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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2010/05/07 (Fri)                  一年目の浮気?(2)
「うーん、隊長も罪な男ですね」

「うわっ、よ、ヨザック!びっくりしたっ」

「あらいやだ、坊っちゃん。今は、グリエよ! よく似合うでしょ? このドレス」

 体格のいいヨザックは、舞踏会仕様に鮮やかな青いドレスに身を包み、しなを作った。タイトな衣装の裾には大胆なスリットが入っていて、逞しい大腿部が、無遠慮にむき出しになっている。思わず、苦笑いしてしまうおれに、ヨザックは悪戯な猫みたいな瞳で笑った。

「妬いちゃいますよねぇ、坊っちゃん。あんな綺麗なお姉ちゃんが隊長の横にいたら」

「グリエちゃん? もしかして……さっきのおれの恥ずかしい独り言を聞いちゃった?」

 顔を真っ赤にして恐る恐る聞くおれに、グリエちゃんの人のいい笑顔が返ってきた。

「ばっちり、聞いちゃったわ。それに、坊っちゃんと隊長がいい関係になって一年、ここ数日、少し倦怠期気味なのも知ってまーす」

「な、な、な何で!?」

 おれとコンラッドが恋人同士ということは、伏せていたのに……?!しかも、付き合って一年とか、(アニシナさんの装置による)ここ数日の気まずい関係までばれているなんて流石、魔王お抱えの諜報員? じゃなくてっ。

 慌てて取り乱すおれの唇に、ヨザックが唐突に人差し指を押しあててきた。

 そのまま、玉座に座るおれの耳元にまで唇を寄せて、楽しそうな声で囁いた。

「しーっ、そんな大声出したら尾行に失敗しますよ」

「は? 尾行?」

「そうですよぉ、尾行です。いいんですか? 坊っちゃん、隊長の隣の美女……彼女は多分ウィンコット領の有力な貴族の令嬢さんだ。放っておくと隊長との縁談がトントン拍子にまとまりそうなお相手ですよ」

「待ってよ、それは恋人としては放っておけない情報だけどさ、それで何で尾行する必要があるんだ?」 

 ヨザックの人差し指を押しやって、純粋に疑問をぶつける。すると、ヨザックは大広間の方に、大げさに視線を投げる。

「だって、ほらぁ。隊長が美女と二人で城内デートに行くみたいですよ?」

「ええ?!」

 おれは、すっ頓狂な声をあげて、慌ててグリエちゃんの視線の先を追い掛ける。
 そこには、大広間にいる貴族たちに紛れて、奥の扉へと突き進む二人の姿があった。

「なっ?! コンラ――!!」

 どんどん小さくなっていく二人の後ろ姿に、堪らず叫びかけた。けれど、思わず叫びかけたおれの口は、唐突に、ヨザックの剣だこのある大きな手のひらに塞がれる。そのせいで、おれの口からは、もがもが、と声にならない音が漏れるだけだった。

「静かに。ここで叫んだら隊長に尾行がばれますよ? いいですか? ここはお庭番グリエに従って下さい」

 ひそひそ声でおれに話ながらも、彼の涼しげな碧い瞳は悪戯に煌めいている。

「グリエちゃん? まさか、楽しんでない?」

 はは、まっさか~、と茶化したように笑うと、彼は、逞しい腕で、強引におれを玉座から引っ張りあげた。そのまま、腕を捕まれたまま二、三歩引っ張られたかと思うと、突然腕を離された。気付くとおれは、玉座の後ろの床に転がされていた。

「さぁ、坊っちゃん。ここなら死角ですから、おれに全てを任せて下さい」

  そう言うと、ヨザックはおれの上に馬乗りになって、制服の詰襟のボタンを外し始める。高い天井に煌めく豪華なシャンデリアのせいで、ヨザックの表情が逆光になってよく見えない。それが、妙に不安を煽る。

「ちょっと?! ヨザック? やめて、ストップ、ストップー!」

******

 ひんやりと涼しい夜気に包まれながら、おれは諜報活動をしていた。つまり、グリエちゃんのあらゆる指揮の下、恋人を尾行していた。

「それにしても、グリエちゃん。いくら何でも、さっきのはやりすぎだよ」

「しっ、まずは形から……が基本ですよ。よくお似合いよん、陛下」

 何だかうまく誤魔化されたような気がする。おれは、ヨザックの指導?のもと、ひらひらしたドレスに着替え(させられ)、かつらまでつけ(させられ)ていた。

 けれど、軍人の恋人を尾行なんてするのは初めてだ。だから、お庭番グリエちゃんの助けがないと、恋人の尾行なんて到底できない。いや、尾行なんて卑怯な手段だと思う。けれど、どうしてもアニシナさんの装置でみたあの映像が頭にちらついて離れない。まさか、コンラッドが浮気するなんて信じたくない。けれど、アニシナさんの装置は、『未来』を見せる物だから……気にならないわけがない。

 あの映像(思い出したくもないけど、コンラッドがあの綺麗な人とキスをした)がどういうことなのか、突き止めたい。

 それにしても、先ほどから、足元にまとわり付くひらひらした布は、邪魔にしか思えない。

 その時だ。女の人の甘くて綺麗な声が聞こえて、おれは現実に引き戻された。途端におれの心拍数は、跳ね上がる。おれは、張り詰めたように静かな庭の木陰から、息をのんで聞き耳を立てた。

「あなたと、一度きちんとお話したいと思っておりました。お噂通り、とても素敵な方ね。今度、是非一度、私の両親に会いにいらして?」

 噴水の淡い照明に照らされる彼女の横顔は、はっとするほど綺麗だ。そのうえ、その表情は、どこか甘い感じがする。

 その顔で、そのセリフ……。ちょっと待てよ、それって控えめな逆プロポーズ?とも受け取れるぞ。

 動揺するおれに、さらにドキッとする絵が飛び込んできた――華奢な女の人の手を握り、爽やかに微笑み返すコンラッドの姿だった。

 とても、優しくて温かい笑顔だ。恋人になって、一年ほどにもなると、その笑顔が社交辞令によるものか、そうでないものかはよくわかった。それだけに、月光に映えるその綺麗なコンラッドの笑顔は、胸の深いところを抉った。恋人として、放っておくことなどできそうもない表情だ。

 気分が落ち着かなくて、そわそわするのに、月明かりと噴水の淡い光に照らされて佇む二人から目が逸らせない。見れば見るほど、二人は綺麗でお似合いだ。

 ドクン、ドクン、と鼓動が煩く頭で響く。頭が痛い。初夏の冷たい夜風に晒されているのに、頭はどんどん熱くなっていく。それなのに、冷や汗が滲む。喉が乾いて、カラカラになっていく。

 自律神経が乱れたようなおれに、さらに追い討ちをかける出来事が起こった。
 静寂に包まれた優しい夜に、ふわりと甘い声が響いた。それは、とてもよく聞き馴れた恋人の声だった。

「ええ、近いうちに必ずお伺いさせていただきます」 

 彼の言い方は、とても真摯で、その場凌ぎの発言には到底思えなかった。コンラッドが、彼女に……惹かれてる?脳裏に、絶望的な考えが浮かんだ。

 テレビの電源がプッツンと消えるように、目の前に白い閃光が走った。遠くで、坊っちゃん、と呼ぶヨザックの声が聞こえた気がした。

「コンラッド!」

気がつくと、おれはコンラッドに向かって駆け出していた。


続く
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