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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2024/05/17 (Fri)                  [PR]
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ショートストーリー 第十九編 特別な気持ち
目を覚ましたら、女になっていた?!なありがち女体化SSです。SSのくせに長いですが(汗) コンユです。二人は、付き合う前の設定です。


 
 健康優良児の俺は、朝から目覚めもばっちりなわけで、決して、決して、寝ぼけているわけではない。

「んじゃあ、これは、何だよー?! ひっ」

 重厚なカーテンの隙間から、白銀の朝陽が差し込んでいた。純白のシーツの上で、自分の上半身を見おろして、思わず叫んだ。
 けれど、自分の発するその声も、高くて可愛い声で、耳を疑った。

 たまらずに、ベッドから飛び出した。
 アールヌーヴォー風の、まるで絵画の額縁のような金のデコレーションを施された鏡で全身を映し出す。

「うわっ、俺、細いっ!!睫毛なげ~!色白い!む、胸がある・・・・って女の子じゃねーか?!」

 鏡に映し出されたのは、いつもの自分とは可愛らしさが格段に違う俺だった。いや、そもそも普段は俺、可愛いなんて思わないけど。

 髪の毛こそショートヘアのままだけれど、心なしか柔らかく繊細でサラサラヘアーだ。濡れたような黒髪が、朝陽に透けるように輝いている。

 瞳もいつもより黒目がちで、睫毛が長くなっている。輪郭も心持ち丸みを帯びて、優しい印象を受ける。そのくせ、尖った顎が繊細で護ってあげたくさせるような、儚さも窺える。
 唇も瑞々しく潤って、ほんのりと朱色に染まっている。

 なんといっても、せっかく鍛えた(つもりの)俺の筋肉が見事に見当たらない。しなやかでほんのりと丸みを帯びた華奢な身体がそこに映っている。
 おまけに胸まで、小ぶりながら膨らんでいるのだ。

 今、鏡に映る俺は、見間違うことのない完全な女の子だ。
 おまけに声もアイドル並みに高いし。 
 
 自分で言うのも何だけど、女の子の俺、か、可愛い・・・・・・かも。

 ついつい、アイドルみたいな決めポーズを取ってみたりした。って、俺、何やってんだか。

「ん・・・・」

 ベッドで寝ている自称婚約者のヴォルフラムが、俺の騒々しさに目を覚ましたみたいだ。寝起きはいつもふにゃふにゃしている彼が、急にその黙っていれば天使な顔を、険しい表情に変えた。長男にそっくりですよ~、と。
 どうか、俺の痛いポーズにご立腹なんてことは勘弁して下さい。

「貴様っ?! とんだ無礼者だな。ここは、血盟城の主の部屋だ!」

 言いながらも、彼はピンクのネグリジェをはらりとひらめかせて、大腿部を覗かせながら、素早く剣を鞘から抜き出した。

「ひっ、ヴォルフ、俺だよ、俺、ユーリ!!なんだかわかんねーけど、朝起きたら、女の子になってたんだよ」

 剣の切っ先を喉元に突きつけられた俺は、冷や汗を垂らしながら、女の子ヴォイスで必死に弁明する。
 この声で一人称『俺』だと、すごい違和感だ。ある意味、なんかすごい萌えキャラみたいな?って、ちょっと勝利に影響されてるか?
 
 豪奢な赤絨毯の上に、彼の剣が鈍い音と共に落ちた。

「ユーリ・・・・? ユーリなのか?お前、女だったのか?」
「んなわけあるかよ!! こういうときは、大抵赤毛の人が絡んでるんだよっ」

 心なしかいつもより紅い頬をした彼は、なるほどアニシナか、と呟いた。

「それにしても、ユーリ。そ、そそそその、こ、これでも、羽織っていろっ!!」
 
 俺の胸元に視線を落としたヴォルフラムは、ゆでだこみたいに真っ赤になってあさっての方向を見た。そのまま、彼は乱暴に眞魔国製の学ランを俺に向かって投げつけた。

「うわ・・・・・・なるほど」

 俺も視線を下に落として自身の胸を見た。薄い布地に、二つの突起がうっすらと浮き出ていたのだ。その上、ツェリ様とは比べ物にはならないけれど、控えめな谷間が見えた。
 自分の身体を見て、鼻血を出しそうになって、慌てて制服を羽織った。
 
