2009.4.22設置
『今日からマ王』メインです。
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マーメイドプリンス 後編
二人の結婚の噂が囁きだされたころに、唐突にユーリの前途に暗雲が立ち籠めた。
あの嵐の夜に、ギュンターの命を救ったという美少年が現れたのだ。しかも、ただの美少年ではなかった。この国を支配下においている小シマロンの王だったのだ。
そんな!!ギュンターをあの嵐の夜に助けたのは、この俺なのに!!
いくら、説明をしたくても自分には『声』がない。でも、俺のことをあんなに大切にしてくれたギュンターならきっと、わかってくれる。
ユーリは、このとき、事の重大さに気づいていなかった。
小シマロンの王、サラ・レギーはあることを企てていた。小シマロンの属国であるカロリアを、そのまま小シマロンの一部として吸収したいと目論んでいた。そのためには、大義名分が必要だった。
しかし、なかなか好機に恵まれずにくすぶっていた。
そんな折、彼はギュンターが嵐の夜に溺れるところを何者かによって助けられたという噂を聞きつけた。そして彼は早速、それを利用することにした。
ユーリが大広間で、事の成り行きを憂慮していた折、謁見の間では、ギュンターがサラの方術に惑わされていた。
サラは、方術に長ける神族。その瞳をみつめてしまった者は、彼の意のままに操られる。
荘厳な謁見の間には、今はサラと、ギュンターしかいない。客人の要求で、2人だけで話がしたいと言われ、断るわけにもいかなかったからだ。サラの麗しい容姿が人の心を懐柔するのに、一役を担ったのだ。
流れるようなプラチナブロンドを、耳に掛けながら、サラは眼鏡越しにギュンターを見つめる。
「ねぇ、ギュンター?私があの晩に、海原で溺れそうな貴方を助けたんだよ。信じてくれる?」
懐疑的なギュンターは、素直にその言葉を受け入れようとはしなかった。
「さぁ、何とも分かりかねます」
そんなギュンターに、痺れを切らしたサラは、ふいっと眼鏡を外す。そして、吸い込まれそうな碧い瞳で、ギュンターを見つめて、諭す。今、まさに、ギュンターに方術を掛けようとしていた。
「いいかい、ギュンター?君は、あの嵐の夜に私に助けられたんだ。そして、私に恋をして、求婚する。明後日には、結婚式を執り行う。そして、カロリアが小シマロンの一部になる。・・・・・いいね?ふふふ」
華奢な両手で、ギュンターの顔を優しく掴んで微笑む。
ギュンターは、何かを言いたそうに口を動かすけれど言葉にならない。身体も、方術で拘束されていて、瞳をそらすこともできない。
次第に、瞳の輝きを失くすギュンター。彼は、サラの思惑通りに、方術に囚われる。
それを見届けると、踵を返して、サラは颯爽と謁見室を後にする。
サラが去った後、ギュンターを見たユーリは愕然とした。
いつも、ユーリに優しく微笑んでくれる彼の瞳が、冷ややかにユーリを映し出す。あの、いつも微笑んで、かいがいしく世話を焼いてくれる彼の面影が微塵も感じられない。
どうしよう、サラが自分のことを救ってくれたって信じて、ギュンターは、俺のことなんか大切じゃなくなったのか?!!
サラが方術使いだなどと、まるで知らないユーリ。
そのために、ギュンターの変化は、そのまま、自分への興味が薄れたせいだとユーリは、考えてしまう。
ユーリは、絶望に追いやられる。
まさか、あんなに大事にしてくれたのに・・・!どうして!!ギュンター、わからない!!
ユーリの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。その情景を見てもなお、ギュンターは、ただ冷ややかにユーリを見下ろしているだけだった。
その後の、ギュンターの更なる態度の変化は一層ユーリを苦しめた。食事につけ、入浴につけ、以前のようにユーリが仲睦まじく振舞おうとすると、そのたびにギュンターが拒否をした。
それは、傍からみても、ギュンターが心変わりをしたように見えた。
そして、その日の夜。ユーリは、ギュンターとサラ・レギーが仲睦まじく手をつないで岸辺を歩いているのを見てしまった。それは、本来ユーリがするべき散歩であったのに。悲しみが溢れ、涙が止まらない、ユーリ。
どうしよう、俺、あんなに大事にされて・・・・とても幸せだったのに。やっぱり、ギュンターはサラに助けられたと信じて・・・・サラのことを好きになってしまったんだ!!
