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ホワイトデーSS
不器用な恋人
「ああっ、どうすればいいんだぁぁ!!」
緑色の黒板にチョークで3月13日と書いてある。おれは、頭を抱えて、自分の机に突っ伏した。珍しく頭を悩ませていた。
それというのも、爽やかで長身でハンサムという3拍子揃った恋人が初めてできて約1ヶ月。明日は、ホワイトデーという初イベントの日だった。
約1ヶ月前に、まさかのまさか、眞魔国の剣豪、王専属の護衛、名付親に、バレンタインの日にチョコレートと一緒に愛を告白された。
彼に告白される数分前に(それもどうだよ?)彼のことを恋愛対象としてみていることに気づいたおれは、幸運にも両思いという、有頂天な展開を迎えることができた。
この1ヶ月間は、初めてできた年上の恋人とこっそりと手を繋いだり、キスをしていた。清くも甘い交際を育んでいたわけだ。
もう、それは、野球一筋だったおれからしたら、青天の霹靂だ。まさに衝撃的な出来事で、授業中も執務中も、とにかく数分置きにコンラッドのことを思い出してしまうくらい、彼に夢中になっていた。
もう、コンラッドが男だとかそんなこと忘れるくらい、彼との甘いひとときに虜になっていた。
そう、だからこそ、失敗したくないっ。
初めてのイベントだからこそ、コンラッドに喜んでもらいたいんだ。バレンタインのお返しは、絶対に失敗したくない。
でも、彼女いない暦=年のおれにはハードルが高すぎるんだよ。
何せ、相手は、爽やかで長身でハンサムという3拍子揃った恋人なんだから。おまけに、かなり年上で、恋愛だって百戦錬磨でおれなんて到底敵う相手じゃないんだからな。
思いを巡らせていたら、ますます自信をなくしてきた・・・・・・。
「どうしたの? 渋谷君」
隣の席の佐々木さんが、おれのうめき声に反応してきた。珍しく髪を染めていなくて、肩までのストレートヘアーの彼女は、さばさばした性格だ。なんとなく、頼りになる姉御的なところがある。
だから、おれは藁にも縋る思いで彼女に相談を持ちかけた。きっと、彼女もおれよりは、恋愛経験も豊富そうだし。もちろん、相手が男というのは内緒だけど。
「実は、ホワイトデーのお返しに何を返したらいいのか悩んでてさ。相手はすごくもてるから、変なの選んで、引かれたくねぇなって思って。佐々木さんだったら、どんなものを貰えたら嬉しいと思う?」
「う~ん。そうだね、放課後、家においでよ。一緒にクッキーを焼こう! 渋谷君みたいな可愛い系の彼氏からだったら、手作りのものをもらったら、彼女も喜びそうだからね!」
途端に、彼女は、一重の涼しげな瞳を細めて、楽しそうに笑う。
おれが可愛い系とか、聞き捨てならない台詞があったように思う。それに、渡す相手は彼女じゃなくて、彼氏でもいいのでしょうか?! さすがに、聞けないけれど。
けれど、かなり強引な展開に驚きつつも、その明るさと優しさが素直に嬉しかった。
「そんなことまで手伝ってもらっていいのか?!」
「もちろん! ・・・・・・渋谷君、可愛いしね」
女子に可愛いといわれるのは、男のプライドが微妙に傷ついた。けれど、聞こえないふりをしてありがとう、と言って、彼女とクッキー作りをすることになった。
クッキー作りだなんて! バッドしか持ったことのないおれが、泡立て器を持つ日がくるとは。なにやら、本格的におれは、恋する乙女の仲間入りだ。
思わず苦笑してしまうも、どこか甘くくすぐったい気持ちがあった。
好きな相手に、手作りのものを贈るというのは、すごく特別なことだから。
******
というわけで、とうとう3月14日。無事にスタツアしたおれは、手作りのクッキーなんていう乙女な代物を防水パックに忍ばせていた。
眞王廟の噴水から立ち上がり、ギュン汁攻撃から、上手く逃れたものの、そこには、いつものコンラッドの姿が見られなかった。
どうやら、今日は眞魔国国立士官学校の創立記念日らしい。そこで、かつての模範生であり、ルッテンベルク師団を率いた英雄でもあるコンラッドが、一日所長ならぬ特別指導官として練兵に一日付き添うらしい。
おれも、士官学校に、魔王として挨拶に少し姿を出した。けれど、コンラッドとはちらっと視線が合う程度で、いつもより遠い距離だった。とてもじゃないけれど、ホワイトデーのお返し~なんて言える雰囲気じゃない。
