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「村田、おれさぁ、もっと身体絞りたいんだよね。そうしたら、脚が早くなってイチローみたいに塁とかじゃんじゃん盗んじゃうわけ」
「あはは……渋谷は、ダイエットしたいんだねー」
「よく聞けよ、村田。ダイエットとかそういう問題じゃなくて、盗塁のために身体を絞りたいと――」
「でも、絞りたいならダイエットでしょ、やっぱり」
「ま、まぁな」
こんな二人の会話を、柱の影からただならぬ様子で見守る女が居た。
燃えるように赤い髪の女は、空色の瞳をきらきらさせながら、ぶつぶつと呟いた。
「はて、『だいえっと』とは聞きなれぬ言葉ですね。実に、興味深い。どうやら、陛下は『だいえっと』、とやらをして、手が早くなってイチコロに恋を盗みたいようですね!ふん、任せなさい。このアニシナが、必ずや陛下の願いに沿う発明をして差し上げましょう!」
彼女は、伝言ゲームもびっくりな恐ろしい聞き間違いをしていた。
******
「あら、陛下ー? こんなところにいらしたのですか? 探しましたよ」
「へ?」
珍しいというか、できることならあまり聴きたくない……とまで言っては失礼だが、意気揚々とした女の声に、上半身を起こした。
スタツアをしたら、ちょうどコンラッドは、城下町の見廻りに出ていた。キャッチボール相手のいないおれは、ひとりで中庭に寝転がっていたわけだけど。
う……出た、赤い悪魔。
予想通り、その声の主は、泣く子も黙るマッドサイエンティスト、アニシナ女史だった。
「執務をさぼって、中庭でお昼寝とは、これだから男というものは……と、まぁ、今日はいいでしょう。女性の地位向上について、懇切丁寧にお説教するつもりはありませんからね。なぜなら、今日は、陛下のために『だいえっと』薬を発明してきたのですよ」
「ひ?」
さぼっていたのではなく、執務の休憩中に庭で休んでいたのだ、という言い訳も吹き飛んだ。『発明して参りました』……彼女の口から一番聴きたくないそのセリフが飛び出したのだから。『もにたぁ』もすっ飛ばして、いきなり実弾ですかっ。
脊髄反射で立ち上がると、わき目も振らず、駆け出そうとした。
けれど、そのとき足に何かが躓いて、気がつくとおれは湿った芝生へと派手に飛び込んでいた。
「痛ってーっ!」
たまらず叫んで、アニシナを振り仰いだ。驚いたことに、おれがつまづいたのは、彼女の脚だったらしい。アニシナは、右足だけわざと前に出していて、おれを引っ掛けたらしい。
「ちょっと、あんまりだよ、アニシナさんっ。おれ、これでも一応王様だったり……う」
アニシナの不敵な笑顔に見下ろされ、語尾が消え入るように小さくなってしまう。
「あんまりなのは、陛下のほうですよ。人の話も聞かず、いきなり逃げ出すなんて、フォンボルテール卿といいあなたといい、この国の男というものは、これだからいけないのです。情けない」
彼女は小柄なのに、その堂々たる態度は、威圧的だ。おかげで、こちらは、どんどん萎縮してしまう。さながら女王様と下僕だ。って、うわ、最低な例えだ。
「すみません……」
「まぁ、いいでしょう、陛下。さぁ、気を取り直して、この薬……じゃんじゃじゃーん! ときめきだいえっとだいさくせーん!! これで、彼もイチコロよっ、恋をじゃんじゃん盗んじゃおう! をお飲みください。さぁ、早く。さぁ、さぁ、さぁ!!」
「う、うひっ…うぐ、うぐ、うぐぅぅ…っ!」
アニシナさんのどSー!と叫ぶこともままならなかった。おれは、明らかに怪しい名前の付けられた薬を強引に嚥下(えんげ)させられた。妙に甘ったるい味のくせに、時折吐きそうなくらい苦味が広がる。そんな強烈な液体が、うっかり気管支にまで入り、思わず噎せてしまう。ちなみに強引に口に含まされたために、液体の色は不明だったりする。