堪らずに、城を抜け出すユーリ。彼らのいる岸辺とは反対の方へ走り出す。一人、ぽつんと、浅瀬の岩石の上に腰を下ろす。まだ、涙が止まらないユーリ。
すると、目の前の海に兄達が姿を現す。
泣いているところを見られないようにと、慌てて眼をこするユーリ。そんな、ユーリを見て胸が痛む兄達。
「ユーリ、まだ、間に合います。この剣であの人間の男を刺し殺して下さい!」
突然、次兄から不穏なことを言われて驚くユーリ。
「ちょっと、コンラッド兄さん!何言ってるんだよ!」
険しい表情で、ユーリを諭す、グウェンダル。
「ユーリ、忘れてしまったのか?あいつが他の人間と結ばれると、お前が消えてしまうんだぞ」
はっと、我に返るユーリ。そうだ、俺、このままだと確実に消えてしまう。でも、あの人を刺し殺すなんて・・・・!!
ある、違和感を覚えて、次兄を見やるユーリ。ユーリは息を呑む。次兄だけじゃない、長兄も、だ。
「コンラッド兄さん、どうして・・・・左腕がないんだよ!!グウェンダル兄さんも!!片眼がおかしいよ!!」
顔をゆがめて、次兄がユーリに答える。
「この剣を手に入れるためには、どうしても私は左腕を犠牲にせざるを得なかったんです。グウェンダルは、左眼を。ヴォルフラムは・・・・心臓を・・・・・」
「そうだ、ユーリ。皆お前のことを愛している。失くしたくないんだ」
次兄が、ユーリに剣を投げてよこす。
「私も、どうしても貴方を失いたくありません。だから、お願いです、あの人間を刺してください」
兄達が、去った後、ユーリは、自分の軽率な行動に、今更ながら後悔した。
そんな、俺のせいで・・・・兄さん達が・・・あんな目に遭ってしまうなんて!!そんな結果を招き寄せてしまったのは、この俺!たまらなく、悔しい!それに・・・・たまらなく、惨めだ。
それでも、それでも、俺は、どうしてもあの人を刺し殺すことなんて出来ない!!
ユーリは、剣を握り締めたまま一晩中、思考を巡らせていた。
そして、とうとう、王子を刺し殺すことなどできないままに、ギュンターとサラの結婚式が執り行われることになった。
その朝、すがすがしく、華やかなラッパの音が城内に鳴り響いた。彼らの結婚式が開催される合図だった。
けれど、ユーリの心は鉛のように、重く、深く沈んでいた。
海辺にたたずむ麗しい教会。眩い白壁と、ドーム型の碧い屋根の教会。紺碧の海とのコントラストが映える。真っ白なカモメ達が、二人を祝福するかのように、自由にコバルトブルーの空を舞う。聖堂にある5つの鐘も、二人を祝福して、カラン、コロン、と盛大に鳴らされる。
聖堂内には、聖母や、天使、キリストをかたちどった数々のイコンが装飾されている。極彩色のステンドグラスにも、マリア像が描かれており、宗教色の強い、荘厳な雰囲気。
その上に、今日は、淡いパステル調の色とりどりの花々がところ狭しと装飾されている。
そんな中、参列を赦されたユーリは、ひっそりと端の席に身を潜める。
宮廷楽団が、一際華やかな音楽を演奏する中、正装したギュンターとサラ・レギーが歩を進める。カトリック教の挙式の象徴、赤い絨毯を敷かれたヴァージンロードを歩んでくる。
正装した二人は、言葉も出ないほどに美しい。
二人は、色違いの高貴で麗しい衣装に身を纏っている。ギュンターは、白を基調とし、一方のサラは、黒を基調とした衣装だ。
幾重にも重ねられたレースカフ。胸元に、アクセントに添えられたメダリオン。そこかしこに、微細に華麗な金の刺繍が施してある。その周りには、ダイアモンドが贅沢に施されている。
二人が並ぶと、その衣服の色の対比が殊更に麗しい。
まるで、白鳥と黒鳥のよう。
けれど、そんな麗しい二人をただひっそりと見つめるユーリ。ただ、見つめることだけしか赦されないユーリ。彼の心は、今にも壊れそう。愛する者の幸福を見届けることしか赦されない。例え自分が消えてしまうとしても。
そんなユーリに、追い討ちを掛けるように儀式は進行していく。
祭壇まで、辿り着いた二人は愛の宣誓を行う。
教皇が、二人に結婚の誓約を読み上げる。
「病めるときも、 健やかなるときも。 また、富める時も、 貧しきときも。 共に尊敬し、 互いに助け合い。 死が二人を分かつとしても。 二人の永遠の愛のために、これを愛すると誓いますか」
「誓います」「・・・・・・」
サラが、誓いを宣言した。けれど、ギュンターは、僅かに顔を歪め、固まっている。
そのとき、俺はサラの眼が妖しく碧い光を輝かせるのを垣間見た。
それは、寸分の出来事だった。
普通なら、見逃してしまうだろう。
けれど、声を失っていた俺は、その分視覚から情報を得る能力が開花していた。
これは・・・・!!!
