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第二話 授業後のデート
夏休みが始まって、まさかの夏期講習初日に、あんなことになるなんて。
俺が、赤点を取ったことがきっかけで、コンラッド先生と恋人ごっこをするはめになるなんて――! それも、あんなに大人のキスまで・・・・・・。
とたんに、昨夜の生々しいキスの感触が蘇る。
ただでさえ、電車から降りたばかりの駅の構内はうだるように暑い。その上、淫らな想像に頭に血が上って、息苦しいくらいに熱くなる。
卑猥な想像をかき消すように、駅の改札口を早足に抜けた。
駅の前のスクランブル交差点を渡れば、すぐに俺の通う2階建ての小さな塾がある。夕方の5時だというのに、未だアスファルトからゆらゆらと湯気が立ち上る。
ここが、温泉だったらどんなにいいか・・・・・・。じゃなくて、オアシス、早く塾という名のエアコンオアシスに―― !
灼熱地獄に苦しむ俺は、涼を求めて、雑踏を駆け抜けた。
塾の入り口まで来ると、ひときわ眩しい長身のシルエットが目に飛び込む。
彼は、塾に来る生徒達の出迎えをしていたようだ。
爽快な夏風が吹き抜ける。
刹那、ダークブラウンの繊細な髪が靡く。
一目見るだけで、心を奪われてしまう。コンラッド先生は、そんな人だ。
暑かったことなどすっかり忘れて、彼に見惚れていた。ふいに、彼が優雅にこちらに歩み寄る。背の高い彼は、わざわざ腰を折り、俺の耳元に唇を寄せる。内緒話をするように、彼はそっと囁く。
「今日の帰り、悪いのですが20分程、待っていて貰えませんか?また、貴方を家までお送りしたい」
穏やかで上品な声が、甘く鼓膜に響く。それだけで、ゾクっとした。
まだまだコンラッド先生の恋人ごっこは、絶賛進行中?みたいだ。
よし、じゃあ俺だって!
「う、うん。分かった。駅前の本屋で時間つぶしてる。え、と・・・・・・楽しみに待ってる!コンラッド先生?」
あえて、語尾を疑問系にして、乙女度アップだ!なんちゃって。
相変わらず、先生はキラキラの笑顔で応えてくれた。やばい、なんかこのまま恋人ごっこしてたら、俺は本物の乙女になってしまうんじゃ?!
いかんいかん、忘れちゃいけない、俺は男だ! 高校生男子だ!
授業中のコンラッド先生は輪をかけてカッコいい。スーツも、その辺のサラリーマンの着ているものとは全然違う。スタイリッシュで洗練されてる。おそらく高級なブランド物のスーツだ。
おまけに、英語の発音いいし(ネイティブだし)、いい声だし。
なんていっても、見た目がカッコいいし。
絶対、女子が見惚れてるだろうなと思いながら、隣のジュリアさんをそっと見遣った。
彼女は、憧憬の眼差しをコンラッド先生に送っていた。そういえば、彼女は昨日、コンラッド先生が近寄ってきた時、様子がおかしかったな。
彼女は、コンラッド先生が好きなのかもしれない。
こんな綺麗な子が、コンラッド先生のことを好きなのに、俺が彼と恋人ごっこみたいなことをしてていいのかな?
ふと、罪悪感が沸き起こる。けれど、彼が俺と恋人ごっこなんてしてるのは、俺の勉強意欲をあげるための、彼なりの創意工夫だ。
ふいに、コンラッド先生と目が合った。だから、彼に、にこっと笑いかけた。
頑張らないとな!
頑張って恋人に成りきらないと、彼に恥をかかせてしまう。
一人だけ、一生懸命恋人の芝居してるのって辛いもんな。わかる、わかるよ、コンラッド先生。
俺、頑張って、先生の冗談にのるからね!