 袖を通さずに学制服を羽織るとき、両手に柔らかい胸が微かに触れた。
 ・・・・・・アウトだった。

 アニシナさん。勘弁して下さい。


******

 その後は、コンラッドが来てくれて、心配ありませんよ、と優しく爽やかな笑顔を見せてくれた。気のせいか、いつもより爽やか度アップだ。

 そこまでは、まだよかったんだけど、どうして?!
 俺が女になったことをどこから聞きつけたのか、それとも扉の奥から盗み聞きしていたのか?!
 嵐のごとく、扉を蹴破る勢いで現れたギュンターに、鼻息荒くセーラー服を手渡された。どこで、こんなもん見つけてきたんだよ。村田経由の地球情報か?

 とにもかくにも、俺は紺のセーラーカラーに紺のリボン、紺のスカート、後の面積は白という正統派?セーラー服に、白のソックスを履かされたまま朝食をとっている。

 なんだか、皆がやたらに優しいのは気のせいか?

「ユーリ、ほら、口端に料理がついていますよ?」

 俺の右に座るコンラッドが、甘い声で囁きながら俺の口端をナプキンで拭ってくれた。普段から、コンラッドは俺に優しい。けれど、今の囁き声の甘さったらない。
 呆然としている俺に、もう大丈夫ですよ、と切れ長の瞳を甘く細めて微笑んでくる。なんか、甘さが二割り増し?!過保護度も二割増し?!

「あ、ありがと」

 その甘さに熱に浮かされたみたいに、俺は真っ赤になって俯いた。

「ユーリ!!」
「わっ!!」

 唐突に左隣のヴォルフラムが怒声を上げた。その声に、びくっと身体を震わせて彼を見るとばつが悪そうに、視線を逸らしながら謝られた。怒っておきながらも、彼の頬は、照れたように朱色に染まっている。

「驚かせてすまない。ユーリ。水、もう空だぞ。注いでやる」
「えっ?あ、ありがと」

 コンラッドには、よく世話を焼かれるけれど、まさかヴォルフラムにまで世話を焼かれるなんて。素直に謝ってくれたし。女の子の俺、恐るべし。

 なんて思っていたら、向かいの席に座るグウェンダルが、俺に目線をまっすぐに合わせてきた。気のせいか、眉間の皺が少なく柔らかい表情だ。

「お前、この肉料理、好みだろう。これも食え」

 グウェンダルが自分の皿からローストビーフ(多分牛肉だと思う。そうであってほしい)を俺の皿に移す。

「えと、ありがとです・・・・・・」

 まさかの長男までもが、俺に優しい。優しさの大サービス大会だ。
 これは、なんだー?!

 おまけに、魔族3兄弟が先ほどから何やら牽制し合っているような。何とも言い難い不穏な空気まで感じる。
 ギュンターが、鼻血の出しすぎで貧血で倒れてくれたおかげで、今この場にいないことと、なんでもからかいたがる村田とヨザックがこの場にいないのが救いだ。