人間の中にも、魔女の様に、魔法を使える者がいると聞いたことがある。
神族には、碧い眼を光らせて、相手を意のままに操る能力があるという。
そんな・・・・!!!サラが神族だったなんて!!
どうしてギュンターが操られていることに、気づいてあげられなかったんだ。
あんなに、俺のことを大事にしてくれたのに!こんなに、彼のことを好きなのに!
俺が、真実に気づいたとき。再度、サラの瞳に惑わされたギュンターは誓いの言葉を述べてしまう。
「誓い・・・ます」
そして、両者のサファイアの指輪の交換が為される。
「それでは、誓いの証として、キスを交わしてください」
教皇の言葉に促されるように、ギュンターがサラの両肩を緩やかに掴む。ギュンターが、サラの身長に合わせて身をかがめていく。プラチナの髪がさらりと垂れる。ギュンターの顔が、サラの顔に差し迫る。
俺は、夢中で祭壇に駆け登る。やっと手に入れた人間の脚で。
ごめんな、ギュンター!!もっと早く、ギュンターが方術に操られていると、気づいてあげたかった。貴方は、変わらず、私を想っていると、信じ続ければよかった!!
二人の唇の距離があと1cmというとき。俺は、サラをギュンターから引き離す。
突然のことに、髪を空中に彷徨わせ、呆然と立ち尽くすサラ。
そんなサラを視界の端に捕らえる。
俺は、ギュンターの首筋に両腕を伸ばし、うんと、背伸びをして彼の唇に自分の唇を重ねる。
一刹那、眩い光が二人を包み込む。極彩色の、幾重にも重なる光の渦の只中、口付けを続ける二人。
幻想的な光景に、その場にいる誰もが息を呑む。
名残惜しそうに、唇を離して微笑むギュンター。
彼の瞳は、元通り、美しく煌いて俺を映し出す。
「貴方のおかげで、方術の拘束から解き放たれました」
すこし、切ない瞳で俺を見つめるギュンター。
「けれど、貴方を悲しませてしまいました。私が、ふがいないばかりに、方術などに惑わされてしまったのです」
俺は、必死で想いを口にしていた。まさか、声が戻っていることなど気づきもせずに。
「ギュンター!!それは、俺だって同じこと。もっと早く貴方が方術に操られているだけと、気づけばよかったんだ!!でも、でも、そんなことよりも、俺は、今、この瞬間に貴方が俺のことを、優しい瞳で見つめてくれる。ただ、それだけで、幸せすぎるよ!!」
はっとした、顔で俺を見つめるギュンター王子。
「貴方・・・・声が・・・・・!!とても、素敵な声、感慨深いお言葉」
ギュンターは、うっとりと瞳を閉じて俺を胸に抱き寄せる。
俺も、自分の身体に起きた奇跡に喜びで胸がいっぱいになる。
「ほ、本当だ!!声が戻った!!」
喜びに心弾む俺。そんな俺に更なる幸せが訪れる。
ギュンター王子は、俺の前に跪いて、俺の左手の薬指にキスを落とす。
「貴方を、生涯掛けて愛し貫くと誓います」
「ギュンター・・・・・」
彼の、誠実で情熱的な瞳の中に俺が映る。
これから、一生を添い遂げていくと誓ってくれた彼の瞳の中に、俺は、一番初めに映る。
これからの二人の、新たな冒険の一ページがその瞳に、刻まれる。
二人を見守っていた参列客から一斉に暖かい拍手を送られる。
人間と人魚という種族の垣根を越えて結ばれた二人。
魔術、方術のまやかしに打ち勝った二人。
きっと、これからどんな試練も乗り越えていける。
二人がそばにいる限り。
貴方の綺麗な瞳の中に、自分が映っていられる限り。
