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『仰げば尊し』が歌われる中、おれは今にも泣きそうになっていた。
教師をして、生徒の卒業を見守るのは初めてだった。それが、こんなにも感慨深いものだとは知らなかった。
泣くのを男の意地で堪えて、生徒のほうを見つめた。
「あ……」
生徒の一人と目が合った。とりわけ人目を引く長身の彼と。式の最中に余所見なんてしてちゃだめだろ、といいそうになる自分がおかしいのに少しも
笑えない。そんな些細なことが、切ない。もう、彼に注意することさえ、いや目が合うことすらなくなるのだから。卒業してしまったら。
彼は、コンラッド・ウェラー。外国人の彼は、両親の仕事の都合で高校3年生から、おれのクラスに転入してきた。
外国人で美形の上に、甘い顔立ちのせいで、彼は、女子生徒に取り囲まれて、いつも気だるそうにしていた。授業をさぼって、屋上に行ってばかりの彼を何回説教したか数え切れない。
いつもつまらなそうにしているのは、きっと言葉が不自由しているに違いないと思い、休み時間は彼を強制連行して、日本語を教えていた。彼の祖国は、ドイツで父もドイツ人だが、母がアメリカ人のために英語も流暢なのが幸いだった。このときばかりは、自分が英語教師でよかったと思った。いや、彼がドイツ語しか話せなかったとしても、きっと無理やり日本語を教えていたかな。強引な自分に、少し苦笑する。
そのおかげかは分からない。けれど、初めは何か暗い蔭を纏うようなところがあった彼も、次第に優しい表情をするようになっておれは、とても嬉しかった。
綺麗な薄茶の瞳に、にっこりと笑い返すと彼はまた前を向いた。
教室に戻ると、おれは生徒一人ひとりを見つめた。
そして、最後に生徒への餞(はなむけ)に、ありったけの想いを語っていたら、涙が止まらなかった。
「だからっ……挫けそうになったら、止まったっていいから……ゆっくり、大切に自分の人生を、歩んで……」
「先生にそんなに泣かれたら、心配になって卒業できないよ」
言葉に詰まるおれをフォローするように、コンラッドが言うと、クラスに優しい笑いが広がった。
「うん、そうだな。ごめんな、コンラッド。おれは、みんなが人生を楽しんでくれることを願っているから、……元気でいってらっしゃい!」
******
誰も居なくなった教室は、その空気はまだ暖かくて、ただの休み時間の空き教室みたいだった。少ししたら、みんなが戻ってきてくれるような……そんな温度を感じた。
けれど、もうそれは二度とない。それぞれが、自分の夢へと元気に出発していったのだから。
誇らしいような寂しいような、複雑な気持ちのままで、窓の外を眺めた。
櫻の蕾は、今にも花開きそうに、たおやかに膨らんでいた。花だけは、毎年春になると咲き続けて、ここにくる生徒たちを迎えてくれる。なんだか、教師はそれに似ているな、と思った。生徒達を、暖かく見送り、優しく迎える。おれは、暖かく生徒を見送れただろうか。
そのとき、なぜか脳裏にはコンラッドの姿が浮かんだ。卒業式のとき、おれと目が合った、あの薄茶の瞳……。彼もまた、彼の人生へと歩んで行った。最後の最後に、泣いて言葉に詰まるおれを援護してくれた。暖かく見送るどころか、おれが励まされてるな。
「先生……泣いてるの?」
「え、えっ?」
唐突に響く声に、我に返る。開けたままのドアを振り向くと、コンラッドがそこにいた。もう二度と現れないと思っていた生徒が、ここに戻ると安堵感と共に、言い知れない喜びが溢れてしまう。ここまでの気持ちになる自分が、わからなくて不安にすらなる。
「嘘、おれ、泣いてるか?」
気持ちを紛らわすように、明るくそういうと、頬に手を触れてみる。
「うわ……ほんとだ。また泣いてるところを見られたな。でも、なんでだろう。コンラッドがここに戻ってきてくれて、すごく嬉しいよ。あれ、変だよな。教師は生徒を潔く見送ってやらないといけないのにな?」
また、涙が溢れてくるので、せめて顔を見られまいと窓の外を見た。
「別に。変じゃないよ。俺は、また先生が泣いてるんじゃないかって心配になって来ただけだから」
そういいながら、彼はゆっくりと近づいてくる。年下の癖に、おれよりずっと背の高い彼は、屈むようにしておれの正面を悪戯に覗きこんできた。
けれど、ふいにその瞳に銀の虹彩が甘く散った。
「やっぱり、泣いてたんだ。先生、俺、どこにも行かないから」
「こん、ラッド?」
その意味を考えあぐねていると、長く綺麗な指先は、おれの頬を伝う涙を拭った。
「先生が泣いていたのは、何で? 俺がいなくなって寂しかった……とかだったらいいな」