「ごめん、コンラッド。ちょっと、一緒に付いてきてくれる?」

 おかしな空気に耐えられずに、俺は日ごろから頼りにしている名付け親と抜け出すことにした。ヴォルフラムは、さんざん喚いていたけれど。

 グウェンダルも、仕事をしろと言いたそうな顔をしていたが、今日はなぜか見逃してくれた。
 ごめん、後でちゃんと執務もこなします。サインをするくらいだけど。

******

 俺は、食事の席を抜け出していつものさぼり場でもある中庭に来た。もちろん、コンラッドと一緒に。

「ごめん、コンラッド。食事の途中だったのに、無理に道連れにして」

 ひときわ大きなプラタナスの木に背を預けるように立ちながら、彼に謝る。眞魔国もすっかり秋なのか、プラタナスの葉もきれいなオレンジ色に染められている。

「いいえ、むしろユーリに指名されて嬉しかったですよ」

 ごにょごにょと謝る俺に、コンラッドは俺の両手首をそっと掴んで俺の瞳を覗き込む。そして、そっと微笑んでくれた。

 頭上では、葉の擦れる乾いた音が、心地よく響く。木漏れ日を受けて、彼の色素の薄い瞳には、銀の虹彩がきれいに輝いた。

「し、指名って何だよ」

 自分に向けられるいつもより丁寧で優しい仕草や、甘い笑顔に妙な気持ちになりながら、ぶっきらぼうに言い返した。

「可愛いいユーリが、俺を道連れ相手に選んでくれたのが嬉しかったんです」
「可愛い言うな!!・・・っ」

 いつもより、彼の恥ずかしい台詞がきわどい。思わず抗議してみたけれど、その声は、自分でもびっくりするくらい高くて可愛い声だった。
 俺は、思わず自分の唇を両手で押さえてしまう。手に触れる唇の感触が驚くほど柔らかくて、顔が真っ赤になってしまった。

「いいえ、ユーリはとても可愛いです」

「そ、それは、今はこんな女の子になっちゃってるしな!!」

 コンラッドは、俺の両肩に手を置いて、正面から俺を覗き込む。コンラッドのその甘い顔と甘い台詞をかき消すように、大声で言い返した。

 ふいに、彼が俺の両耳を手で塞いだ。

「今の貴方が可愛いだけじゃない。いつだって、ユーリが可愛いです」

 呆然とする俺をひとり残したままに、彼は俺の耳を塞いだまま何かを言っている。とても、優しい表情だ。何を言っているのか聞こえないけれど、その顔を見ていると、なぜだか体温が急上昇した。

 コンラッドは、いつでも安心できる優しい笑顔を向けてくれる。けれど、時に彼は、謎めいた行動をする。その度に、まだ彼は俺に全てを見せてくれていないのだと思い知らされる。それに、少し上から目線のような悪戯な態度に、戸惑う。

「コ、コンラッド?」

「はい、陛下」

 戸惑う俺に、彼はまるで何事もなかったかのように、いつもの爽やかな笑顔でいつもの台詞を返してくれた。

 何となく安心したような、でもどこか寂しいような気持ちを抱えながら、俺もいつもの台詞を返した。

「だから、陛下言うなよ、名付親」
「そうでした、ユーリ」 

******

 その後も、やたらと皆が甘かった。我先にと魔族3兄弟が、女の子になった俺をエスコートしようとする。まるで、一度に求愛されるかぐや姫状態だ。
 ギュンターに至っては、もはや再起不能。水分不足で。

 これは、一刻も早く元に戻らないと大変なことになる。

 気のせいか、いつもより少ない書類(まさか、グウェンダルが大半を片付けている?)、にサインを手早く施して赤い悪魔こと、アニシナ女史のところへ向かった。
 本来なら、みすみす近寄ったりはしないのだけれど、今回は別だ。


 事の成り行きをアニシナ女史に話して、彼女の次の言葉を息を詰めて待った。
 まさか、貴方が首謀者ですよね?とは口が裂けても言えない。われながら、気の弱い王様だ。

「陛下?初めに言っておきますが、今回の件は、私の所存ではありません。けれど、陛下のお体のお変わりようは、私の発明品によるものと見受けられます」
「ちょっと意外(アニシナさんが首謀者じゃない点が)・・・・いえいえ、なんでもありません」
「おそらく、何者かが故意に私の魔道装置『性別逆転君』を陛下に試したのでしょう」
 彼女の空色の瞳が、好奇心に満ちている。ここは、一応城の主の身を案じるところじゃないのか?