満月の煌々と輝く夜空。
さざめく、星屑。
三人の人魚の王子達が、その弟の幸せを祈る。
ユーリのギュンターへの愛の力が魔術の呪縛から彼らを解放した。それぞれが元の身体を取り戻していた。
手元に、弟のいなくなった寂しさと、彼の幸せを祝福する気持ちを複雑に胸に抱き続ける兄達。
暁のころまで、エメラルドグリーンの海の中、ずっとユーリの住む城を見つめていた。
後編=完
二人の結婚の噂が囁きだされたころに、唐突にユーリの前途に暗雲が立ち籠めた。
あの嵐の夜に、ギュンターの命を救ったという美少年が現れたのだ。しかも、ただの美少年ではなかった。この国を支配下においている小シマロンの王だったのだ。
そんな!!ギュンターをあの嵐の夜に助けたのは、この俺なのに!!
いくら、説明をしたくても自分には『声』がない。でも、俺のことをあんなに大切にしてくれたギュンターならきっと、わかってくれる。
ユーリは、このとき、事の重大さに気づいていなかった。
小シマロンの王、サラ・レギーはあることを企てていた。小シマロンの属国であるカロリアを、そのまま小シマロンの一部として吸収したいと目論んでいた。そのためには、大義名分が必要だった。
しかし、なかなか好機に恵まれずにくすぶっていた。
そんな折、彼はギュンターが嵐の夜に溺れるところを何者かによって助けられたという噂を聞きつけた。そして彼は早速、それを利用することにした。
ユーリが大広間で、事の成り行きを憂慮していた折、謁見の間では、ギュンターがサラの方術に惑わされていた。
サラは、方術に長ける神族。その瞳をみつめてしまった者は、彼の意のままに操られる。
荘厳な謁見の間には、今はサラと、ギュンターしかいない。客人の要求で、2人だけで話がしたいと言われ、断るわけにもいかなかったからだ。サラの麗しい容姿が人の心を懐柔するのに、一役を担ったのだ。
流れるようなプラチナブロンドを、耳に掛けながら、サラは眼鏡越しにギュンターを見つめる。
「ねぇ、ギュンター?私があの晩に、海原で溺れそうな貴方を助けたんだよ。信じてくれる?」
懐疑的なギュンターは、素直にその言葉を受け入れようとはしなかった。
「さぁ、何とも分かりかねます」
そんなギュンターに、痺れを切らしたサラは、ふいっと眼鏡を外す。そして、吸い込まれそうな碧い瞳で、ギュンターを見つめて、諭す。今、まさに、ギュンターに方術を掛けようとしていた。
「いいかい、ギュンター?君は、あの嵐の夜に私に助けられたんだ。そして、私に恋をして、求婚する。明後日には、結婚式を執り行う。そして、カロリアが小シマロンの一部になる。・・・・・いいね?ふふふ」
華奢な両手で、ギュンターの顔を優しく掴んで微笑む。
ギュンターは、何かを言いたそうに口を動かすけれど言葉にならない。身体も、方術で拘束されていて、瞳をそらすこともできない。
次第に、瞳の輝きを失くすギュンター。彼は、サラの思惑通りに、方術に囚われる。
それを見届けると、踵を返して、サラは颯爽と謁見室を後にする。
サラが去った後、ギュンターを見たユーリは愕然とした。
いつも、ユーリに優しく微笑んでくれる彼の瞳が、冷ややかにユーリを映し出す。あの、いつも微笑んで、かいがいしく世話を焼いてくれる彼の面影が微塵も感じられない。
どうしよう、サラが自分のことを救ってくれたって信じて、ギュンターは、俺のことなんか大切じゃなくなったのか?!!
