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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2024/05/21 (Tue)                  [PR]
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黒執事なパロディー 俺の可愛いご主人様 後編
※途中から裏へ続きます。注意。捏造注意。






 今朝は、大英帝国の東南部イースト・アングリア地方からはるばるユーリの婚約者のフォンビーレフェルト卿ヴォルフラム様が、その執事ギュンターを伴っていらっしゃった。

 渋谷家よりも遥かに権力を持つフォンビーレフェルト家のご子息、ヴォルフラム様がユーリのことを大変お気に召したとやらで、彼とユーリの婚約が結ばれたのだった。


 一執事の私には、どうしようも出来ない事柄でした。ユーリ自身は、この婚約に乗り気ではないようでしたが、優しい彼は家のために・・・と婚約を納得されたのでした。ふがいない俺を赦してください・・・ユーリ。

 華やかな家具や調度品に囲まれて、チェスで遊ぶユーリとヴォルフラム様を見ている時、ふいにヴォルフラム様の執事ギュンターから少しお話があります、と真剣な顔で言われた。
 いつもこの執事は、俺の可愛い主人を見て締りの無い顔で鼻血を出している。けれど、今日はいつになく真剣な表情をするものだから、何かあるのだと俺は身構えた。

 フットマンのグリエ・ヨザックに、お二人の世話を任せてギュンターと部屋を出た。密談用の簡素な小部屋に入ると、立ったままに、さっそく彼からの話を聞いた。
「それで、お話とは何ですか、ギュンター」

 少し躊躇うような表情をしたのち、真剣な顔つきで話すギュンター。
「実は・・・・貴方の出生のことでお話しがあるのです」

 予想外の台詞に、俺は唖然とした。てっきり、坊ちゃんに関係する話だと思って身構えていたのに、自分のことだったとは。思わず身体の力が抜ける。
「俺の・・・出生?」

 綺麗な藤色の瞳で俺を見つめるギュンター。
「えぇ、そうです。貴方に少しお尋ねしたいのですが・・・まず、貴方の父上の名前をお聞かせ願えませんか?」

 なぜそのようなことを聞くのだろう。無防備に答えていいものか、彼の様子を探るように眺めていると、腰まである銀髪をさらりと垂らして人のよさそうな笑顔で微笑まれた。

「安心してください、貴方に何か企んでいるというわけでは御座いませんから。でも・・そうですよね、貴方のような頭の切れる方がみすみす自分から身の上を話したりしませんよね」

 彼は、一呼吸置くと、私に悪戯っぽく微笑みかけた。
「では、私が貴方の父上の名前を当ててみましょう。その名は・・・・・ダンヒーリー・ウェラーですね?」

 俺は、あまりのことに目を見開いた。
 そんな、どうしてフォンビーレフェルト卿の執事ほどの者が労働者階級である俺の父の名前などを知っている。ありえない。

 狼狽する俺を、彼は更に追い詰める。
「おまけに・・・貴方は周りの人間よりも成長が遅い・・・つまり・・・なかなか年をとらない・・・のではないですか?貴方の見た目は、男盛りの美青年といったところですが・・・実は優に100歳を超えているのではないですか?」

 核心に迫ったように、瞳をすっと細めるギュンター。

 まさか・・・!!そんな・・・・!!どうして、そんなことを彼が知っている。俺の不可解な身体のことなど、誰も知るはずも無いのに・・・・。

 驚きのあまり、言葉も出ない。
 冷や汗が滲み、俺のシャツを不快に濡らす。
 脳裏に不吉な考えがよぎる。

 まさか・・・こんな、俺の秘密を探り出して・・・この渋谷家を脅そうという気か・・・?!坊ちゃんに危害を加えるという気か?

 ギュンターの人のいい笑顔がむしろ、何かを腹に隠しているような気さえしてくる。
 彼を険しく睨みつける。奥歯をきつく噛み合わせる。

 俺の坊ちゃんの身を脅かす奴は、何人たりとも赦さない。

 俺の殺気立った雰囲気を感じ取ってうろたえるギュンター。綺麗な銀髪がふわりと宙を舞う。
「ちょ・・ちょっとお待ちくださいっ。コンラート殿。何か、何か盛大に勘違いをしておられます~!!つまりっ!貴方は、私どもの仲間、悪魔なのですっ!」