ついでに、勉強も頑張るよ。(ついでに、って言っちゃった。本来の目的はこれなんだけど)
再び、固く胸の中で誓った。
授業が終わると俺は、そそくさと片付けに入る。コンラッド先生の周りには、勉強熱心な質問攻めの生徒で溢れかえっていた。心持ち、女子が多い。
英語しか授業を取っていない俺は、席を立って帰ろうとした。そのとき、隣のジュリアさんが、遠巻きにコンラッドに熱い視線を送っているのを見た。
頬を上気させ、湖色の瞳を潤ませて佇む彼女。そんな姿は、慎ましいユリの花を思わせた。
「ジュリアさん、お先に失礼しますっ」
「あ、あら、渋谷君。ごきげんよう」
彼女に声をかけると、ひどく取り乱しながらも返事をしてくれた。けれど、その物言いも清楚で上品だった。確か、ジュリアさんって、すごいお嬢様学校に通ってたんだよな。『ごきげんよう』なんて、初めて聞いたよ。
塾の狭い玄関を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。けれど、街頭や、駅前に軒を連ねる店舗の明かりで、歩くのに苦労しない。
俺は、兄貴に『今日も迎えはいい』と携帯で話しながら、本屋を目指した。兄貴は、携帯の向こうで『二日も連続で、一体どこのどいつに送って来てもらうんだ?!俺の可愛いゆ~ちゃんをたぶらかして承知せんぞぉぉ』と、憤慨していた。
あまりにしつこかったので、途中で携帯を切った。
眞魔国屋書店(相変わらず、すごいネーミングの本屋だ)に入った俺は、一冊の文庫本を取り出して、時間をつぶすことにした。
コンラッド先生は、正規の塾講師でなくて、非常勤講師らしい。他にも、仕事をしているらしい。けれど、詳しくは分からない。
夕方から英語だけを教えているみたいだ。ある意味、俺と似てるかも。俺は、英語しか取ってないわけだし。
なかなか、コンラッド先生はやって来ない。もう30分くらい経っていた。
非常勤講師って言っても、大変なんだな。授業後も、教室運営の事務的なことを片付けないといけないんだろうな。
再び、文庫本に目を落とした。
面白くて読み耽っていたら、背後から俺の名前を呼ぶ甘い声がした。ふわっとフレグランスの優しい香りもした。形のいい大きな手が顔の前に下りてきて、俺の持つ文庫本を取り上げた。
「そんなに熱心に、どんな本を読み耽っていたんですか?」
「えっとね、普通の男子高校生が、異世界にスリップする話。そんでもって、そこで、主人公が魔王になるんだけど、臣下達がカッコいいんだよね。中でも、魔法は使えないけど、すっげ~剣豪な臣下が一番好き。カッコいいし、いつも主人公を優しく護るんだよね~」
そっと背後から、抱きしめられた。
うわっ、ちょっとコンラッド先生。ここ、公共の場ですけど?!
幸い、この辺りに人はいないけど。
「妬けますね、ユーリ。俺は、平凡な25歳の男だけど、いつでも貴方を護ってあげる」
そっと、耳元で囁かれた。
コンラッド先生の、恋人ごっこは、心臓に悪いです・・・・・・。
本屋を出てから、月極パーキングに停められた先生の車に、二人で乗り込んだ。
昨日は、キスしてドキドキしていて気づかなかったけど、車にporscheって書いてある―― !
いくら、英語が苦手な俺でもわかる。この車、ポルシェだったのかー!!非常勤の塾講師以外に、一体どんな仕事をしてるんだろう?
ボディカラーは、艶光りしたダークグリーン、シートにはサンドベージュの上質なレザーが張られていた。
二人乗り仕様の車内に、レザー独特の高級な匂いと、先生のつけたフレグランスの品のいい香りが立ち籠める。
先生は、まだ若いのにステータスと、大人の色気に溢れてる。
狭い空間で、先生をより近くに感じて、なんだか緊張してしまう。
「ユーリ、先程は、随分と待たせてしまってごめんなさい。お詫びといっては何ですが、これからディナーに付き合ってもらえませんか?一人で食べるのは味気ないですし」
夕方から何も食べていない俺は、大賛成だった。おふくろには、後で謝ろう。多分、うちの飯は今日もカレーだろうから。それは、明日食べればいいだろう。
それに、恋人ごっこ進行中だし。
「俺も、先生と一緒にご飯食べたいっ」
コンラッド先生が、案内してくれたレストランは、国道沿いにあった。異国風の石レンガで出来た建物だった。
入り口には、『TAVERNA』と書いてあった。
た、たべるな~?
俺は入り口でぽかんと、口をあけて突っ立ってしまった。
先生は、なにか冗談を思いついた時みたいに、笑いをかみ殺していた。非常によくない兆候だと思われます。
「ユーリ、イタリア語で『TAVERNA』は『食堂』の意味なんですよ。食堂なのに! たべるな、だって! ・・・・・・あははは」
や、やっぱり! 先生はカッコいいのに笑いのセンスがちょっとずれてるんだよな。自分で言って、自分で盛大に受けてるし。
でも、やっぱり、なんか憎めない。むしろ、なんか可愛いかも・・・・・・。
俺もちょっと変なのかな?