その指先は、そっと唇に触れてくる。その指を掴むと、戸惑いながら返事する。
「こ、こら……あまり大人をからかうんじゃないぞ」
「何で? 先生は、俺がいなくなっても寂しくない?」
おれを覗き込む瞳が、頼りなく揺れて、急に幼い少年のようにみえてしまう。だから、つい本音を言ってしまった。
「かなり寂しいよ……」
「……」
「あっ、ご、ごめんな。そんなこと言ったら、気持ちよく卒業できないか」
息を詰めたように、おれを見つめてくるコンラッドから、ふと視線を逸らした。
「先生、俺を見てよ」
言葉通りの意味に捉えて、顔を正面に戻そうとしたとき―― 。
「俺だけを見て……。ずっと先生の側にいさせて―― 」
唐突に、ブレザーの制服に包まれた。同時に、低くて柔らかい声が耳元に響いた。
あまりにも甘い声に、動悸が早くなってしまう。
「こ、コンラッド……?」
「ずっと好きだったんだ……恋人にして下さい」
熱っぽくて、掠れた声が教室に響いた。今にも泣きそうな声に思えて、たまらずコンラッドの背に手を回した。
けれど、正直、彼に恋をしているのか、まだはっきりと自覚できていなかった。
「ごめん、コンラッド……好き、とかそういうのまだよく分からなくて……」
彼に回す手の力を強めた。
「だけど、確かにおれはコンラッドと一緒にいたいと思うんだ……そんな弱い答えじゃ、駄目かな?」
ゆっくりとコンラッドの手がおれの肩に触れ、少し身体が離されると、真摯な眼差しがあった。真剣味を帯びると、いっそう瞳の虹彩が、眩く散った。
「少しも弱くなんてないです。それどころか、俺の気持ちを正直に受け止めてくれようとしてる……優しいな。俺、そういうところが大好きなんだ。俺が、言葉に困ってたときも、先生だけがそのことにまっすぐに対処してくれたから……すごく救われた。ありがとう、やっぱり大好きだよ」
「ば、ばか……そんなに愛の告白を大安売りしたら、駄目だろっ」
「全然、言い足りないくらいです。でも、先生? 俺のわがまま、聞いてくれる? 必ず貴方を振り向かせたいから……貴方を守れる男になるまで、ずっと側にいさせて」
「も、もう、わかったから……わかりましたから……これ以上、口説かないでください……」
おれは、とんでもない男に惚れられたのかもしれない。こんな、今にも櫻が開花してしまいそうな甘くて暖かい言葉を囁くような、ついさっきまで高校生だった男に。これほど若くして、こんなに甘い言葉を囁けるなんて、末恐ろしいではないか。
「はい。じゃあ、もう一つだけわがまま言ってもいい?」
外国人らしく、肩を竦めて見せると、悪戯な顔で覗き込んできた。
「これからは、名前で呼ばせてほしいな」
「あ、ああ、全然いいよ。むしろ、嬉しいかな」
どんなことを言われるのかと思っていたら、とても可愛らしくて少しはにかんでしまう。けれど、微笑ましい気持ちになったのも束の間だった。
「笑った顔も可愛いね、ユーリ」
そう告げるコンラッドの顔は、ひどく大人びていた。ゾクリと皮膚が粟立つくらいに、綺麗で甘い笑顔だった。そんな笑顔と一緒に、甘い声で名前を呼ばれるだけで、逃げ出したくなった。あまりにも間抜けな顔をしているであろう自分を、見られないために。これでも、おれは、さきほどまで彼の教師だったのだ。
少しでも、彼を可愛いなんて思った自分が甘かった。
少しばかりの抵抗で、コンラッドから視線を逸らして、窓の外を見た。
そこには、相変わらず櫻が見える。いつだって、生徒を暖かく迎え、見送る櫻。
見送る櫻、か―― やっぱり、コンラッドを優しく見送るなんて出来ないな。
「こら、あまりからかうなって……でもさ、やっぱりおれは、コンラッドの側にずっといたいから。見送ることができないんだ、教師失格だな」
外では、たおやかな櫻の蕾が、甘く風に揺れていた。
「そんなことない。だって、もう先生じゃない。恋人候補だから」
優しく瞳を細めて、おれを見つめるその所作に、胸のざわめきがますます広がっていく。
この調子では、櫻の花が咲くまで、もちそうもない。
櫻の花が咲くまでに、恋人になるに違いない。
★あとがき★
どうしても、先生ユーリが生徒コンラッドに口説かれちゃうのが書きたくて。しかも、コンラッドは高校生なので、いつもよりややくだけた少年ぽい感じにしたかった……でも、難しかった。
というか、ここまで違うともはやコンユじゃないかもなので、いろいろごめんなさい><;
ああ、でもこの設定でエロも書きたいかも、と魔が差した。
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