 
 一瞬、頭が真っ白になった。もう一度、心の中でその突飛な単語を繰り返す。
 悪魔?!
 訳がわからない。いきなり何を言い出すんだ、ギュンターは。

「どういうことだ?話が見えない。もっときちんと説明して下さい、ギュンター」
 彼に詰め寄ると鋭い眼差しで、彼を射抜く。

 相変わらず、じたばたと慌てるギュンター。彼のブーツが石畳の地面を踏み鳴らす度に硬い音が部屋に響く。
「ああ~、で、ですから、落ち着いて下さいっ。コンラート殿。そんな怖い目で見ないでっ。つまり・・・貴方の父上、ダンヒーリー・ウェラーは悪魔の女と恋に落ちてしまったのです。そして、貴方が生まれた・・・というわけです」

 俺の母親が・・・悪魔?!そんなこと言われてにわかに信じられるか・・・。
 
 けれど、年を取っても、見た目の衰えが緩やかなこの身体・・・・。このおかしな体質・・・。俺が、長年悩んでいた不可思議なこの身体の秘密の謎が解けた気がする。

「そして、その悪魔の女というのは、我が主ヴォルフラム様の母親でもあるのです」
 
 俺は思わず、声を上げた。思わず声が上ずってしまう。
 信じられない。俺の母親が悪魔でおまけに・・・・。

「では、私は坊ちゃんの婚約者ヴォルフラム様の異父兄弟ということですか?」

 少し、俺の雰囲気が和らいだおかげで、優しい笑顔になったギュンターは答える。

「えぇ、そうです。名を、ツィツェーリエ様と申します。彼女は、唯の悪魔ではありません。この大英帝国ができる遥か昔、この国の元となった七王国の闇の創始者でもあるのです。歴史書などには、出ておりませんが。彼女はその頃よりこの地を収める闇の者。この大英帝国の実権を握る闇の女王なのです。彼女は、恋多き女性で、その麗しい容貌から沢山の男性と恋仲に落ちては各地に子孫を残してきたのです。そして、貴方もその一人・・・というわけです」

 俺の母親の説明を淡々と続けるギュンター。話を区切ると、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「本日は、貴方にお願いがあって参ったのです。どうか、我々悪魔の集う地、イースト・アングリアにお越しいただけませんか。貴方をウェラー卿として迎え入れ、領地つきの貴族として、この国で何不自由なく暮らせることを約束いたします。この大英帝国を繁栄させるためには、貴方のお力添えが必要なのです」

 意味ありげに、言葉を区切ると威厳のある声で話すギュンター。
「貴方は、ツィツェーリエ様・・・・その表の名、エリザベス女王様のご子息なのですから」


 俺は、思わず叫んだ。
 これが、叫ばずにいられるだろうか。俺が、かの女王陛下の息子だったなどと。労働者階級として、執事をしているのが私ではないのか?

「そんな・・・・!!そんなことあるはずが無い!女王陛下は、国民と結婚したと公言し独身を貫いている筈ではないか・・・?」

「えぇ、ですから、表の女王としては、生涯独身を通すことになっております。しかし、闇の女王として、密かにその悪魔の一族を集め、この国の繁栄をゆるぎないものに・・・・とお考えなのです」
 
 あまりのことに、思考が鈍ってしまった俺。ただ、呆然と立ち尽くすことしかできない。

 びくびくと、俺の様子を伺いながら、遠慮がちに言葉を紡ぐギュンター。
「つまり、女王陛下自らが貴方にお越しいただくことを願っているのです。その・・ですね、つまり、来て頂けない場合は・・・・貴方がその・・・女王陛下に謀反を起こした・・・と受け取られてしまうかもしれませんっ!」

 そこまで、一気にまくし立てると、肩で息をするギュンター。そっと俺の様子を伺いながら、返事を待つギュンター。

 俺は、その事実を突きつけられて、むしろ冷静さを取り戻した。まずユーリのことを考えた。どうしたら、彼にとって一番いいか・・・を。

 答えは、自ずと見えてきた。

 今現在この渋谷家の執事である俺が、女王陛下に謀反を起こしたとなると、渋谷家も当然なんらかの面倒に巻き込むことになる。
 坊ちゃんの平和な生活が揺るがされてしまう。
 
 力強く、揺るぎの無い返事を返す。
「御意。女王陛下の仰せのままに。明日にでも早速お伺いさせて頂きます」
 恭しく、一礼をして見せた。 



**********

 今日のコンラッドは、一段とおかしかった。ヴォルフラムたちが帰ってからの彼は。

 彼は最近、やたらめったらに俺に抱きつくし、着替えも仕切りに手伝いたがるし、なんかちょっと意地悪だったけど・・・・それに輪をかけて今日のコンラッドは変だ。

 なんていうか、すごく遠くに感じられるんだ。

 こんなに近くで俺の世話を焼いてくれてるって言うのに。今だって、白いクロスをかけられたテーブルの上に、プレート、カップ、ソーサー、カラトリー等を次々とセッティングしていく。
 ティーポットの中の茶葉が花開いて紅茶を抽出するまでの間、流れるような優雅な動きでティーフードが並べられる。
 茶葉の開いた時間を見計らって、ティーストレーナーを使って優雅に紅茶が注がれる。