「ぐぅおほっ…、うぅ、アニシナさん……」
小動物のように、涙のいっぱい溜まった瞳で彼女を見上げた。せめてもの反抗に、恨みがましい瞳で見つめてみた。無駄な抵抗だけど。
「まぁ、陛下。泣くほど嬉しいのですね、私の実験薬を飲めて。実験冥利に付きますね。」
ほら、やっぱり……無駄な抵抗だった。勝ち誇った顔のアニシナさんを、弱々しく見つめた。
「なお、陛下? この薬は、惚れ薬のようなものですので。薬を飲んだあなたを見た者は、皆あなたにイチコロになってしまいますので。それも、『手が早く』なりますから。これから、陛下は誰彼に口説かれて追い立てられて、ゆっくり食事も取れないでしょう。それで、痩せることができるという画期的メカニズムです」
「画期的?! あぁ、本当にまさに画期的だよっ!!」
もうやけくそになって、叫ぶしかない。服用した後なんだから、泣いても喚いてももはや手遅れだ。
「なお、陛下。この薬は、男性に対してのみ効果を発揮しますので、陛下に言い寄ってくるのは男のみということになります。それでは、失礼しました。おはっ、おははははっ!」
アニシナさん……どうして、男にのみ効果が発揮される、なんて制約つけたんですかー。アニシナさんの独特な笑い声を聞きながら、心の中で叫んでいた。
******
アニシナ女史が立ち去って、間もなくだった。遠巻きにおれを護衛してくれていたらしい兵士二人組みが、突進してきた。
「陛下ーっ! すみません、申し訳ございませんっ! 陛下の御姿をもっと近くで拝見したくてたまらないのですーっ!! そして、あわよくば……っ」
「某も全くもって、同意でありますーっ、陛下ーっ、ああ、陛下ーっ!」
「いやぁぁーっ!! 兵士の皆さん、ギュンター化しないで下さいーっ!!」
今にもおれにタックルしてきそうな鎧を纏った頑健な二人組。彼らから、おれは死にものぐるいで逃げることになった。軍人の足のなんたる早いこと。痩せる!間違いなくこれは……痩せる!
「アニシナさーん! このダイエット法は、ほんと、画期的だよーっ!!」
『ときめきだいえっと』恐るべし。おれは息を切らし、泣き叫びながら、火事場の馬鹿力でもって、木製の扉をえいやっと押し開き、城内に突進した。
屈強な兵士達は、重い鎧が仇となり、扉の前で互いにぶつかって倒れてしまった。
これ幸いと、どんどん廊下を走り抜けて、突き当たりの厨房に向かう。厨房なら、女性しかいないはずだ。アニシナさんの薬は、女性には効果がないようだから、これで一安心だ。
「へっ、グウェンダル? どうしてこんなところに?」
ギクッとした。普段はメイドが食事を作るためにしかいない厨房に、なぜか魔族三人兄弟の長男がいたのだ。
けれど、肩で呼吸をしながら、なんとか冷静に考えようとした。大丈夫、グウェンダルに限って、ギュンター化するはずはない。落ち着け、おれ。
「何やら、騒がしいな……っ」
お玉を片手にこちらを振り返ったグウェンダルは、おれと目があった瞬間に、お玉を手から滑り落とした。なんとなく、嫌な予感がする。
「ユーリ……っ!!」
「は、はいっ!」
彼が、いきなり、名前呼びなんて珍しい。さっそくアニシナさんの実験薬の影響がでているのだろうか。重低音で名前を叫ばれたものだから、びっくりして反射的に返事をしてしまう。
「今、そちらへ行く」
小さくそう呟くと、足早にこちらへと向かってくる。
鍋の前にいた彼は、素早くおれのところまでくると、いきなりおれを抱きしめた。
「可哀想に、こんなに震えて、怖い目に遭ったのか? 大丈夫だ、おれが庇護してやるから」
「えっ? 震えてるっていうか、走りすぎて息が荒いだけで…ひ、庇護っ? おれ、猫ちゃんとかじゃないんだけど…?!」
「そうだな……猫より可愛い」
「へっ?!」
やばい、これ完全にアニシナさん薬のせいだろ?
