2009.4.22設置
『今日からマ王』メインです。
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第七話 Birthday Wedding②
銀色の陽射しが眩しい朝。
いいかげん、彼からつれない態度を取られると分かっているのに、相も変わらず俺は、彼をロードワークに誘い出す。もしかしたら、今日こそは、いつもの彼に戻っているかもしれないという微かな希望を胸に宿して。
豪奢な扉を静かにノックをして、彼の寝室に入る。大きな天蓋つきのベッドの上に、凛とした佇まいのシルエットを見つけた。
「ユーリ?」
彼は、俺が来ても眠り込んでいることが多い。にもかかわらず、今日は違っていた。彼は地球で言うところの 『学生服』に着替えてベッドの上に座っていた。
いつもと少し違う行動の彼に、また不安を覚える。俺は、足早に彼のベッドに駆け寄る。
また、拒絶されてしまうかも、と思いながらも彼に触れずにはいられなかった。ベッドに腰掛けたままのユーリを、両腕で抱き締める。ユーリは、身じろぎひとつせずに、じっと俺の中にいてくれた。ここ数日、いつも逃げられていただけにひどく嬉しかった。―いつもの彼に戻ってくれた―?
けれど喜びと裏腹に、何か違和感を感じる。
彼の両肩を緩く掴んで、その瞳を覗き込む。
「ユーリ?」
その表情に、はっとした。恐ろしいほどに静かな表情に。ユーリは小首を傾げたように、俺を見つめる。黒い学生服からうっすらと覗くその白い首筋に目を奪われてしまう。その迸る色香に。
「どうした?コンラッド」
そう尋ねる彼の声が、いつもより落ち着いていて、ひどく大人びた印象を受ける。
「一緒にロードワークに、行きませんか?」
ひどく狼狽しながらも、平静を装って尋ねた。
「ごめん、いい。少し一人にしてもらえないか?」
普段の彼よりも、大人びた口調に、またしても胸の動悸が激しくなる。一体、どうしたんだ?ユーリ?
けれど、儚げな大きな瞳で見つめられたら、頷くしかなかった。
「・・・・わかりました、ユーリ」
ミステリアスなユーリの仕草に、すっかり翻弄されてしまう。後ろ髪を引かれる想いで、ユーリの寝室を出た。
一体、どうしたっていうんですか。3日前から貴方は、俺を避けるようになった。そして、今日。落ち着き払った動作、感情を読み取れない瞳、可愛いというよりも美しいという形容がふさわしい貴方。
そんな貴方だって、俺は変わらず愛しくてなりません。ただ、どうしてそんなに急激に変化してしまったのか、それが不思議で仕方が無い。
いや、怖い。俺など必要にされなくなってしまいそうで。
*****
挙式まであと二日。
それなのに、ユーリは一体どうしてしまったんだろう?!
あの夕暮れ時に、彼が俺のことを避け始めてから、どんどんユーリの様子がおかしくなってきて・・・・。
その上、艶めかしく大人びてしまって。
お願い、ユーリ。俺を置いていかないで―。
もう俺は、すっかり余裕が無くなってしまった。
護衛中、偶然二人きりになった中庭で、彼をプラタナスの木に押し付けた。頭上からは、木漏れ日が遠慮がちに俺たちに降り注いでいた。
腰をかがめて、彼の甘い唇に接吻けた。プラタナスの葉擦れの音がカサカサと響く中、角度を変えて、何度も啄ばむように丁寧にキスをした。そのキスに想いを込めるように。
俺は、貴方のことが好きで堪りません。愛しています―。
「ん・・・っ」
唇の隙間から、彼の艶めいた声が漏れる。
久しぶりの彼とのキスは、とても甘い筈なのに―。なぜか気持ちが落ち着かない。
嫌な予感は、的中した。そっと唇を離したときに垣間見た彼の眼差しに、身体が硬直した。とても冷たい視線が、俺をじっと見つめていた。それも、俺を責めるでもなく、赦すでもないといった、恐ろしく綺麗な瞳だった。
「ユーリ・・・、すみません。いきなりこんなことして、嫌・・・でしたよね?」
「・・・・・」
何も語らず、俯いてしまう彼。俯くと、ふわりと優しい午後の陽射しが、黒く濡れた睫毛に繊細な影をつくり美しさが際立った。
けれど、その美しさは俺を突き放すように冷たかった。
彼に、拒絶されている―その事実が、胸を抉るように苦しかった。
それでも、俺は彼のことを愛している。
彼の足元に跪くと、手の甲に接吻けた。その左手の薬指には、婚約指輪が嵌められていなかった。その一刹那、心が折れそうになった。けれど、それでも―。
「俺は、貴方のことを愛しています。例え貴方の心が変わってしまっても、俺は変わらず貴方を、生涯をかけてお守りすると誓います」
依然として、俺を捉える彼の瞳は、氷のように美しかった。
*****
城外の偵察に行くため馬を出そうと、一人、厩舎に向かう。そこで、ユーリと同じ黒髪の少年の姿を見つけた。
「ウェラー卿、ちょっといいかい?」
ユーリの親友でもあり、この国の双黒の大賢者でもある少年に呼び止められた。
この方から呼び止められる時は、大抵何か、ある。
ひょっとしたら、俺の今一番知りたい情報かもしれない。
逸る気持ちを抑えられずに、尋ねた。少し声が尖ってしまった。
「ユーリのことですか?!」
彼の表情が硬くなった。今、ユーリに起きていることが、少し分かるかもしれない。彼のその表情を見て直感的に、そう思った。
「うん、そうだよ。ここ数日の渋谷は、おかしかっただろ?もしかしたら、僕の想像に過ぎないかもしれないんだけど・・・・」
猊下の回りくどい言い回しに、焦れたように先を促した。
「彼に何があったんですか?!どういうことですか?!」
彼は、ノーカンティの鼻面をそっと撫でながら、話し始めた。
「ここ数日、やけにユーリの言動が大人びた落ち着いたものだと思わないかい?」
思わず、緊張に全身が硬直する。何か、とてつもなく嫌な予感がした。手のひらに、嫌な汗が滲む。言葉を挟むことも出来ずに、じっと猊下の言葉を待つ。
「彼の立ち居振る舞いが全く変わってしまった。表情がころころ変わって子犬のようだった渋谷が、急にすっかり落ち着き払って、大人になったみたいだよね?」
彼は、意味深に眼鏡を光らせて、一呼吸を置いた。
背中を冷や汗が伝い落ちる。
その続きの言葉を聴くのが恐ろしくさえあった。
「渋谷有利の人格に、魔王の人格が混ざってきているのかもしれない―!!」
そんな言葉が、少しの間をおいて、ユーリの親友の口から告げられた。
大賢者のその声がいつまでも俺の頭の中で、響いていた。
*****
明日、挙式だっていうのに俺の前には、とてつもない試練が待ち受けていた。
俺の愛するユーリの人格が変わるなんて―!