士官学校から引き上げると、執務室でいつものように仕事を始めた。
はじめは、眞魔国にも、創立記念とかあるんだなぁと、のんびりと考えていた。
けれど、執務室に西日が差し始めると、気持ちがそぞろになってきた。
一日所長、じゃなかった・・・・・・特別指導官って、一体いつ終わるんだろう。
こんなことを考えるなんて、おれもたいがい女々しいけれど、今日中にコンラッドに会えなかったら、なんとなく寂しい。
恋人になって初めてのホワイトデーに、何もお返ししてあげられないかもしれないと思うと悲しい。
でも、コンラッドは任務中なわけで、そのせいでイベントができないなんて不平をもらすのは、すごく幼稚だよな。
そんなこと、わかっているのにさ。
なんか、仕事とイベントとどっちが大事なのよ?! もとい仕事と私とどっちが大事なのよ?! と喚く女の人の気持ちに少し共感しそうな自分が嫌だ。すごく嫌だ。でも、今日中にホワイトデーのお返しがしたい・・・・・・。
おれのため息は、橙の空が紫になるにつれて、いっそう色濃くなっていった。
気を紛らわせるために、休まずにずっと署名を続けた手が、腱鞘炎になりそうだった。
******
結局、コンラッドは夕食にも姿を現さなかった。
短気でお子様なおれは、もう少しで直接、士官学校までコンラッドに遭いに行くところだった。
寝室のドアが、やや荒く開け放たれて、恋人が自分のところへ来てくれなかったら。
恋人の姿をみると、急に頬が緩んだ。それというのも、彼の息は上がっており、着衣も少し乱れている。普段は、澄ました顔をしている彼が、そこまで必死になって自分に遭いに来てくれたのかと思うと、もうそれだけで満足しそうだった。
「ユーリ! 早くあなたのそばに行きたかった」
駆け寄ってきた彼は、ベッドに腰掛けたままのおれにいきなり抱きついた。うっすらと汗の香りがした。彼が、任務を終えて、一目散にここへ来たのかと思うと、嬉しいのと同時に申し訳ない気になった。
「そ、そんなに慌てなくてもさ。どうせ、いつだって遭えるんだし。大抵はいつも一緒だろ? 今の今まで、士官学校で指導してたんだろ? なんか、急がせて悪かったな」
本当は、自分も早くコンラッドに遭いたくてたまらなかったくせに、つい気恥ずかしくて、本心を隠してしまう。
「だって、今日は特にあなたに遭いたかったから」
「―― !」
コンラッドは、そっとおれの肩を掴むと、甘い顔で微笑んでくる。いつもの爽やかな笑顔にプラスされる、恋人としての甘くて溶けそうな顔から、おれは慌てて眼をそらす。いつ見ても、慣れない。
照れ隠しで、おれは慌ててベッドから降りると、そそくさとあの手作りクッキーをチェストタンスの抽斗(ひきだし)から取り出す。
クラスメートの佐々木さんの提案で、ホワイトデーには手作りクッキーを焼くことになった。照れくさくも、彼女と一緒に材料を買いに行き、可愛らしいラッピング材も選んできた。
なぜか、作り終えたときに、彼女はすこし頬を染めて、私にも一枚だけ頂戴ね、と言っていたけれど。
「コンラッド。あ、あの、バレンタインデーのお返しにクッキーを焼いたんだ。バッドじゃなくて、泡立て器とか木べらなんて珍しい物を初めて持ったんだからな」
コンラッドの手に、ラッピングされた自信作のクッキーを置く。
佐々木さんの指導のもとで作られたクッキーは、市販のものと見劣りしないくらいにお洒落でカッコいい。アイスボックスクッキーとかいうらしい。プレーンの生地とココアを混ぜた生地を使って、チェック模様や、渦巻き模様、マーブル模様のクッキーを作った。ひとりだったら到底できない代物だ。
ラッピングも、自分のセンスにいまいち自信が無くて、いろいろと彼女の助言を参考にした。すごく乙女チックで可愛らしいラッピングになったと思う。ハート型の箱にクッキーを入れて、淡いピンク色の包装紙で綺麗に包んで、飾りリボンを施してある。
だって、初めての贈り物で、あまりにも見栄えの悪いものを贈ってがっかりされたくなかったし。
「ありがとう、ユーリ。食べてみてもいいですか?」
コンラッドは、丁寧に包装を解いていく。そして、中のクッキーをみると、コンラッドは、食べずに息を呑むようにおれを見た。
どうしたんだろう? 見た目は、完璧のはずなんだけど、まさかチョコ味のクッキーは嫌だとか、そういうことか?!