「坊ちゃん、本日のアフタヌーンティーは、フィナンシェ、ダックワーズ、マドレーヌとディンブラ紅茶です。坊ちゃんの好きなバターたっぷりの焼き菓子と、渋みの少ないあっさりした爽やかな紅茶をお楽しみ下さい」

 いつもと変わらない、見惚れてしまう一連の動作の筈だけど、何かが違う。



 
 俺とヴォルフラムが遊んでいる時に、彼はギュンターと何かを話しに行ったみたいだから、そのときに何か言われたんだと思う。

 何だろう・・・・。何があったんだろう。
 俺の不安は、どんどん膨らみ胸を締め付けた。

 コンラッドに聞いても、何でもありませんとしか言わないし。
 その優雅な笑顔で、それ以上の詮索を拒絶されている気がした。



 ずっと、胸がざわめいていた。





 そして、俺の不安は的中した。

 
 珍しく一家揃っての長大なテーブルを囲んでの晩餐が終わると、メイドが手際よく父に何かを手渡した。その包装紙で大切に包まれた何かを、父は恭しくコンラッドに差し出した。
 コンラッドは、丁重にお辞儀をして受け取ると、父に促されて丁寧に包装を解いていく。
 俺以外の誰もが、コンラッドのことを慈しんだ瞳で見守っている。

 何だ?何が起きているんだ?俺の知らない間に・・・・・?!何だ、この感動の場面みたいな雰囲気は?

 俺は、注意深くその包装紙で包まれたものの正体を見届ける。


 それは、金の豪奢な額縁に入った渋谷家の家族一同の写真だった!



 そんな・・・!まさか!
 それを見た時俺は、息が止まるかと思った。
  
 それは、執事が退職する時に行われる儀式だったから。

 執事が退職する際に、当主から家族の写真を手渡されるのがこの国の通例だった。

 自分の心臓が激しく脈打つ音が、苦しい。

 どうして、誰もこんな大事な話を俺にしてくれなかったの・・・?!
 なんで、コンラッドは俺にこんな、こんなに大切な話を教えてくれなかったの・・・?!
 さっき、あれほど彼に何かあるんじゃないか・・・って尋ねたのに・・・・。
 
 どうして俺にだけ、こんなに大切なことを教えてくれなかったの・・・と叫び出したかった!
 どれだけ、コンラッドに文句の一つでも叫びたいと思ったか・・・!
 

 けれど、俺はただ力なく食卓椅子に腰掛けているだけだった。


 あまりの事態に、何も言えなくなってしまった。
 その信じられない事実に。

 俺の家族が口々に、彼に感謝の言葉を述べているのが、聴こえる。
 けれど、まるでそれは何かの芝居を見ているかのようだ。

 俺は、認めたくない現実から心を閉ざしてしまった。


 ふいに、俺を心底心配した母の優しい声が聴こえた。
「ゆーちゃん・・・・ごめんね。ゆーちゃんが傷ついてしまうと思うと中々言い出せなかったの。こんなに瀬戸際になるまで、コンラッドさんが・・・・・退職することを言い出せなくてごめんね」

 母の声は優しい。けれど、その優しい声ではっきりと伝えられた悲しすぎる現実。言葉にされたことで、否応無く認めざるをえない・・・・彼が俺の前からいなくなるという・・・現実を。



 居ても立ってもいられなくなった。俺は、夢中で真紅の絨毯を踏み鳴らして、コンラッドの元へ駆けつけた。優雅に佇む彼に必死で縋り付く。ここには、家族のほかにも沢山の従者達がいたけれど、体裁などに構っていられなかった。

 俺は、無我夢中で叫んでいた。
「どういうこと?!だってコンラッドは、ずっと俺の執事でいてくれるっていったのに?!何か、特別な事情でもあるの?!ねぇ、教えてよ、コンラッド!」


 けれど、彼は曖昧な微笑を浮かべてくるだけ。何の感情も読み取れない。拒絶の笑顔。

 どうして、ちゃんと返事もしてくれないの。どうして、何も教えてくれないの。
 悔しくて、悲しくて、自分が惨めで、もう訳がわからなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになった。胸が熱くてたまらなかった。