それも、魔王の人格と一体化しつつあるなんて―!
けれど、どんな貴方であろうと、俺は貴方の一番側にいたい。例え、恐れ多い魔王の人格になってしまうのだとしても、それがユーリに起きた事実なら。
彼のその運命さえも、誰よりも近くで見守ってあげたい。支えてあげたい。その不安を拭い去ってあげたい。俺に出来ることなら何だってする覚悟はある。手でも胸でも命でも構わず差し出します。
彼の全てを、彼の光り輝く丸い命の灯火をこの手に受けたそのときから、その魂を、愛する運命だった。
―だけど、どうしても確かめないといけないことがある。
*****
書物庫の重厚な扉を勢いに任せて開ける。
ユーリは、王佐と史学の勉強に勤しんでいた。カツカツと、ブーツで石畳を踏み鳴らし、わき目も振らずユーリを目指す。
「ど、どうしたのですか、そんなに血相を変えて?!コンラート?!」
「すまない、ギュンター。ユーリに話がある」
ギュンターに断りを入れると、ユーリの元へたどり着く。漆黒のつぶらな瞳で、落ち着き払って俺を見上げるユーリ。その怜悧な眼差しに、一瞬、怯みそうになる。
「ユーリ、俺に付き合ってください」
それでも、負けじと徐に華奢な肢体を横抱きにした。彼の暖かい体温を胸に、確かな重みを腕に感じながら、書物庫を後にした。
姫君のように、ユーリを抱きかかえたまま向かうのは、俺の部屋。
高貴な姫のように凛とした表情のユーリを、部屋に誘う。
部屋に着くや否や、彼を俺のベッドに座らせる。王のベッドに比べたら幾分質素なそれは、彼のもたらす重みで、軋む。
相変わらず、麗しい顔をしかめるでもなく俺を見上げるユーリ。
―もう、貴方の心を隠さないで。俺に、貴方の本心を・・・・みせて?
「ユーリ、好きです―!」
愛を宣告してすぐに、彼をベッドに押し倒す。そのまま、強引に細い顎に手をかけて、柔らかい少年の唇を吸い上げる。
「ン・・・・っ・・・・はぁ・・・・・・・」
ユーリの口から、切ない吐息が漏れる。凛とした夏風のような彼の声が、鼻にかかったような甘ったるい声に変わるのは、壮絶に艶めかしい。余裕のなくなった俺は、ことらさに性急に彼を責め上げる。唇の隙間から、舌を付き入れ、彼のそれと絡ませる。十分に、甘い口付けを堪能したあとは、熱に浮かされたような綺麗な彼の顔を見つめる。
そっと学生服のボタンに手をかけて外すと、学生服の詰襟が左右に開かれる。そこには浮き立つような白い首筋が、櫻色に淡く色づいていた。
首筋に唇が触れるか触れないかの、繊細なキスを降らす。
彼は、くすぐったさと気持ちよさが綯い交ぜになったように、びくびくと身体を捩らせる。ぎゅっと、硬く瞑られた瞼に優しくキスをする。
浅い呼吸を繰り返すユーリを、頭を撫でながらじっと見つめる。
「ねぇ、ユーリ?今の貴方は、渋谷有利じゃないんですか?」
彼は些か、戸惑いの表情を見せた。
やはり―魔王の人格が混ざった状態なのだろうか?
どうしても、確かめなくてはいけない。
もし、ユーリが魔王の人格になるのだとしても、俺は彼の全てを受け入れるつもりだ。けれど、それはあくまで俺の一方的な気持ち。
結婚するに当たって、やはり―今の彼の正直な気持ちを優先したい。
「ユーリ、貴方の気持ちを教えてくれませんか?いいえ、魔王陛下、貴方の私への気持ちを―お教え下さい」
俺を見上げるのは―淀みのない瞳だった。
「わからない・・・俺は、そういうのはわからない・・・・」
素直に分からない・・・と。ぽつりと、彼はそう呟いた。
*****
夜明け前の薄明かりの中、眼が覚めた。
とうとう、この日がやってきた。
ユーリと永遠に結ばれる日が。
それなのに、―心が晴れない。
ほんの数日前に、今日の日をこんな気持ちで迎えるなんて想像も―しなかった。
その原因は、嫌になるくらい分かっていた。
ユーリの心が分からないままに、結婚しようとする後ろめたさがあるからだ。
心のわだかまりが、急激に膨らんでいく。
このまま―結婚してもいいのだろうか?
刹那、小さなノック音が聞こえ寝室の扉が開けられる。
「ユーリ!!」
思いもかけない姿に驚く。彼は、学生服に身を包み、扉のところで立っていた。
「コンラッド・・・・ちょっと話がある。―付いて来てくれないか?」
「―ユーリ・・・昨日の答えが出たのですね?」
緊張に、声が上ずる。
昨日、俺が彼に本当の気持ちを尋ねた。―今の彼―魔王の人格と重なりつつある彼―にとって俺が必要なのか、どうかを。
「あぁ、そうだ」
彼の威厳のある声が、部屋に染み込んでいった。
寝静まった血盟城の回廊に、二人の重い靴音が響く。小さな愛しい背中を見つめながら、その後を付いていく。
こんなにすぐ近くにいるのに、ユーリが遠い。消えてしまいそう。
たまらずに、細い腰を抱き寄せて、しなやかな身体を俺の胸に閉じ込めてしまいたい―!
けれど、出来ない―!
なぜ?彼に拒絶されている気がしたから。その細くも凛々しい後姿に。
想いのままに、抱きしめることもできない。
こんな二人が、結婚なんて―してもいいんだろうか?
