者とかいいだすんだ――って……ん? んん?
頭の中が真っ白になったおれに、エレンさんの清楚な声が聞こえた。
「初めまして、ユーリさん。陛下と同じ素敵なお名前ですね」
「ええ?! 婚約者だけど婚約者じゃなかった、じゃなくて、キアスンさんの婚約者?! 」
「ええ、そうです。キアスンの姉と、とても親しくしていらしたウェラー卿には、内々に私たちの婚約を、報告させていただきたかったの。公式に報告するよりも前にね」
当てが外れてよかった。一気に緊張がほぐれた。ぽかん、と口を開けたままのおれに、エレンさんはにっこりと微笑んだ。けれど彼女の、 どこか核心に迫るような眼差しにドキッとした。
「ごめんなさいね。ユーリさん。いつまでもウェラー卿とお話していて失礼しました。ふふっ、彼は、あなたの大切な人なのでしょう? あなたの大切な人との時間をお邪魔して、ごめんなさい。この通り、私とウェラー卿はなんでもありませんわ。あなたに余計な心配をかけてはいないかしら?」
「へっ? いや…えと、あの、その……そんなことない、ですわ」
女装していたことを思い出して、咄嗟に女言葉に戻した。けれど、思わず核心に迫られて、声がうわずってしまった。
動揺するおれに、コンラッドが爽やかに微笑んできた。吹き抜ける夜風まで、爽やかに感じた。
「おや、違うのですか? 俺のことを追いかけてきてくれたかと思って、少し自惚れていたのですが」
「追いかけ……って、尾行してたのに気づいてた?!……って、うわぁ、何でもないです!!」
おれの馬鹿―― ! 尾行って言っちゃったよ。よりによって尾行って! おまけに、心配して追いかけてきたことを認めちゃったよ。
みるみる顔が熱くなっていくおれに、コンラッドはそっと手を差し出した。
「どうやら、おれは自惚れてもいいようですね。お待ちしておりました、ユーリ嬢。俺の元へ、おかえりなさい」
「ただいま……って、ば、ばかっ、コンラッド! え、エレンさんの手前で恥ずかしいだろっ」
「ふふっ、あらあら。お邪魔虫は、早々に退散致しますわ」
「あっ、待って! こんな夜道を、女の人だけで帰すわけにはっ」
華やかに微笑んで去ろうとするエレンさんの腕を、咄嗟に掴んだ。
そのとき、背後からじゃりっと、砂を踏みつける音がした。
「おーっと、坊ちゃん。もう一人のお邪魔虫がここにいることをお忘れですよー。エレンさんは、俺がお送りしますから。お二人さんは、ゆっくりしてください」
ヨザックが、意味深長な笑顔をこちらに向けるので、おれは気恥ずかしくて真っ赤になってしまう。なぜだか、ヨザックにはおれとコンラッドが付き合っていることがばれているだけに、照れくさい。あ、そういえば、エレンさんにもおれとコンラッドが付き合っていることがすぐにばれたよな。なぜだろう。
「ヨザ、あまりうぶなユーリをからかわないでやって」
「へーい、隊長。ほんとうに坊ちゃんには、溶けそうに甘いんですからぁ。少しは、グリエにも、その優しさを分けてちょうだい」
ヨザックは、青いタイトなドレスから、立派な大腿部を覗かせて、しなを作る。いつもながら、見事な身体だ―― 草野球チームの外野手にスカウトしたい。
「まぁ、ウェラー卿ってば、随分ともてていらっしゃるのね」
エレンさんは、ヨザックの美脚(ある意味)に、眼を丸くしていた。ヨザックは悪戯な笑みを見せる。
「そうなのよぉ、でも彼ってばまるで相手にしてくれないのよぉ。この美脚が目に入らないのかしら?」
「は、はは……」
「ヨザ、衣装はよく選んだほうがいい」
おれが苦笑いをする横から、コンラッドの硬く低い声が聞こえた。
「さ、さー、隊長に指導される前に、退散しますか。こちらにいらして下さいね、エレンさん」
ヨザックは、ドレス姿のままで、そそくさとエレンさんをエスコートして去って行った。エレンさんは、一度こちらを振り向くと花のように微笑んだ。