ありえないセリフ(もしかしたら兄弟でも次男あたりが使いそうなセリフ?)をぼそっと呟くと、熱っぽい瞳でおれを覗いた。長い濃灰色の前髪の隙間から、青い瞳がいつになく甘く潤む。
「ユーリ……お前を見ていると目が離せないな。どうして今まで気付かなかったのだろうな。こんなに愛らしいのに。参った……私は、お前に惚れていたみたいだ」
切ない声は、とても低く、耳元で囁かれる。
な、なんでしょう、この展開はっ。ギュンター化するより、まずい。なんで、なんでおれ、こんなに口説かれてるんですかー?!
「おおお、落ち着いてっ、落ち着いてっ、グウェンダルっ。これは、アニシナさんの薬のせいだから! 俺がよく見えるのは錯覚だからっ!」
「ア、アニシナの薬、だと? なるほど……そういうことか……」
相変わらず、柔らかく甘い表情のグウェンダルに驚きを隠せない。こんな優しげで甘い表情をするのだと、呆然と見つめてしまう。けれど、彼の両肩を揺さぶりながら、彼女―― 偉大なるアニシナ女史―― の名前を出したら、一瞬、理性を取り戻したようだった。
しかし、彼の理性が戻りかけたのも束の間だった。
「そうだと訊いてもなお、お前が愛しい……」
「ちょ、ちょっとっ……!」
顔から火が出そうなセリフを、絶対に言いそうにない人から言われてしまう。ギャップ萌する女子達が、卒倒しそうな勢いだ。
おまけに、長い節だった指がゆっくりとおれの髪を梳いていく。眩しそうに見つめられたりしながら。すっかり猫可愛がりをされてしまった。
「髪、撫でると気持ちいいのか」
なんて、腰に響くハスキーな低音が、耳元で擽るように囁かれる。それも、聞いたことのないような甘い声で。普段は、硬く堅実な声で、おれを叱責するのに。いきなりこんな正反対の声で責められると、妙に恥ずかしくて、おまけに耳に息がかかってくすぐったい。
「ぐ、ぐ、グウェンダル…耳、で囁くなってっ……! だ、からっ、早く目を覚ましてっ!」
必死に逃げようとするのに、逞しく長い腕で体を抱き込まれていてびくともしない。相変わらず、優しく髪の毛を撫で撫でしてくるし。
「ユーリ、耳がいいのか?」
「だからーっ、そんなアダルティーな低い声でえろいこと言うなってーっ!!」
「……可愛いな。今日は、一晩中抱きしめていてもいいか?」
いいわけないーっ! ここ、厨房ですよ? マチャアキはいないけど。
どうにもこうにも、アニシナさんの薬の効果は、切れそうにない。放っておいたら、大変なことになりそうだ。
ここは、一つあの作戦でいこう。
「あ、あんなところに可愛い猫ちゃんがっ、ああっ、なんとーっ、子猫ちゃんもっ!!」
グウェンダルの後ろを指差し、大声で叫ぶ。猫ちゃんアピール作戦だ。おまけに子猫もつけておいた。
「何っ?! 親子揃ってだとっ?!」
保険として、子猫まで付けておいたのが功を奏したらしい。
わずかに緩んだ腕の隙間から、滑るようにして抜け出すと、厨房を飛び出した。猛ダッシュで、石畳の螺旋階段を駆けていく。やったね、走るのが早くなったよ、おれっ! さすが、アニシナさんだねっ!(心の底から沸き上がる疑問には、気づかないふりをして……と)
こうなったら、誰にも会わないように自室に閉じこもっていよう!
続きます。
★あとがき★
陛下がとにかく口説かれまくってほしいという煩悩のもとに書きました。リクも戴いたので、それになるべくそうようにしたのですが…コンユベースだとコンラッド以外の人がユーリに手を出し切れなくなってしまうジレンマがあります^^;
締めはコンユなので、いろいろな調整に悩みます…あんまりほかの人にドキドキしすぎると浮気ぽく見えちゃうので^^;
久しぶりですが、なんとか更新しました。続きも、なるべく早くがんばりますっ!
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