いや、その答えはこれから、彼の口から直接聴かされる―。
彼は、俺を愛してくれている―そう信じて疑わなかった気持ちが揺れにゆれ、俺の心を戸惑わせる。俺たちを包み込む朝靄が、二人の関係を何もかも・・・隠して・・・消してしまいそうな、儚い予感がした。
ユーリは、中庭に俺を連れ出した。小鳥の囀りさえ聴こえない、静寂に包まれた庭に。日が昇る前の、少し肌寒い朝。朝露に濡れる草花の瑞々しい香りがたち込める。
「ごめん、コンラッド、俺・・・・・・やっぱり結婚できない」
長閑な朝に、心が抉れるような言葉が響いた。
鈴の音のように、清涼感のある彼の声が、決定的な言葉を告げた。
あまりのことに、言葉を失ってしまう。正常な思考がまるで働かない。
「ユーリ・・・・・、貴方がそう言うなら、私はただ―貴方に従うまでです」
思わず口をついて出てきたのは、そんな言葉だった。
俺たちを包む空気がざわめく。
凍りついたように、身じろぎひとつしないユーリ。
俺は、今、彼から拒絶された―そして、それを―受け入れてしまった・・・のか?
う・・・・そ・・・だ―!!
段々、思考が追いついて、彼の―結婚をやめたい―という言葉を理解した俺は、胸に燃え滾る熱い物が沸いた。正直、こんなに熱い物が俺の中にあったなんて、驚いた。彼の気持ちを優先させようと思っていたのに。彼が、俺と結婚したくないというなら、それに応じる心積もりだったのに―。
にわかに、きつく彼の両肩を掴み、彼を鋭く見つめる。
「―ごめんなさい、ユーリ―出来ません。結婚を取り消すなんて―無理です!」
「・・・・・・」
ユーリは、漆黒の瞳を瞬きもせずに俺を見上げていた。
絶対に、彼を離したくない!灼熱の想いに身が焦げそうに熱くなる。
「ユーリ!!貴方がどんなに迷惑だろうと、俺は貴方の事が愛しくてたまらないんです!もう、貴方なしでは生きていられない!―今日、俺と結婚して下さい」
それでも、ユーリの瞳は俺を拒絶していた。―貴方は、そこまで心を閉ざしてしまったのですか?俺が貴方の瞳に映ることは、もう・・・・ないのですか?
堪らず、本能の赴くままに、彼の細腰を抱き寄せた。俺の胸の中から逃れないように、きつく抱きしめた。この華奢な身体も、繊細な髪の毛も、温かい体温も、全部俺の中に閉じ込めた。誰にも―渡さない!
唐突に、胸の中で、ユーリが静かに囁きだした。いつもより、上品な声音だった。
「ごめん―無理だよ。コンラッドは、本当は、俺と結婚したくない筈だよ。よく考えてみて。俺と結婚するっていうのは、国王と同等の位置に立つんだよ。責任とか、耐えられないくらい重いし、風当たりだって、強くなるよ?コンラッドが、混血ということで嫌味な態度を取られたり、憂き目に遭うことがずっと―増えるよ?」
どんなことを言われたって、どんな目に遭ったって、彼を二度と離さない。
「ユーリ。貴方と結婚するためだったら、俺はどんな目に遭おうが厭いません。自分のプライドを傷つけられようが、誇りを踏みにじられようが、貴方の側にいられることを選びます―」
愛らしい形の彼の耳元で、囁いた。耳に俺の息がかかったのか、少しくすぐったそうに、彼は身を捩った。彼のか細い声が、反論を始めた。
「でも・・・・でも、コンラッド。正直に言うと、俺・・・怖いんだ。―コンラッドは・・・大シマロンで俺を裏切ったじゃないか。また、見捨てられるんじゃないかって。裏切られるんじゃないかって。不安が拭えない・・・・。あの冬景色の中で、俺を見捨てた凍て付く様な・・・コンラッドの顔が忘れられない・・・・」
緩く彼の両肩を掴む。ユーリの顔を覗きこむと、彼は視線を逸らすように、そっと目を伏せた。長い睫毛が、繊細な影を落とした。
やはり―貴方はあのときのトラウマが消せないんですね。
「ユーリ・・・・・、それが貴方の本心ですか?」
「ごめん。コンラッド、どうしてもあんたを信用できない。俺のことは諦めて」
鋭い眼差しが俺に刺さる。凛とした大人びた彼の声が、頑なに言い放った。
それでも、俺は、二度と貴方を失いたくない―!!
彼の瞳に溺れてしまうほどに、その深淵の濡れる瞳を見つめ続けた。
「ごめんなさい、ユーリ。例え貴方が俺に愛想を尽かしたとしても、俺のことが信じられないとしても・・・俺は二度と貴方を手離さない―!貴方が、何度俺のことを嫌いになろうと、その度にもう一度貴方に恋をしてもらえるような、そんな男になります。貴方の凍りついた心を俺が時間をかけて溶かしていきます―!」
彼のことが愛しくてたまらない気持ちが後から後からあふれ出て、どうしようもなく凄まじい告白をしてしまう。
「そんな・・・自分勝手な愛・・・・押し付けられても―」
ユーリの恐ろしいほどに綺麗な瞳に見つめ返された。咄嗟に、彼の両頬に手を添えると、甘く微笑みかけた。
「えぇ、私は元来、我がままな男です。おまけに独占欲の強い男です。愛した人は、どんなことがあっても手離さない―!」
彼の胸に、慈しみを持って、手を重ねた。
彼を瞳の中に閉じ込める。春の日に、二人でマリッジリングに刻んだ言葉を今一度、囁く。前半は、彼の魂を地球に届けたときの台詞。後半は、俺の決意。
「―自分の道をまっすぐ歩けるように、何者にも負けない強い輝きをもった者ー全ての者の太陽となりますように―いつまでも貴方を輝かせる、澄んだ青空になりますように―」
熱い想いを込めて、ユーリを見つめる。
「ユーリ!俺の側にいてください!太陽のない空は、ありません。どうか、いつまでも俺の側にいてください、ユーリ!」
とめどなく流れ出す熱い気持ちを、言葉にして叫んだ。東から、日が昇り始め、可憐に小鳥がさえずり始めた。
けれど、彼の瞳は、凍て付くような冷たい眼差しだった。まったく生命の息吹を感じさせない―無機質な瞳。
先程まで、反論していた彼は、にわかに力なく俺の身体にしなだれかかってきた。まるで、操られていた糸が途切れてしまった人形のように。
「ユーリ?!」
どれだけ、肩を揺さぶっても、眉一つ動かすことのないユーリ。瞳は、不自然に見開かれたまま。
なにか・・・おかしい―!
激しく胸がざわめいた。
慌てて、彼の心臓に耳を当ててみる。
―?! 拍動を感じない―!そのくせ、口からは僅かに呼吸を繰り返している・・・!!