「ええっと、その装置ってどういうものなんですか?俺、全然怪しげな・・・・いやいや、魔道装置らしきものに接触した記憶がないんですけど」

 彼女が、声高らかに笑った。

「でしたら、大成功ですね。あの装置は、被験者本人が気づかないうちに接触させて、突然女もしくは男になっちゃった、あーれーな展開が売りですからね」

「アニシナさん・・・・・・。ところで、被験者本人が気づかないって一体どういう形した装置なの?」

「陛下の大好きな遊び道具ですよ。陛下がいつも使うグローブとかいう物にそっくりの形をしています。その魔道装置を嵌めてボール遊びをした者は、次の朝、性別が変わってしまうという代物です」

 頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
 ちょっと待てよ、グローブを日常的に嵌めるのって俺くらいじゃん。もしかして、この魔道装置は、もともと俺を俺の気づかないうちに女に変えるための代物だったのか?!魔王専用の魔道装置?!それも、かなりマニアックな。

「あら、陛下?そのように真っ青なお顔をされてどうしたのですか?折角、愛らしい容姿に変わられたというのに。ああ、いっそのこと陛下がずっと女性のままだったら素晴らしいのに。この国の女性の地位が、それはそれは見事に上がることでしょう」

 そ、それか?アニシナさんが俺専用のマニアックな魔道装置を作り出した発端は。謎が解けたー、じゃねぇよ。
 呆れる俺の前で、アニシナが珍しく力なくため息を零した。

「しかし、残念ですね。その魔道装置の効き目は朝起きてから月が真上に昇るまでですからね」
 アニシナさん、そこ、悲しむところじゃないから。

「ヨッシャーーー!! い、いえ、なんでもありません。失礼します」
 
 自分の女体化が自然と治ると聞いて、思わず歓喜の雄叫びを上げてしまった。
 アニシナさんの手前、気まずくなって慌てて俺は、実験室を飛び出した。

******

 威勢よく回廊を駆けていると、曲がり角で鈍い衝撃を受けた。どうやら、曲がり角が死角になって、向こうから歩いていた人物にぶつかったらしい。
 俺は、勢い込んで走っていただけに弾き飛ばされて、硬い石畳の床で膝を擦り剥いた。
 不覚だ。スカートだと露出が多くて、怪我しやすいな。

 片膝立ちで俺は、擦り剥いた箇所をぼんやりと見つめていた。うっすらと傷口から血が滲んでいた。

「護衛の癖に、陛下に怪我をさせてしまってすみません」

 優しい声を頭上から掛けられる。気が付くと、その声の主もしゃがみこんで、俺の膝から滲む血を、ハンカチで拭ってくれた。
 昨夜のシャンプーの香りが、仄かにするくらい近くにコンラッドがいた。

「痛みますか?」

 心配そうに俺を覗き込む、きれいな切れ長の瞳。綺麗な銀色の虹彩に魅入ってしまう。俺の身を案じる優しい声と共に、くすぐったくなるような甘い吐息が耳元に微かにかかる。
 日本人の俺は、スキンシップに不慣れなためか、それだけで恥ずかしくて体温が一度は上がる。

「ち、ちょっと、痛いかも」

 本当はさして痛くも無かったのに、思ってもいない言葉が口をついて出てきた。いつもより、甘いコンラッドの雰囲気にのぼせてるのかもしれない。

「ちょ、ちょっと、コンラッド?!」

 突然体が宙にふわりと浮いたと思ったら、なんとコンラッドに姫抱きされていた。

「ちょっと、大げさだよ?コンラッド。たかが膝を擦り剥いたくらいで」

「いいえ、大げさなんかじゃありません」
「う・・・・・」

 自信たっぷりにそう言い切られてしまうと、何も言い返せない。
 抗議するタイミングを逸らした俺は、軽々と彼に抱きかかえられながら回廊を進む。今の自分は、女の子だし、本当にお姫様抱っこだ。とても自然な。
 女の子じゃないときも、彼は唐突に俺を姫抱きするようなときがあるけれど、あれは火がついたようにとても恥ずかしい。
 でも、今は女の子なんだと思うと抵抗が少ない気がする。