 そのとき、兄である勝利の俺を窘めるような優しくて低い声が聴こえた。
「ゆーちゃん、コンラッドにも彼なりの言うにやまれぬ事情があっても致し方ない。詮索しないでやってくれ」
 彼の至極もっともな意見が、俺のぐちゃぐちゃになっていた心に響いた。ふいに俺は我に返った。

 そう・・・だよな・・・。さっきの俺の意見ってすごく傲慢だよな。
彼を見下したような言い方だった。彼の事情次第では、俺の元にいて当然だ・・・みたいな言い方だった。
 だれも、自分の勝手で人を縛り付けるような真似はしちゃいけないのに。俺が、一番嫌だと常日頃から思っていることを、俺は彼にしようとした。自分の勝手で、人を操るような真似をしようとしていた。

 ごめん・・・コンラッド。俺、どうして、こんなにあんたに執着しちゃうんだろう。
 どうしてコンラッドを自分だけで、独り占めしちゃいたいって思うんだ。

 あんただって、自由に生きる権利があるのに・・・。俺は馬鹿だ。

 もう、あんたのことを詮索したり・・・・しないから・・・・。俺の元を去ることを責めたりしない・・・。
 
 俺、あんたの選んだ道が、あんたにとって幸せに繋がることを祈るよ。だから、悲しまないように・・・努力する。
 
「今まで、本当にありがとう・・・コンラッド。俺のこと、いつまでも忘れるなよな」
 彼を見上げると、無理やりに笑顔を作って見せた。
 コンラッドの慈悲に溢れんばかりの笑顔が返ってきた。まったく翳りのない笑顔。いつもと全く変わらない彼の優雅な立ち居振る舞い。
「御衣。坊ちゃんの仰せのままに」

 そんな些細な行動に傷ついた。

 あんたは、平気なんだな・・・・・俺と離れてしまっても。寂しくないんだな。そうだよね、あんたよく言ってたもんな。自分のことをあくまで執事ですからって。
 俺とは、所詮、主人と執事という関係で割り切っていたってことか。俺だけが、一人であんたのことを大切に思っていたんだ・・・。

 心が悲鳴をあげていた。本当は、行かないでって、彼に縋り付きたくて、その温かい胸に飛び込みたくて、思い切り泣いてしまいたかった。
 いつでも、俺に開けてくれていたその温かい胸に。それさえも、彼が執事だから、俺に与えられていただけの物かもしれないけれど。

 けれど、もうそれさえ手の届かないところに行ってしまう。

 涙が溢れそうだった。でも、そんなところをコンラッドに見せたくなかった。泣くことで、行かないでって彼に意思表示してるみたいだと思ったから。彼の門出を祝わないといけないから。

 俺は、彼に自分の手を差し出す。彼の大きくて暖かい手と握手を交わす。その暖かさに身体がじんと痺れた。

 力強く声を出すように勤めた。そうしないと、声が掠れてしまいそうだったから。もう、涙が溢れてしまいそうだったから。限界だった。

「今まで、ありがとう。コンラッド」

 俺は、彼の返事を聞く前に、素早く踵を返すと、颯爽と部屋を抜け出した。頬にはようやく出てくることを赦された切ない雫が伝っていた。






 俺は、涙に濡れた枕に顔を埋めたまま、眠り込んでいたみたいだ。あまりの悲しさに、心が疲弊し切って、ぐったりと寝てしまっていた。
 こんなことでは、いけないと強く自分に言い聞かせ、普段どおりに湯殿へ向かう。
 
 こんな苦しい気持ちが、全部綺麗に流れ去ってくれれば良いのに・・・。
 
 自分の身体を洗いながら、むなしく願った。





 石鹸の優しい香りに包まれて、俺は再び床についた。


 眠れるわけが無かった。
 今夜の月・・・明るいな。
 窓から差し込む眩い月明かりに、俺は外へと誘い出された。

 薄闇の中、天蓋つきのベッドを抜けるとおぼつかない足取りで、バルコニーに出る。


 月夜の中に、美しい弦の音がかすかに響いていた。
 
 この曲・・・・懐かしいな。

 眠れない時に、コンラッドが弾いてくれた曲だ。
 ベートーベンの『春』だ。


 階下に見える、コンラッドの部屋の窓に明かりが灯り、少し開いているのが見えた。

 コンラッドが弾いているのか・・・?