人ではない―!今俺の抱きしめているユーリにそっくりの彼は、人ではない―!
そう悟ったとき、胸の中の彼が、消え入りそうな小さな声で話しはじめた。
「俺は、ただの人形・・・・。渋谷有利の心の欠片を埋め込まれた、ただの人形です―短い間だったけど、貴方に愛されて幸せでした」
漆黒の瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼされた時。
彼の身体が七色の光に包まれた。見る間に、彼は空気に溶けて消え去った。
―まるで、初めから何もなかったかのように。
一体、誰がこんなことを?!
なんのために?!
「ほらみなさい!ウェラー卿の陛下への愛は清く深いものなのです!おかげで、私の作った魔道装置『雪の陛下人形』は、彼の愛ですっかり、昇天したのですっ!」
静かな中庭に、声高らかに響く聞き覚えのある声。
後ろを振り返ると、そこには艶やかな赤毛をひとつに束ねた、フォンカーベルニコフ卿と・・・・・意外な人物がそこにいた。金髪に翡翠色の瞳、胸をそらしたようなツンとした佇まいの渋い男―ヴォルフラムの叔父だった。
「フォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナ?!なぜ貴方がこんなところに?!」
「申し訳ない―!!」
唐突に、ヴァルトラーナが勢いよく頭を下げた。彼は、きっちり斜め45度に上体を前屈させていた。
続けざまに、アニシナが、声を荒げて、事のなりゆきを説明した。
「まったく!男というものは、本当にどうしようもない生き物です!ウェラー卿の陛下への愛を信じられない、とヴァルトラーナは喚きだし、私に貴方を試すような魔道装置を作れといったのです!私は、あっさりと承諾いたしました。貴方が陛下を見捨てるわけがありませんからね!ヴァルトラーナは、そんなことを言い出した自分を恥じればいいと思ったのです!」
勝気な表情で、ヴァルトラーナを見遣るアニシナ。
「それみたことですか、ヴァルトラーナ!今回私の作った魔道装置は傑作中の傑作THEマスターピース『陛下の雪人形』は、陛下そっくりな麗しい外見と、それとは裏腹に頑なに愛する者を拒絶する心―氷の心をもつ人形だったのですっ!そんじょそこらの愛では、この人形を前にした心は打ちひしがれてしまったでしょう。それも、陛下の過去の想い出を絶妙に心に塗りこめて、リアルさを追求した人形だったのですから!さすがは、ウェラー卿です。どんなに拒絶されようと一途に彼を愛する姿は、凍りつく雪人形の心をも溶かしてしまったのです!あぁ、なんと尊き愛でしょう!」
アニシナに酷く侮辱されたと感じたのか、ヴァルトラーナは唇を噛み締めて、俺を睨む。
「そもそも、ウェラー卿がいけないのだ。私の可愛い甥から婚約者を奪ったのだから!その上、大シマロンで陛下に謀反を起こしているそうじゃないか?!そんな彼を王と結婚させて、眞魔国の未来は大丈夫なのか?!そう思うほうが、普通ではないかっ?!」
その時だった。頭上に渦巻く暗黒の雲が立ち籠めて、稲妻が盛大に光る。続け様に地響きをするような轟音が大気を震わせた。
すさまじい風が吹き荒れて、思わず顔を顰めた。
その中に、浮き上がる黒いシルエット。
風の真っ只中に凛と佇む、漆黒の美青年。
―魔王陛下光臨だった。
「ヴァルトラーナ!お前は我々の婚儀の邪魔をした不敬罪に当たる。けれど、余も鬼ではない。本日は結婚式、特別に恩赦を行使する。アニシナも、また然りだ。己の行動を省みるがよい!」
『正義』の文字が中庭の噴水の水で、宙に描かれる。
威厳のある声で、言い放つ魔王に、両者が平伏す。
「これにて、一件落着!!―と言いたいところだが・・・・」
彼は、神々しい光を纏って徐に俺に近づいてくる。
「コンラート殿・・・すまない。今一番、傷ついているのは、―そなたであろう」
彼は、いつものユーリより睫毛が長く、背が高い。おまけにしなやかな筋肉のついた美青年の彼が、俺を胸に抱き寄せた。いつもと、逆の立場にドギマギしてしまう。
涼やかな低い声が鼓膜を震わす。
「ユーリへの愛を試すようなことをされ、ユーリそっくりの傀儡にその愛を拒絶され、さぞかし心苦しかったであろう、コンラート殿」
彼は、俺の頬に手を添えて、漆黒の濡れる瞳を優しく細めた。魔王にこの表現は、不適切なのかもしれないが、ひどく慈愛に満ちた瞳だった。
「コンラート殿。この機会なので、余の気持ちをお伝えしてもいいだろうか。―私も、ユーリ同様に、そなたのことを―憎からず想っておる。―私も、またユーリなのだから・・・そなたとの婚姻の契り―光栄に想う」
それだけ言い残すと、意識を失った彼は俺の胸に崩れた。長く伸びていた髪や、四肢は、見る間にいつものユーリの長さに収まっていく。
にわかに、アニシナの甲高い声があがる。
「コンラート!!貴方は、魔王様にまで惚れられていたのですね!私は世紀の愛を垣間見ました!貴方がたは、本当に深い愛で結ばれておられるのですね!眞魔国の叙事詩として纏め上げなくてはならいほどです!」
彼女は、息巻きながら颯爽と庭を後にした。ヴァルトラーナは、もう一度深く最敬礼をして俺達の前から退去した。
頭上を覆っていた暗雲は、速やかに流れ去った。
辺りはすっかり日が昇っていた。そこには胸に染み込むような、透明感のある初夏の空が広がっていた。
俺は、胸の中の愛しいユーリを見つめた。
とても、愛らしい少年の寝顔だった。
まさか、魔王から愛の告白を受けるとは―でも、それはユーリが持つ、全てから愛されているようで、とても幸せな気持ちになった。
第七話② =完了
←③へ続く。
あとがき★
村田は、とんだ間違いをウェラー卿に吹き込んだことになってしまった(汗
コンラッドが、『血盟城の中心で愛を叫ぶ』なお話でした^^;
上様×コンチックな描写がちらりと出てきましたが、どうでしたか?苦手な方すみません。管理人は、結構好きです^^;えっジブンデイウ?