 急に、胸に大きな塊がつかえたように、暗い気持ちが沸き起こった。

 あれ、どうしたんだろう、俺。何だろう、このもやもやした気持ち。

 けれど、その正体を突き止める前に、俺は医務室まで連れて行かれた。
 医務室らしく、消毒液の香りが充満していた。

 簡易ベッドに俺を座らせると、コンラッドは手早く消毒液とガーゼとピンセット、絆創膏を用意した。
 いつも思うけど、コンラッドは俺に過保護過ぎだ。でも、気が付くと俺はいつも彼の好意に甘えてる。でも、それにしても、膝を擦り剥いただけでここまでしてくれるのは、今までに無い過保護ぶりだ。

 やっぱり、俺が女の子の姿だから・・・・・・か?

 胸が抉られたように、再び痛んだ。それと同時に、衝撃を受けた。全身が粟立つ気分だ。胸の奥にしまいこんだ、気づいてはいけない熱い想いがゆっくりと溶け出していく。
 
 つまり・・・・・・俺、女の姿の自分に嫉妬してるのか?!
 コンラッドにいつも以上に優しくされる、この華奢な女の子の身体に嫉妬してるっていうのか。

 そんな、だって・・・・・・それを認めたら、俺、コンラッドのことが特別な意味で好きってことになるだろ?!

「ひっぁ・・・・!」

 急に俺は現実に引き戻された。コンラッドが傷跡に消毒液を塗ってくれたときに、ぴりっとした刺激が走り、思わずびくんと、身体を捩じらせてしまった。

「っ?! こ、コンラッド?!」

 急に力強く抱き寄せられた。それは、おかえりなさいの抱擁とも親愛の抱擁とも全く趣の違うもので、俺の心臓はトクンとひときわ高く鳴り渡った。
 ベッドに腰掛けたままに、傍らに立つ彼にきつく抱きしめられたまま、俺は呼吸が浅くなっていく。小指が痺れたみたいにじんとする。

「・・・・・・っ?!」

 唐突に体が後ろに倒されて俺はベッドに仰向きになる。見たことの無いくらい熱っぽいコンラッドの瞳と目があう。
 切なく揺れる、けれど野生的な彼の瞳から目が逸らせない。

「ユーリ・・・・・・」

 熱に浮かされたみたいに、掠れた声で囁きながら、コンラッドが長い指で俺の顎を掴む。
 端整な顔がゆっくりと下りてくる。

 キス、される―― !!

「嫌だーー!!」
 
 彼の唇が俺の唇に触れる寸前で俺は叫んだ。瞳の淵からは、熱い涙が零れていた。

 我に返ったように青ざめるコンラッドの脇を抜けて、医務室を駆け出した。

 キスされるのが嫌なんじゃない。女の子の自分にキスされるのがたまらなく嫌だった。

 だって、俺―― あんたには、そのままの俺を好きになってほしい。
 女の子だから好きになったとか、そういうのは、悲しい。
 むなしいんだよ、コンラッド。
 
 あんたが、好き、だから。

******

 おかしな一日が、もうあと少しで終わる。
 相変わらず、ヴォルフラムとグウェンダルにちやほやされながら、夕食を片付けた。そのあとも、魔王専用風呂にゆっくりと浸かって、一人静かに床についた。

 ゆっくりと一人の時間を持つと、とりとめのない考えが浮かんでは、心をぐちゃぐちゃにかき乱していく。

 俺、本当にコンラッドが大好きなんだな。
 だって、ヴォルフラムにもグウェンダルにも、女の自分をちやほやされてるのを何とも思わなかったんだから。

 コンラッドだけ、特別だったんだ。

 けれど、その想いはますます俺を苦しめた。

 考えたくなかったある事実に気づいてしまったから。

 そう、あの魔道装置。グローブの形状をした魔道装置を、何の疑問も抱かせずに俺に嵌めれる相手は―― コンラッドしかいない。俺がキャッチボールをするのは、いつも彼とだから。