「ユーリ、こんなすごいクッキーを初めてで作れてしまったのですか?」
「うっ」
あまりにも、愕然とするそのコンラッドの顔に罪悪感が沸いてくる。実は、クラスの女子の手助けがほとんどあったからなんです・・・・・・なんて言ったら、がっかりされるんだろうか。
でも、騙すことなんてできるわけがなくて。結局。
「ごめんなさい!! おれ、バッドしか持ったことないから。ひとりでこんなすごいクッキーを作るなんて、相当練習をつまないと無理です。実は、クラスの女子と一緒につくったんですっ」
包み隠さず、真相を告げた。そっとコンラッドの出方を待った。
「へぇ、そうなんですね」
気のせいか、すこし声が低くなったコンラッドのほうを見る。
気のせい・・・・・・なんかじゃない。かなり、機嫌が悪そうだ。本人は気づいてないかもしれないけれど、眉間にうっすらと皺が寄っている。美形のひとは、不機嫌そうな顔もカッコいいんだけれど、できたら笑顔のほうがいい。
「コンラッド?」
不安になったおれは、コンラッドの名前を呼ぶ。すぐにいつもどおりに微笑んでくれるかと思ったのに。
彼は、そっとクッキーの入った箱を自身の横に置く。そして彼はベッドに掛けたまま、チェストタンスの前で佇むおれの手首を掴む。いつになく真剣な薄茶の瞳と目があった。
「ユーリ、その子と二人きりで作ったのですか?」
「え? うん、そうだよ。一緒に作ろうって誘われて、彼女の家で作った」
「・・・・・・何か変わったことはありませんでしたか?」
「え? 特にないよ。う~ん、そういえば、渋谷君は可愛いとか、男として不名誉な褒め言葉を言われたかな? あと、作り終わったら、少し恥ずかしそうにおれの作ったクッキーを一枚頂戴って言ってたけど」
おれとしては、なぜ彼がそんなことを聞いてくるのかがわからなくて、ただ事実を述べていった。コンラッドはそっとおれの手首を離した。行き場をなくしたおれの右腕は、だらん、と情けなく重力に従って垂れる。
それから、しばらく妙な沈黙が王室に続いた。
なんとなく、互いに顔を合わせづらい。
やっぱり、おれが人の力を借りて作ったものなんて、駄目だったんだろうか。
例えどんなに、不恰好でも、おれの手で一から作ったもののほうがよかったんだろうか。
どうして、そんなことも気づかなかったんだろう。そもそも、おれが見栄えに拘る奴かよ・・・・・・。いや、いつもならそんなことに拘らない。コンラッドが相手だから、拘ってしまった。
だって、コンラッドは恋人にしておくには完璧すぎて、引け目を感じるんだ。だから、だから、初めてのイベントの贈り物くらい―― 格好のいいものを贈りたいって思った。
でも、違うよな。
本当は、恥ずかしくて出さないつもりだったけど、不恰好なクッキーもある。佐々木さんとクッキーを作った後、家でひとりで挑戦したやつが。
マーブル模様でもないし、チェック模様でもない、ただのプレーンなクッキーだし・・・・・・焼き加減も正直いっていまいちだし。しっとりしてなくて、ぱさぱさだし。
けれど、おれは意を決してそれをコンラッドに手渡すことにした。
もう一度、チェストタンスの抽斗(ひきだし)を開けると、不器用なラッピングを施した不恰好なプレゼントを手渡した。
ひとに頼った自分の行為と、作ったものの不恰好さが恥ずかしくて、情けなくて、おれはコンラッドを直視できなかった。じっと、足元ばかり見つめた。
「ごめんな。コンラッド。おれ、贈り物の見た目の良さに拘りすぎだったかも。本当は、ちゃんと自分の力で作ったものもあるんだ。こんな不恰好ではずかしいんだけど・・・・・・。あんまり見んなよ」
「ユーリ、そういうつもりではなくて・・・・・・。ごめんね、ユーリ。不安にさせて」
「えっ? わっ」