少しでも、楽しんでいただけたら、ウェブ拍手押してもらえたら、感涙です^^;)
次は、挙式編です。
銀色の陽射しが眩しい朝。
いいかげん、彼からつれない態度を取られると分かっているのに、相も変わらず俺は、彼をロードワークに誘い出す。もしかしたら、今日こそは、いつもの彼に戻っているかもしれないという微かな希望を胸に宿して。
豪奢な扉を静かにノックをして、彼の寝室に入る。大きな天蓋つきのベッドの上に、凛とした佇まいのシルエットを見つけた。
「ユーリ?」
彼は、俺が来ても眠り込んでいることが多い。にもかかわらず、今日は違っていた。彼は地球で言うところの 『学生服』に着替えてベッドの上に座っていた。
いつもと少し違う行動の彼に、また不安を覚える。俺は、足早に彼のベッドに駆け寄る。
また、拒絶されてしまうかも、と思いながらも彼に触れずにはいられなかった。ベッドに腰掛けたままのユーリを、両腕で抱き締める。ユーリは、身じろぎひとつせずに、じっと俺の中にいてくれた。ここ数日、いつも逃げられていただけにひどく嬉しかった。―いつもの彼に戻ってくれた―?
けれど喜びと裏腹に、何か違和感を感じる。
彼の両肩を緩く掴んで、その瞳を覗き込む。
「ユーリ?」
その表情に、はっとした。恐ろしいほどに静かな表情に。ユーリは小首を傾げたように、俺を見つめる。黒い学生服からうっすらと覗くその白い首筋に目を奪われてしまう。その迸る色香に。
「どうした?コンラッド」
そう尋ねる彼の声が、いつもより落ち着いていて、ひどく大人びた印象を受ける。
「一緒にロードワークに、行きませんか?」
ひどく狼狽しながらも、平静を装って尋ねた。
「ごめん、いい。少し一人にしてもらえないか?」
普段の彼よりも、大人びた口調に、またしても胸の動悸が激しくなる。一体、どうしたんだ?ユーリ?
けれど、儚げな大きな瞳で見つめられたら、頷くしかなかった。
「・・・・わかりました、ユーリ」
ミステリアスなユーリの仕草に、すっかり翻弄されてしまう。後ろ髪を引かれる想いで、ユーリの寝室を出た。
一体、どうしたっていうんですか。3日前から貴方は、俺を避けるようになった。そして、今日。落ち着き払った動作、感情を読み取れない瞳、可愛いというよりも美しいという形容がふさわしい貴方。
そんな貴方だって、俺は変わらず愛しくてなりません。ただ、どうしてそんなに急激に変化してしまったのか、それが不思議で仕方が無い。
いや、怖い。俺など必要にされなくなってしまいそうで。
*****
挙式まであと二日。
それなのに、ユーリは一体どうしてしまったんだろう?!
あの夕暮れ時に、彼が俺のことを避け始めてから、どんどんユーリの様子がおかしくなってきて・・・・。
その上、艶めかしく大人びてしまって。
お願い、ユーリ。俺を置いていかないで―。
もう俺は、すっかり余裕が無くなってしまった。
護衛中、偶然二人きりになった中庭で、彼をプラタナスの木に押し付けた。頭上からは、木漏れ日が遠慮がちに俺たちに降り注いでいた。
腰をかがめて、彼の甘い唇に接吻けた。プラタナスの葉擦れの音がカサカサと響く中、角度を変えて、何度も啄ばむように丁寧にキスをした。そのキスに想いを込めるように。
俺は、貴方のことが好きで堪りません。愛しています―。
「ん・・・っ」
唇の隙間から、彼の艶めいた声が漏れる。
久しぶりの彼とのキスは、とても甘い筈なのに―。なぜか気持ちが落ち着かない。
嫌な予感は、的中した。そっと唇を離したときに垣間見た彼の眼差しに、身体が硬直した。とても冷たい視線が、俺をじっと見つめていた。それも、俺を責めるでもなく、赦すでもないといった、恐ろしく綺麗な瞳だった。
「ユーリ・・・、すみません。いきなりこんなことして、嫌・・・でしたよね?」
「・・・・・」
何も語らず、俯いてしまう彼。俯くと、ふわりと優しい午後の陽射しが、黒く濡れた睫毛に繊細な影をつくり美しさが際立った。
けれど、その美しさは俺を突き放すように冷たかった。
彼に、拒絶されている―その事実が、胸を抉るように苦しかった。
それでも、俺は彼のことを愛している。
彼の足元に跪くと、手の甲に接吻けた。その左手の薬指には、婚約指輪が嵌められていなかった。その一刹那、心が折れそうになった。けれど、それでも―。
「俺は、貴方のことを愛しています。例え貴方の心が変わってしまっても、俺は変わらず貴方を、生涯をかけてお守りすると誓います」
依然として、俺を捉える彼の瞳は、氷のように美しかった。
*****
城外の偵察に行くため馬を出そうと、一人、厩舎に向かう。そこで、ユーリと同じ黒髪の少年の姿を見つけた。
「ウェラー卿、ちょっといいかい?」
ユーリの親友でもあり、この国の双黒の大賢者でもある少年に呼び止められた。
この方から呼び止められる時は、大抵何か、ある。
ひょっとしたら、俺の今一番知りたい情報かもしれない。
逸る気持ちを抑えられずに、尋ねた。少し声が尖ってしまった。
「ユーリのことですか?!」
彼の表情が硬くなった。今、ユーリに起きていることが、少し分かるかもしれない。彼のその表情を見て直感的に、そう思った。
「うん、そうだよ。ここ数日の渋谷は、おかしかっただろ?もしかしたら、僕の想像に過ぎないかもしれないんだけど・・・・」
猊下の回りくどい言い回しに、焦れたように先を促した。
「彼に何があったんですか?!どういうことですか?!」
彼は、ノーカンティの鼻面をそっと撫でながら、話し始めた。
「ここ数日、やけにユーリの言動が大人びた落ち着いたものだと思わないかい?」
思わず、緊張に全身が硬直する。何か、とてつもなく嫌な予感がした。手のひらに、嫌な汗が滲む。言葉を挟むことも出来ずに、じっと猊下の言葉を待つ。
「彼の立ち居振る舞いが全く変わってしまった。表情がころころ変わって子犬のようだった渋谷が、急にすっかり落ち着き払って、大人になったみたいだよね?」
彼は、意味深に眼鏡を光らせて、一呼吸を置いた。
背中を冷や汗が伝い落ちる。
その続きの言葉を聴くのが恐ろしくさえあった。
「渋谷有利の人格に、魔王の人格が混ざってきているのかもしれない―!!」
そんな言葉が、少しの間をおいて、ユーリの親友の口から告げられた。
大賢者のその声がいつまでも俺の頭の中で、響いていた。
*****
明日、挙式だっていうのに俺の前には、とてつもない試練が待ち受けていた。
俺の愛するユーリの人格が変わるなんて―!