何だか、ほっとすると、凛として清清しい夜風が頬を撫でていった。同時に、夜露に濡れる草木の瑞々しい香りがした。
気が抜けたように、のんびりとヨザックとエレンさんの後ろ姿を見守っていると、突然うしろから、暖かい腕に包まれた。
「ユーリ、とても可愛らしい格好ですね」
「可愛いいうな。男にドレスなんて不自然だし、似合わないよ」
悪態をつきながらも、うしろから包まれる体温が心地よくて、安心した。コンラッドの恋人のままでいられてよかった。そう思うと、不覚にも目尻に生温い液体が滲んだ。
「そうかな。でも、やっぱり、可愛いですよ。それに嬉しいな」
「嬉しい?」
「あなたが不自然で似合わないと思うドレスでも、俺の後を追うために着てくれて」
「コンラッドって、き、キザすぎるし! それに、衣装はグリエちゃんに無理やりに着させられただけだしっ」
「でも、今まで着続けてくれた。そんなに、俺が心配でしたか? 嫉妬してくれて嬉しいな」
「……」
おれは、静かに俯いた。
―― コンラッド……。嫉妬とか、もうそういうレベルじゃなかったんだ。もうコンラッドの横に恋人として並べないんじゃないかと思ったんだ。だから、『嫉妬してくれて嬉しいな』なんて言わないでくれよ。
「ユーリ」
そんな柄にもない、少し気難しいことを考えていたら、コンラッドがおれを正面から抱きしめなおした。暖かくて真摯な瞳には、銀の虹彩が強く光っていた。
「すみません、軽はずみ過ぎましたね。あなたをそこまで心配させていたのに」
「い、いや……。そんな。ああ! もう! お手上げです。なんか、コンラッドは、おれの痒いところに全部手が届きすぎだよ。そうだよ、白状する。本当はすっごい心配した。だって、この前アニシナさんの装置で、コンラッドが綺麗な女の人とキスしてるのを見たんだ。そんなの心配しないほうが、恋人としてどうかしてるよ――!」
そこまで言い終えると、ある重大なことに気がついた。
「あ、でも、結局コンラッドはエレンさんとキスしなかったよな? いや、そりゃ、そんですごく嬉しいけど。でも、じゃあ、アニシナさんの装置の見せた映像は、何かの間違いだったのかな?」
コンラッドは、それは爽やかに微笑んできた。月光を受けて、キラキラした笑顔だ。
「そうとも限りませんよ?」
「ええっ?! コンラッド、やっぱり彼女とキスする気なのか?!」
動揺するおれをよそに、コンラッドは悪戯な瞳でおれを見つめてきた。月に煌く琥珀色の瞳を甘く細めると、コンラッドはおれの背ををプラタナスの木に持たせかけた。
そのまま、おれの顔の横に片手を付き、反対の手をおれの顎先に持っていく。冷たい指先でそっと顎を掴まれて上を向かせられた。
コンラッドの顔が間近に迫る。相変わらずの端整な顔。切れ長の瞳を縁取る長い睫毛に、すっきりと通った鼻梁に、薄くて形のいい唇。
「コンラッド?……っ、ンんぅ…っ」
コンラッドに見惚れていたら、いつのまにか唇を塞がれていた。そっと触れてきた冷たい唇は、角度を変えて触れ合わされる度に、暖かい熱を持っていく。頭上では、プラタナスの葉擦れの音がカサカサと響く。心地のよさに、頭がぼんやりとし始めたころに、もの惜しげに唇が離された。
「…っん、…コンラッド?」
いきなり答えをはぐらかされて、キスをされたおれは、彼の返事を待った。長身な彼を、見上げていると少しだけ困ったような顔をされた。
「あなただったから、なんですね」
「ん? コンラッド?」
またしても、コンラッドは謎めいた台詞を呟くので、おれは怪訝な顔になる。コンラッドは、そんなおれの金髪のかつらを、ぽんぽんと撫でた。
「アニシナの装置で見た映像ですよ。あの互いの顔も見えないくらいのうす闇の中で、金髪の女性にキスをするとき、なぜかすごく幸せな気持ちだった。それが、あなたを裏切ったようで辛かった。けれど……」