 そう、コンラッドは俺が好きなんじゃない。もし、おれが女の子になったら、ようやく俺のことを好きなってくれるんだ。
 
 だって、俺を騙してまで、あの装置を使って俺を女の子にしたんだから。

 そんなにまでして、俺に女の子になってほしかったんだ。やっぱり、男の俺は恋愛対象外なんだ。そりゃ、当然だよな。華奢で、自然な女の子のほうがいいに決まってる。
 
 やりきれない。
 俺が女の子だったら、なんていう条件付で好きになってくれたとしても、そんなの信じられない。だって、俺は、どうあがいたって男なんだから。
 どうして、そのままの自分じゃ、受け入れてもらえない?

 静かなノックの後に、俺の返事も待たずに扉が開かれた。
 長身なシルエットが浮かび上がる。コンラッドだった。

  石畳の床を踏みつけるブーツの靴音が、硬く部屋に響くきわたる。
 来て欲しくなかった。今は特に。

 こんなに荒んだ心のときに、大好きなコンラッドに会いたくなかった。
 俺、何言い出すかわかんねぇから。

 そんな俺の思いとは裏腹に、彼はベッドサイドの窓辺に立ち止まる。
 月光を背後から浴びて、彼の顔はよく見えない。
 けれど、今はそれでよかったと思った。

 張り詰めた空気を緩和するような、彼の穏やかで甘い、静かな声が響いた。

「ユーリ、もう隠さなくていいですか? いえ、隠せなくなりました。俺、あなたが好きです」

 心に熱い炎が灯ったように、気が遠くなるような強く鋭い複雑な感情が揺らいだ。
 目の奥が、じりじりと熱くなってきて、心が疼いた。

「違うよ、コンラッド。正確には、女の子の俺が、好き・・・・・だろ」

 自分でも、驚くくらい冷たい女の子の声が出た。まだ女の子の体のままみたいだ。けれど、きっともうすぐに、魔道装置の効果が切れて、男の自分に戻る。

 我ながら、女の子の自分という対象にまで嫉妬するなんて、子どもじみてると思う。だけど、耐えられないんだ。やっぱり。だって、本当にコンラッドが好きだから妥協したくない。

「ユーリ・・・・・・?」

 コンラッドの俺を呼びかける声は、疑問に満ちていた。まるで、そんなことはない、とでもいうように。
 俺は、彼を問い詰めるように質問攻めにする。

「だって、あんたは俺に魔道装置をこっそり使って、俺を女の子にしただろ?そんなものに頼るほど、あんたにとっては、女の俺がよかったんだろ?」

 俺は、堪らずにベッドから抜け出して、窓辺に佇む彼の両腕を掴む。月明かりを浴びるその整った顔を見上げる。

「好きなんて、いうなよ。俺が、女の子だったら好きだなんて・・・・・・そんな条件付きの気持ちならないほうがましだよ!!」

「ユーリ? あなたはいろいろと誤解をしています。それに、魔道装置って何の話ですか?」

「うそ?・・・・・・・、本当に、コンラッドは魔道装置を知らないの?グローブの形の・・・・・」

 頭がくらくらして、思考がおぼつかない。
 でも、それでもコンラッドは確かに女の子の俺に格段に優しかった。男の俺に、キスなんてしようとしたこともなかったくせに。俺が女の子になったとたんにキスを迫ったのは事実だ。

「俺が男なら、キスだって出来ないくせに―― !!」

 そう叫んだとき、月がひときわ眩しく輝いた。煌々と輝く鋭い月明かりに、一瞬視界を奪われた。
 不思議な熱を感じて、再び目を開けた。すると俺の体が、神秘的な白銀の薄明かりに包まれていた。

「ユーリ?!」
 
 驚くコンラッドを前に、俺の身体に暖かいものが流れていき、身体がゆっくりと変化していくのを感じた。
 丸みを帯びた華奢な少女の身体が、しなやかな少年の身体に変わっていく。