それも、魔王の人格と一体化しつつあるなんて―!
けれど、どんな貴方であろうと、俺は貴方の一番側にいたい。例え、恐れ多い魔王の人格になってしまうのだとしても、それがユーリに起きた事実なら。
彼のその運命さえも、誰よりも近くで見守ってあげたい。支えてあげたい。その不安を拭い去ってあげたい。俺に出来ることなら何だってする覚悟はある。手でも胸でも命でも構わず差し出します。
彼の全てを、彼の光り輝く丸い命の灯火をこの手に受けたそのときから、その魂を、愛する運命だった。
―だけど、どうしても確かめないといけないことがある。
*****
書物庫の重厚な扉を勢いに任せて開ける。
ユーリは、王佐と史学の勉強に勤しんでいた。カツカツと、ブーツで石畳を踏み鳴らし、わき目も振らずユーリを目指す。
「ど、どうしたのですか、そんなに血相を変えて?!コンラート?!」
「すまない、ギュンター。ユーリに話がある」
ギュンターに断りを入れると、ユーリの元へたどり着く。漆黒のつぶらな瞳で、落ち着き払って俺を見上げるユーリ。その怜悧な眼差しに、一瞬、怯みそうになる。
「ユーリ、俺に付き合ってください」
それでも、負けじと徐に華奢な肢体を横抱きにした。彼の暖かい体温を胸に、確かな重みを腕に感じながら、書物庫を後にした。
姫君のように、ユーリを抱きかかえたまま向かうのは、俺の部屋。
高貴な姫のように凛とした表情のユーリを、部屋に誘う。
部屋に着くや否や、彼を俺のベッドに座らせる。王のベッドに比べたら幾分質素なそれは、彼のもたらす重みで、軋む。
相変わらず、麗しい顔をしかめるでもなく俺を見上げるユーリ。
―もう、貴方の心を隠さないで。俺に、貴方の本心を・・・・みせて?
「ユーリ、好きです―!」
愛を宣告してすぐに、彼をベッドに押し倒す。そのまま、強引に細い顎に手をかけて、柔らかい少年の唇を吸い上げる。
「ン・・・・っ・・・・はぁ・・・・・・・」
ユーリの口から、切ない吐息が漏れる。凛とした夏風のような彼の声が、鼻にかかったような甘ったるい声に変わるのは、壮絶に艶めかしい。余裕のなくなった俺は、ことらさに性急に彼を責め上げる。唇の隙間から、舌を付き入れ、彼のそれと絡ませる。十分に、甘い口付けを堪能したあとは、熱に浮かされたような綺麗な彼の顔を見つめる。
そっと学生服のボタンに手をかけて外すと、学生服の詰襟が左右に開かれる。そこには浮き立つような白い首筋が、櫻色に淡く色づいていた。
首筋に唇が触れるか触れないかの、繊細なキスを降らす。
彼は、くすぐったさと気持ちよさが綯い交ぜになったように、びくびくと身体を捩らせる。ぎゅっと、硬く瞑られた瞼に優しくキスをする。
浅い呼吸を繰り返すユーリを、頭を撫でながらじっと見つめる。
「ねぇ、ユーリ?今の貴方は、渋谷有利じゃないんですか?」
彼は些か、戸惑いの表情を見せた。
やはり―魔王の人格が混ざった状態なのだろうか?
どうしても、確かめなくてはいけない。
もし、ユーリが魔王の人格になるのだとしても、俺は彼の全てを受け入れるつもりだ。けれど、それはあくまで俺の一方的な気持ち。
結婚するに当たって、やはり―今の彼の正直な気持ちを優先したい。
「ユーリ、貴方の気持ちを教えてくれませんか?いいえ、魔王陛下、貴方の私への気持ちを―お教え下さい」
俺を見上げるのは―淀みのない瞳だった。
「わからない・・・俺は、そういうのはわからない・・・・」
素直に分からない・・・と。ぽつりと、彼はそう呟いた。
*****
夜明け前の薄明かりの中、眼が覚めた。
とうとう、この日がやってきた。
ユーリと永遠に結ばれる日が。
それなのに、―心が晴れない。
ほんの数日前に、今日の日をこんな気持ちで迎えるなんて想像も―しなかった。
その原因は、嫌になるくらい分かっていた。
ユーリの心が分からないままに、結婚しようとする後ろめたさがあるからだ。
心のわだかまりが、急激に膨らんでいく。
このまま―結婚してもいいのだろうか?
刹那、小さなノック音が聞こえ寝室の扉が開けられる。
「ユーリ!!」
思いもかけない姿に驚く。彼は、学生服に身を包み、扉のところで立っていた。
「コンラッド・・・・ちょっと話がある。―付いて来てくれないか?」
「―ユーリ・・・昨日の答えが出たのですね?」
緊張に、声が上ずる。
昨日、俺が彼に本当の気持ちを尋ねた。―今の彼―魔王の人格と重なりつつある彼―にとって俺が必要なのか、どうかを。
「あぁ、そうだ」
彼の威厳のある声が、部屋に染み込んでいった。
寝静まった血盟城の回廊に、二人の重い靴音が響く。小さな愛しい背中を見つめながら、その後を付いていく。
こんなにすぐ近くにいるのに、ユーリが遠い。消えてしまいそう。
たまらずに、細い腰を抱き寄せて、しなやかな身体を俺の胸に閉じ込めてしまいたい―!
けれど、出来ない―!
なぜ?彼に拒絶されている気がしたから。その細くも凛々しい後姿に。
想いのままに、抱きしめることもできない。
こんな二人が、結婚なんて―してもいいんだろうか?