コンラッドは、言葉を区切るとおかしそうに、けれどとても幸せそうに笑った。
「まだ、気づきませんか? ほら、ユーリのこのかつらとドレスをよく見て下さい。先のエレンの格好にそっくりです」
「あ! ああっ! そういうことだったのかー!! そうか、あの装置の最後にみた映像って、女装したおれにコンラッドがキスしてるところだったんだ!!」
やっと、おれにも話がみえてきた。ほっと胸を撫で下ろすというより、嬉しくて叫びたい気分だ。もうすでに、叫んでるか。
「ええ。あなただったから。あの装置の中で、最後のシーンに出てきたのは、可愛らしい格好をしたユーリだったから。だから、俺は、とても幸せな気持ちだった」
唐突にコンラッドは、おれの背中に両腕を回して、きつく抱きしめてきた。コンラッドの正装着ごしに、彼の鼓動が聞こえる。おれの鼓動と同調するくらい早い。
「あなたを裏切っていなくてよかった。傷つけていなくて、よかった」
彼の心の底からほっとしたような呟きを聞くと、アニシナさんの装置に乗った後の、コンラッドの不安げな顔を思い出した。彼は、ずっとおれが傷つかないかだけを考えてくれていたんだ……。
「ありがとう、コンラッド。あんたは、いつもおれのことを考えてくれてる。なのに、ごめん。おれ、もうあんたの横に恋人としていられないんじゃないか、とか……このドレスみたいに……おれが、このドレスを着ることくらい、あんたの恋人でいるのは不自然なことなんだって悲観したりもした。馬鹿だよ……おれ」
自分の不甲斐なさを思うと、情けなくて涙が滲む。ぽたぽたと頬を伝い落ちた雫が、コンラッドの華やかな白い正装着に染み込んでいく。爪が食い込むくらいに、掌を握り締めた。
「こんなに……大事に思われてるのに」
コンラッドは、おれの背中に回していた手をゆっくりと降ろしていくと、おれの手の上にそっと重ね合わせる。握り締めていたおれの掌は、コンラッドの手に包まれて、緩やかに力が抜けていく。
おれが、すっかりコンラッドの優しさに安心した頃に、彼はゆっくりとおれを見つめて微笑む。
「ユーリ。それと、何回言ったら信じてもらえるんですか。ドレス姿、とても可愛らしくてお似合いですよ。だから、不自然なんかじゃありません。ドレスを着るのも、俺の恋人でいるのも」
―― まったく、敵わない。どこまで優しくて、どれだけおれを甘やかすつもりなんだろう。
「コンラッド……。じゃあ、ドレスを着ることくらい、あんたの恋人でいるのは自然なことなんだって楽観しとく……って、あはは、少し変な言い回しになっちゃった」
また、涙が零れそうだったから、笑ってごまかした。
滲む視界に、コンラッドが映る。よく見えないはずなのに、はっきりと彼の表情が覗えた。とても甘くて、それでいて揺らぎのない強い眼差しだった。
「ユーリ。もう未来を占ったりしないで下さいね。俺の中では、もう未来は決まっていますから」
「コン、ラッド……、それって?」
にわかに、清涼感のある夜風が吹きぬけた。涙が弾け飛んで、飛沫が硝子玉のように月光に煌いた。
コンラッドの優しい指が、再びおれの顎先に触れる。長身の彼が、背を屈めておれに近づく。
答えを待つよりも、正直なキスを受け入れた。
「っん、ぅ……、わか、った…っ、あんたに、まかせ……る」
キスの合間に、漏れる吐息と一緒に甘い返事をした。
★あとがき★
コンラッドのあまい(きざな)台詞を考えるのが大変でしたが、面白かったです。
話の辻褄があっているように祈るばかりです(え;)
エレンさんは、キアスンの婚約者というのは、でっちあげです。
エレンも、強引に作ったオリキャラです^^;
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