 不思議な熱は、ゆっくりと、氷が水に融けていくように自然に失われていく。
 そして、身体から暖かい熱が消えたとき、身体を纏っていた銀のベールも消えていた。
 
 完全に少年の身体に戻った。

 涙が止まらなかった。
 もう、コンラッドに好きになってもらう条件がなくなってしまった。
 さきほど、条件つきの気持ちなんていらないと言っておきながらも、好きな人からまったく見向きもされなくなってしまうというのは、こんなに悲しいことなんだ。

「ほら、もう男の体になっちゃった。もう、俺にキスなんてしたくないだろ?」

 自虐的な台詞が漏れた。涙が止まらない。
 俺、すげーみっともない。

「ユーリは、何も分かっていません。こんなに、俺がユーリを好きなのに」
「コンラ・・・ド?!」

 腰に響く甘い声に、一瞬何を言われたのかわからなかった。

 けれど、次の瞬間には唇にそっと柔らかく冷たい感触を感じた。それが、コンラッドの唇だと気が付くのに、数秒かかった。
 気が付いたころに、ためらいがちにそっと唇が離された。

「キスだって、もうずっとしたかったんですよ?」
「こ、コンラッド!!」
 コンラッドの悪戯で爽やかな笑顔に、頭に血が上っていくのがわかった。
 もう心臓の音が耳障りなほどに、頭の中で鳴っていた。

「ユーリの心の機微にもっと気づいてあげたかった。すみません。あなたを傷つけて」

「ばか・・・・・・だよ。コンラッドって、優しすぎて、本当にばか。俺のほうが、あんたのことを疑って、どれだけ我がままだったか。どれほどあんたを傷つけたか!」

 甘く、どこまでも寛容で優しいコンラッドに抱きしめられて、俺はぼろぼろに泣き崩れた。彼が優しければ優しいだけ、自分の愚かさに悔し涙が溢れる。

「もう、自分を責めないで下さい、ユーリ。俺は、どんなあなたも好きですが、できたら、ずっとあなたの笑顔を見ていたいです


 彼の甘い囁きに、呆然と彼を見上げる。涙に滲む視界に、俺のことを慈しむどこまでも甘い笑顔を見つけた。
 頭の芯が、痺れた。幸福感に満たされて、彼を愛しいと思う気持ちが熱く甘く胸を焦がす。幸せが、身体中から溢れて、連動するように涙が止まらない。

「コンラッドは、甘すぎるし、優しすぎるよ。信じらんね・・・・・っ、でも、俺、そんなコンラッドが、大好き・・・・だよ」 
「ユーリ・・・・・。大好きです。あなたが俺の気持ちを全て見ることができたとしたら、あなたへの気持ちの強さにきっと驚いてしまいますよ」
「ばか・・・・・・、そんなのおあいこだよ」

 照れくさくて、明後日の方向を見ながらぶっきらぼうに言った。

 そんな俺の顎を少し性急に掴むと、コンラッドは俺の意識が吹き飛ぶような濃厚なキスをしてきた。
 恍惚感に満たされて、もう何が何だかわからなかった。
 ただ、嬉しくてたまらなかった。



 追記
 
 そうそう、あの魔道装置『性別逆転君』をどうして俺が使うまでに至ったのかは未だに分からない。
 噂では、ギュンギュン閣下が俺の女体化みたさに悪戯を働いたとか。
 そういえば、ギュンターは、なぜか俺が女体化したことをすぐに嗅ぎ付けたし、首尾よく俺にセーラー服を手渡したよな?


 おしまい★


★あとがき★

 久しぶりに、めいっぱい切ない系の話が書けたような、書けていないような^^;
 とにかく、久しぶりに白い次男が書けて嬉しかったです。いや、白いつもりだけど、傍目には違っていたらどうしよう・・・・・・。

 SSっていっていいのかわからない長さになりましたが、お付き合いくださってありがとうございました。

 web拍手ありがとうございました^^癒されました^^

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