いや、その答えはこれから、彼の口から直接聴かされる―。
彼は、俺を愛してくれている―そう信じて疑わなかった気持ちが揺れにゆれ、俺の心を戸惑わせる。俺たちを包み込む朝靄が、二人の関係を何もかも・・・隠して・・・消してしまいそうな、儚い予感がした。
ユーリは、中庭に俺を連れ出した。小鳥の囀りさえ聴こえない、静寂に包まれた庭に。日が昇る前の、少し肌寒い朝。朝露に濡れる草花の瑞々しい香りがたち込める。
「ごめん、コンラッド、俺・・・・・・やっぱり結婚できない」
長閑な朝に、心が抉れるような言葉が響いた。
鈴の音のように、清涼感のある彼の声が、決定的な言葉を告げた。
あまりのことに、言葉を失ってしまう。正常な思考がまるで働かない。
「ユーリ・・・・・、貴方がそう言うなら、私はただ―貴方に従うまでです」
思わず口をついて出てきたのは、そんな言葉だった。
俺たちを包む空気がざわめく。
凍りついたように、身じろぎひとつしないユーリ。
俺は、今、彼から拒絶された―そして、それを―受け入れてしまった・・・のか?
う・・・・そ・・・だ―!!
段々、思考が追いついて、彼の―結婚をやめたい―という言葉を理解した俺は、胸に燃え滾る熱い物が沸いた。正直、こんなに熱い物が俺の中にあったなんて、驚いた。彼の気持ちを優先させようと思っていたのに。彼が、俺と結婚したくないというなら、それに応じる心積もりだったのに―。
にわかに、きつく彼の両肩を掴み、彼を鋭く見つめる。
「―ごめんなさい、ユーリ―出来ません。結婚を取り消すなんて―無理です!」
「・・・・・・」
ユーリは、漆黒の瞳を瞬きもせずに俺を見上げていた。
絶対に、彼を離したくない!灼熱の想いに身が焦げそうに熱くなる。
「ユーリ!!貴方がどんなに迷惑だろうと、俺は貴方の事が愛しくてたまらないんです!もう、貴方なしでは生きていられない!―今日、俺と結婚して下さい」
それでも、ユーリの瞳は俺を拒絶していた。―貴方は、そこまで心を閉ざしてしまったのですか?俺が貴方の瞳に映ることは、もう・・・・ないのですか?
堪らず、本能の赴くままに、彼の細腰を抱き寄せた。俺の胸の中から逃れないように、きつく抱きしめた。この華奢な身体も、繊細な髪の毛も、温かい体温も、全部俺の中に閉じ込めた。誰にも―渡さない!
唐突に、胸の中で、ユーリが静かに囁きだした。いつもより、上品な声音だった。
「ごめん―無理だよ。コンラッドは、本当は、俺と結婚したくない筈だよ。よく考えてみて。俺と結婚するっていうのは、国王と同等の位置に立つんだよ。責任とか、耐えられないくらい重いし、風当たりだって、強くなるよ?コンラッドが、混血ということで嫌味な態度を取られたり、憂き目に遭うことがずっと―増えるよ?」
どんなことを言われたって、どんな目に遭ったって、彼を二度と離さない。
「ユーリ。貴方と結婚するためだったら、俺はどんな目に遭おうが厭いません。自分のプライドを傷つけられようが、誇りを踏みにじられようが、貴方の側にいられることを選びます―」
愛らしい形の彼の耳元で、囁いた。耳に俺の息がかかったのか、少しくすぐったそうに、彼は身を捩った。彼のか細い声が、反論を始めた。
「でも・・・・でも、コンラッド。正直に言うと、俺・・・怖いんだ。―コンラッドは・・・大シマロンで俺を裏切ったじゃないか。また、見捨てられるんじゃないかって。裏切られるんじゃないかって。不安が拭えない・・・・。あの冬景色の中で、俺を見捨てた凍て付く様な・・・コンラッドの顔が忘れられない・・・・」
緩く彼の両肩を掴む。ユーリの顔を覗きこむと、彼は視線を逸らすように、そっと目を伏せた。長い睫毛が、繊細な影を落とした。
やはり―貴方はあのときのトラウマが消せないんですね。
「ユーリ・・・・・、それが貴方の本心ですか?」
「ごめん。コンラッド、どうしてもあんたを信用できない。俺のことは諦めて」
鋭い眼差しが俺に刺さる。凛とした大人びた彼の声が、頑なに言い放った。
それでも、俺は、二度と貴方を失いたくない―!!
彼の瞳に溺れてしまうほどに、その深淵の濡れる瞳を見つめ続けた。
「ごめんなさい、ユーリ。例え貴方が俺に愛想を尽かしたとしても、俺のことが信じられないとしても・・・俺は二度と貴方を手離さない―!貴方が、何度俺のことを嫌いになろうと、その度にもう一度貴方に恋をしてもらえるような、そんな男になります。貴方の凍りついた心を俺が時間をかけて溶かしていきます―!」
彼のことが愛しくてたまらない気持ちが後から後からあふれ出て、どうしようもなく凄まじい告白をしてしまう。
「そんな・・・自分勝手な愛・・・・押し付けられても―」
ユーリの恐ろしいほどに綺麗な瞳に見つめ返された。咄嗟に、彼の両頬に手を添えると、甘く微笑みかけた。
「えぇ、私は元来、我がままな男です。おまけに独占欲の強い男です。愛した人は、どんなことがあっても手離さない―!」
彼の胸に、慈しみを持って、手を重ねた。
彼を瞳の中に閉じ込める。春の日に、二人でマリッジリングに刻んだ言葉を今一度、囁く。前半は、彼の魂を地球に届けたときの台詞。後半は、俺の決意。
「―自分の道をまっすぐ歩けるように、何者にも負けない強い輝きをもった者ー全ての者の太陽となりますように―いつまでも貴方を輝かせる、澄んだ青空になりますように―」
熱い想いを込めて、ユーリを見つめる。
「ユーリ!俺の側にいてください!太陽のない空は、ありません。どうか、いつまでも俺の側にいてください、ユーリ!」
とめどなく流れ出す熱い気持ちを、言葉にして叫んだ。東から、日が昇り始め、可憐に小鳥がさえずり始めた。
けれど、彼の瞳は、凍て付くような冷たい眼差しだった。まったく生命の息吹を感じさせない―無機質な瞳。
先程まで、反論していた彼は、にわかに力なく俺の身体にしなだれかかってきた。まるで、操られていた糸が途切れてしまった人形のように。
「ユーリ?!」
どれだけ、肩を揺さぶっても、眉一つ動かすことのないユーリ。瞳は、不自然に見開かれたまま。
なにか・・・おかしい―!
激しく胸がざわめいた。
慌てて、彼の心臓に耳を当ててみる。
―?! 拍動を感じない―!そのくせ、口からは僅かに呼吸を繰り返している・・・!!