コンラッドは不恰好なプレゼントを持ったまま、ベッドサイドに立ちっ放しのおれの腰に両手を回して、彼の膝の上に引き寄せた。おれは、成り行き上、コンラッドの上に跨るように座り込む。
銀の虹彩を散らせた薄茶の瞳は、ばつが悪そうに優しく細められた。
「おれは、どうしようもなく子どもじみているみたいです」
「コンラッド?」
いつも見せる涼しげな顔とは違って、急にコンラッドの顔が幼くて余裕のないものに思えて、面食らった。
そのまま、おれは膝の上で抱きしめられたまま、コンラッドを見上げていた。
「あなたが、自分でクッキーを作らなかったことに、がっかりなんてしていません。ただ、嫉妬してしまった。あなたが俺のいないところで、女性と二人きりになることもある・・・・・・そんな当たり前のことに、嫉妬してしまいました。それも、あなたがおれのためを思って、行動してくれたというのに・・・・・・情けない男に幻滅しましたか?」
「え、ええっ?!」
予想もしていなかったコンラッドの答えに、おれは間抜けな声をあげてしまった。だって、こんなにカッコよくて、背が高くて、優しい完璧な恋人が、おれなんかのことで嫉妬するなんて思えなかったから。
まして、コンラッドは、いつも大人で余裕な態度で、表情を崩すなんてこともなかったし。
意外、すごく、意外。初めて知った恋人の意外な一面に、おれは彼から目が離せなかった。
がさっと、ラッピング袋の音がした。コンラッドは俺の身体の後ろで器用にラッピングを解いて中のクッキーを取り出していた。不恰好でばさばさのクッキーを。クッキーをひとつ取り出すと、とても優しく微笑まれた。
「すごく可愛らしいクッキーですね。ありがとう、ユーリ。いただいてもいいですか?」
「ああっ、待って! コンラッド。すごく残念な、ばさばさした味だから! 期待しないで。それと、それとっ」
おれは、今にもコンラッドの形のいい口に放り込まれそうなクッキーを掴みあげた。
「幻滅なんか、絶対してないからな! あんたがおれのことを心配して嫉妬してくれるなんて、すっげー意外で驚いたけどさ。でも、でも、絶対、幻滅なんかしてない! むしろあんたにもそんな不器用なところがあるなんて、なんかほっとした。だって、おれなんかいつも絶対コンラッドに敵わないって思ってるし」
「ユーリ」
コンラッドは、再び俺の腰の後ろに手を回し、性急なくらいにきつく抱きしめてきた。
「今回は、全面的に俺が悪いです。おれは、あなたの優しい気持ちを、穿った嫉妬で歪めていたのですよ? 100歳も生きているのに、私は、大人失格ですね。それでも、あなたは優しく受け入れてくれる。いつだって、俺はあなたにはかなわない。きっと、これからもずっと、あなたには敵いそうもありません。どうか呆れないで、側にいさせて?」
耳元で甘い吐息と共に囁かれるいつもの3割増しの甘い台詞に、おれはすでに頭から湯気が出てきた。
そんなおれに追い討ちをかけるように、彼はおれに口付けた。
「愛しています、ユーリ」
「・・・・・・んっ、おれ、も」
けれど、おれの返事は、彼のしっとりと湿った甘い唇に塞がれた。
掌の中で不恰好なクッキーは、ほろほろと崩れていった。
やっぱり、どう考えても、おれのほうが到底彼には敵わない。
甘い香りの中で、熱に浮かされながら、そう思った。
★あとがき★
ホワイトデーSSコンラッド視点(教官にセクハラされてるコンラッドの描写がでてくるので注意)は、ナビゲート内の捧げものコーナーにあります。
一応、この話でなんでこんなにコンラッドが子どもっぽくなっているのか・・・・・の補足になっているといいのですが^^;
ショートストーリー二十一のバレンタイン編とも、微妙に繋がっています。ほとんど見なくても大丈夫にはなっていますが^^;
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