 思わず、胸が締め付けられそうになった。

 俺が小さい時からずっと、眠れないたびに彼はヴァイオリンでいろんな曲を演奏してくれた。
 でも、俺はこの曲が一番のお気に入りだった。春の木漏れ日のように優しくて暖かい曲が、どことなくコンラッドに似ていたから。
 聞いているだけで、とても安心して眠りにつけた。

 けれど、彼の演奏を聴けるのも今日が最後になるんだ・・・・。
 切なくてやり切れない想いを胸に、そっと彼の演奏に耳を傾けた。

 相変わらず、彼の弾くヴァイオリンの音は洗練されて、綺麗だった。

 けれど、何か違和感を感じる。
 彼の演奏する『春』は、もっと柔らかくて、暖かい音色だったはずなのに。今、聞こえてくる彼の『春』は、心を突き動かすような、張り詰めた糸のような、切なくて苦しい音色だ。


 その演奏を聴いていたら、コンラッドのことがどうしようもなく気になった。今夜は、絶対に彼に遭わないほうがいいのに。遭ってしまったら、きっと俺の中の寂しい気持ちが全部溢れてくる。彼に遭いに行っては駄目だと、俺の中の理性が警鐘をならしている。

 それなのに、俺は、夢中でコンラッドの部屋へと駆け出していた。



 勢いに任せて、彼の部屋のドアを開ける。

 ヴァイオリンを弾く手を休めると、ひどく驚いた顔で俺を見つめるコンラッド。いつもの優雅な立ち居振る舞いとは違い、ひどく狼狽した様子だった。
「坊ちゃん、どうしましたか?眠れませんか?」

 もう駄目だ。

 やっぱり、来ないほうがよかった。


 彼の姿を見た途端に、俺の中の抑えていたものが一気に溢れ出す。


 俺は、ヴァイオリンを抱えたままのコンラッドに、わき目も振らずに抱きつく。その大きくて、広い胸に飛び込む。ずっと欲しかったその暖かい体温に、胸がじんとした。
 何も言わずに、抱きついたままの俺の頭上からひどく掠れたコンラッドの声が響く。
「ユーリ・・・?一体どうしたんですか?」

 俺は、もう抑えが利かなかった。彼のために、彼の門出を祝福するために、我侭は言っちゃいけないって思っていたのに。
「コンラッド・・・!俺、やっぱりあんたがいないと思うとたまらないよ。たまらなく寂しいよ・・・!!」

 俺は、泣きじゃくりながら、コンラッドにしがみつく。ひくひくと情けない嗚咽を漏らしながら、彼からの救いの言葉を期待してしまう。
 いつものように、俺が悲しい時に優しくしてくれたように・・・・。

「コンラッドは、寂しくないのか?お願いだよ、コンラッドも俺と離れて寂しいって言って。俺のことを、ただの主人じゃなくて、大切な人だったよって言ってくれよ!」
 
 言いながら、俺は馬鹿だと思った。
 自分からこんなことを言い出したら、彼はそう思っていないとしても、そうだよ・・・って言うに決まってるじゃないか・・・。それに、まるで、そう言えと脅してるみたいじゃないか・・・・。

 彼は、優しく穏やかな声で俺に囁く。
「俺も、もちろん、貴方と離れることは辛いです。貴方のことをとても大切に想っていますよ」

 彼の、そのいつもと変わらない穏やかな言い方が、悲しかった。やっぱり・・・。俺が、あんな風な言い方をしたから、仕方なく宥めるために言ってるんだ。俺は、こんなに一人で感情的に喚いているのに、あんたはすごく冷静だよな。

 辛くてたまらなった。でも、ここで引き下がるだけの冷静さは当の昔に無くなっていた。もう、自分が惨めだろうが何だろうが構わない。コンラッドに大切に想われていたんだって感じたい!

 抱きついたまま、彼の顔を見上げて叫ぶ。

「コンラッド!本当に俺のこと大切に想ってた?そんな落ち着いた声で言われてもなんか、信じられないよ!俺のこと、本当に大切だったなら、それを証明してくれよっ」

 一瞬にして、彼の瞳が熱く揺らめく。彼の中の何かが目覚めたように。
俺は、彼の胸の中にきつく抱き込まれていた。彼の腕に抱えられていたヴァイオリンが地面に落下して硬質な音を立てた。
 いつもの彼とはまるで違う、感情を剥き出しにしたような声が部屋に響く。

「貴方の事が、大切で堪りません・・・!!それどころか、好きです・・・・貴方を心の底から、愛しています」
 

 コンラッドが俺のことを・・・大切どころか・・・好き?・・・愛してる?

 自分が求めていた以上の想いを与えられた。
 その意味を、理解するのに、時間がかかった。

 彼のその大切な告白の一語一語を、噛み締めている刹那。
 俺は彼のベッドの上に押し倒された。


裏へ続く。
右下。

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自己紹介:
とても気が弱く長いものに巻かれろ的な性格です。
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