人ではない―!今俺の抱きしめているユーリにそっくりの彼は、人ではない―!
そう悟ったとき、胸の中の彼が、消え入りそうな小さな声で話しはじめた。
「俺は、ただの人形・・・・。渋谷有利の心の欠片を埋め込まれた、ただの人形です―短い間だったけど、貴方に愛されて幸せでした」
漆黒の瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼされた時。
彼の身体が七色の光に包まれた。見る間に、彼は空気に溶けて消え去った。
―まるで、初めから何もなかったかのように。
一体、誰がこんなことを?!
なんのために?!
「ほらみなさい!ウェラー卿の陛下への愛は清く深いものなのです!おかげで、私の作った魔道装置『雪の陛下人形』は、彼の愛ですっかり、昇天したのですっ!」
静かな中庭に、声高らかに響く聞き覚えのある声。
後ろを振り返ると、そこには艶やかな赤毛をひとつに束ねた、フォンカーベルニコフ卿と・・・・・意外な人物がそこにいた。金髪に翡翠色の瞳、胸をそらしたようなツンとした佇まいの渋い男―ヴォルフラムの叔父だった。
「フォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナ?!なぜ貴方がこんなところに?!」
「申し訳ない―!!」
唐突に、ヴァルトラーナが勢いよく頭を下げた。彼は、きっちり斜め45度に上体を前屈させていた。
続けざまに、アニシナが、声を荒げて、事のなりゆきを説明した。
「まったく!男というものは、本当にどうしようもない生き物です!ウェラー卿の陛下への愛を信じられない、とヴァルトラーナは喚きだし、私に貴方を試すような魔道装置を作れといったのです!私は、あっさりと承諾いたしました。貴方が陛下を見捨てるわけがありませんからね!ヴァルトラーナは、そんなことを言い出した自分を恥じればいいと思ったのです!」
勝気な表情で、ヴァルトラーナを見遣るアニシナ。
「それみたことですか、ヴァルトラーナ!今回私の作った魔道装置は傑作中の傑作THEマスターピース『陛下の雪人形』は、陛下そっくりな麗しい外見と、それとは裏腹に頑なに愛する者を拒絶する心―氷の心をもつ人形だったのですっ!そんじょそこらの愛では、この人形を前にした心は打ちひしがれてしまったでしょう。それも、陛下の過去の想い出を絶妙に心に塗りこめて、リアルさを追求した人形だったのですから!さすがは、ウェラー卿です。どんなに拒絶されようと一途に彼を愛する姿は、凍りつく雪人形の心をも溶かしてしまったのです!あぁ、なんと尊き愛でしょう!」
アニシナに酷く侮辱されたと感じたのか、ヴァルトラーナは唇を噛み締めて、俺を睨む。
「そもそも、ウェラー卿がいけないのだ。私の可愛い甥から婚約者を奪ったのだから!その上、大シマロンで陛下に謀反を起こしているそうじゃないか?!そんな彼を王と結婚させて、眞魔国の未来は大丈夫なのか?!そう思うほうが、普通ではないかっ?!」
その時だった。頭上に渦巻く暗黒の雲が立ち籠めて、稲妻が盛大に光る。続け様に地響きをするような轟音が大気を震わせた。
すさまじい風が吹き荒れて、思わず顔を顰めた。
その中に、浮き上がる黒いシルエット。
風の真っ只中に凛と佇む、漆黒の美青年。
―魔王陛下光臨だった。
「ヴァルトラーナ!お前は我々の婚儀の邪魔をした不敬罪に当たる。けれど、余も鬼ではない。本日は結婚式、特別に恩赦を行使する。アニシナも、また然りだ。己の行動を省みるがよい!」
『正義』の文字が中庭の噴水の水で、宙に描かれる。
威厳のある声で、言い放つ魔王に、両者が平伏す。
「これにて、一件落着!!―と言いたいところだが・・・・」
彼は、神々しい光を纏って徐に俺に近づいてくる。
「コンラート殿・・・すまない。今一番、傷ついているのは、―そなたであろう」
彼は、いつものユーリより睫毛が長く、背が高い。おまけにしなやかな筋肉のついた美青年の彼が、俺を胸に抱き寄せた。いつもと、逆の立場にドギマギしてしまう。
涼やかな低い声が鼓膜を震わす。
「ユーリへの愛を試すようなことをされ、ユーリそっくりの傀儡にその愛を拒絶され、さぞかし心苦しかったであろう、コンラート殿」
彼は、俺の頬に手を添えて、漆黒の濡れる瞳を優しく細めた。魔王にこの表現は、不適切なのかもしれないが、ひどく慈愛に満ちた瞳だった。
「コンラート殿。この機会なので、余の気持ちをお伝えしてもいいだろうか。―私も、ユーリ同様に、そなたのことを―憎からず想っておる。―私も、またユーリなのだから・・・そなたとの婚姻の契り―光栄に想う」
それだけ言い残すと、意識を失った彼は俺の胸に崩れた。長く伸びていた髪や、四肢は、見る間にいつものユーリの長さに収まっていく。
にわかに、アニシナの甲高い声があがる。
「コンラート!!貴方は、魔王様にまで惚れられていたのですね!私は世紀の愛を垣間見ました!貴方がたは、本当に深い愛で結ばれておられるのですね!眞魔国の叙事詩として纏め上げなくてはならいほどです!」
彼女は、息巻きながら颯爽と庭を後にした。ヴァルトラーナは、もう一度深く最敬礼をして俺達の前から退去した。
頭上を覆っていた暗雲は、速やかに流れ去った。
辺りはすっかり日が昇っていた。そこには胸に染み込むような、透明感のある初夏の空が広がっていた。
俺は、胸の中の愛しいユーリを見つめた。
とても、愛らしい少年の寝顔だった。
まさか、魔王から愛の告白を受けるとは―でも、それはユーリが持つ、全てから愛されているようで、とても幸せな気持ちになった。
第七話② =完了
あとがき★
村田は、とんだ間違いをウェラー卿に吹き込んだことになってしまった(汗
コンラッドが、『血盟城の中心で愛を叫ぶ』なお話でした^^;
上様×コンチックな描写がちらりと出てきましたが、どうでしたか?苦手な方すみません。管理人は、結構好きです^^;えっジブンデイウ?
少しでも、楽しんでいただけたら、ウェブ拍手押してもらえたら、感涙です^^;)
次は、挙式編です。
PR
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