そんなこんなで、いざ建物の中に入ってみる。店内は、会社帰りらしきスーツ姿の男性や、OL達で賑わっていた。カップルも、多かった。
天井からは、瀟洒 なシャンデリアが嫌味なく吊るされている。低位置に備え付けられた幾つもの間接照明が、室内をオレンジ色の柔らかい光で照らす。
リンネルのクロスが上品に掛けられたテーブルには、グラスキャンドルが置かれていて、優しく炎をくゆらす。椅子は籐で出来ていて、涼しげな印象を与える。
一見したところ、アジアンリゾートのようなラグジュアリーな雰囲気の店だった。
おまけに、案内されたテーブルはパーテーションで仕切られていて、プライベートな空間を堪能できる。
「うわぁ、コンラッド先生、この店すっげ~高そう」
あまりの豪華な雰囲気に、感嘆の息を漏らした。
けれど、色気より食い気の俺は、すぐさまメニューをばさっと開いた。店の雰囲気が、アジアンリゾートっぽいけれど、料理はイタリアンだった。そういえば、入り口にもイタリア語が書いてあったしな。(コンラッド先生がお気に入りの)
「うわ~、どれも美味そう!! 」
「何でも、好きなものを食べてくださいね」
優しいコンラッド先生の声に、全力で頷いた。
もうそれからは、ひたすら食に走った。
俺達は、シーザーサラダと、牛肉の洋風タタキと、カルボナーラとマルゲリータを頼んだ。それぞれを二人で取り分けて、全て平らげた。俺が大部分を食べたんだけど。
食欲が満たされると、すごく幸せな気分になった。
ぽやぽやした間接照明の光といい、キャンドルのゆらゆら揺れる炎といい、すごく癒される。
うっとりとしていたら、ギャルソンがケーキを運んできた。それも、ホールで。
まるで、誕生日祝いのケーキのように、イチゴやら生クリームやらが盛大に飾り立てられていた。
ええっと、俺、今日誕生日じゃないんだけどな。
なんて、暢気 に考えていたら――。
テーブルキャンドルの琥珀色の炎が、コンラッドを淡く照らす。
「すみません、ユーリ。まだちゃんと大切なことを、言ってませんでした。昨日は、色々ありすぎて冷静になれなくて」
目の前のコンラッドが、蕩けそうな微笑を向けてきた。
「付き合ってください、ユーリ。これは、二人の今日の日を記念して」
目の前が、チカチカした。あんた、い、一流のエンターティナーだよ。
こ、コンラッド先生。俺の成績を上げるために、こんな演出までしてくれて、ありがとう!!!
「俺、英語の勉強頑張るから!」
俺の発言に、明らかに怪訝な顔をするコンラッド。
え?あれ、俺、変なこと言ったかな?
あ、そうか、ここは、もっと盛り上がる感じの恋人ごっこをしないといけないんだね。
エスプリ、エスプリ! 彼のエスプリの効いたギャグに付き合わないとね!
「ありがとう、コンラッド先生。俺のためにこんなにしてくれて、ほんっとに嬉しい! あとね、お願いなんだけど携帯番号とメアドも教えて? 会えない日も、先生と繋がってたいな・・・・なんて」
自然とそんな台詞がでてきた。きっと、先生のことが好きな乙女なら、いつだって、先生を側に感じていたい筈。
うわ、俺、乙女の素質あるかも。っていうか、自分の台詞が恥ずかしくて、顔から火が出そうだよ。
照れながらも、コンラッド先生をそっと見遣ると、ひどく余裕のない少年のような顔になってた。すごく可愛いかもって、思った。俺より10歳も年上の先生なのに。
でも、先生は、すぐにいつもの余裕たっぷりのカッコいい顔に戻った。
「本当に、俺の恋人がこんな可愛い人でよかった」
だ、だから、コンラッド先生! また、そんな甘い台詞ばっかり言って。
演出がすごすぎるって~~!
これじゃ、ますます英語の勉強をしないといけないな。今日は、寝る前に授業の復習をするからね、先生!
第二話 =完
あとがき★
一話で拍手くださってありがとうございました。とても、励みになりました^^ 拙い小説にありがとうございます。
今回は、キスさえなくてすみません。いや、毎回あるほうが、くどいかな(汗
徐々に盛り上げていこうと思います。(観測的希望)
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