サラが方術使いだなどと、まるで知らないユーリ。
そのために、ギュンターの変化は、そのまま、自分への興味が薄れたせいだとユーリは、考えてしまう。
ユーリは、絶望に追いやられる。
まさか、あんなに大事にしてくれたのに・・・!どうして!!ギュンター、わからない!!
ユーリの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。その情景を見てもなお、ギュンターは、ただ冷ややかにユーリを見下ろしているだけだった。
その後の、ギュンターの更なる態度の変化は一層ユーリを苦しめた。食事につけ、入浴につけ、以前のようにユーリが仲睦まじく振舞おうとすると、そのたびにギュンターが拒否をした。
それは、傍からみても、ギュンターが心変わりをしたように見えた。
そして、その日の夜。ユーリは、ギュンターとサラ・レギーが仲睦まじく手をつないで岸辺を歩いているのを見てしまった。それは、本来ユーリがするべき散歩であったのに。悲しみが溢れ、涙が止まらない、ユーリ。
どうしよう、俺、あんなに大事にされて・・・・とても幸せだったのに。やっぱり、ギュンターはサラに助けられたと信じて・・・・サラのことを好きになってしまったんだ!!
堪らずに、城を抜け出すユーリ。彼らのいる岸辺とは反対の方へ走り出す。一人、ぽつんと、浅瀬の岩石の上に腰を下ろす。まだ、涙が止まらないユーリ。
すると、目の前の海に兄達が姿を現す。
泣いているところを見られないようにと、慌てて眼をこするユーリ。そんな、ユーリを見て胸が痛む兄達。
「ユーリ、まだ、間に合います。この剣であの人間の男を刺し殺して下さい!」
突然、次兄から不穏なことを言われて驚くユーリ。
「ちょっと、コンラッド兄さん!何言ってるんだよ!」
険しい表情で、ユーリを諭す、グウェンダル。
「ユーリ、忘れてしまったのか?あいつが他の人間と結ばれると、お前が消えてしまうんだぞ」
はっと、我に返るユーリ。そうだ、俺、このままだと確実に消えてしまう。でも、あの人を刺し殺すなんて・・・・!!
ある、違和感を覚えて、次兄を見やるユーリ。ユーリは息を呑む。次兄だけじゃない、長兄も、だ。
「コンラッド兄さん、どうして・・・・左腕がないんだよ!!グウェンダル兄さんも!!片眼がおかしいよ!!」
顔をゆがめて、次兄がユーリに答える。
「この剣を手に入れるためには、どうしても私は左腕を犠牲にせざるを得なかったんです。グウェンダルは、左眼を。ヴォルフラムは・・・・心臓を・・・・・」
「そうだ、ユーリ。皆お前のことを愛している。失くしたくないんだ」
次兄が、ユーリに剣を投げてよこす。
「私も、どうしても貴方を失いたくありません。だから、お願いです、あの人間を刺してください」
兄達が、去った後、ユーリは、自分の軽率な行動に、今更ながら後悔した。
そんな、俺のせいで・・・・兄さん達が・・・あんな目に遭ってしまうなんて!!そんな結果を招き寄せてしまったのは、この俺!たまらなく、悔しい!それに・・・・たまらなく、惨めだ。
それでも、それでも、俺は、どうしてもあの人を刺し殺すことなんて出来ない!!
ユーリは、剣を握り締めたまま一晩中、思考を巡らせていた。
そして、とうとう、王子を刺し殺すことなどできないままに、ギュンターとサラの結婚式が執り行われることになった。
その朝、すがすがしく、華やかなラッパの音が城内に鳴り響いた。彼らの結婚式が開催される合図だった。
けれど、ユーリの心は鉛のように、重く、深く沈んでいた。
海辺にたたずむ麗しい教会。眩い白壁と、ドーム型の碧い屋根の教会。紺碧の海とのコントラストが映える。真っ白なカモメ達が、二人を祝福するかのように、自由にコバルトブルーの空を舞う。聖堂にある5つの鐘も、二人を祝福して、カラン、コロン、と盛大に鳴らされる。
聖堂内には、聖母や、天使、キリストをかたちどった数々のイコンが装飾されている。極彩色のステンドグラスにも、マリア像が描かれており、宗教色の強い、荘厳な雰囲気。
その上に、今日は、淡いパステル調の色とりどりの花々がところ狭しと装飾されている。
そんな中、参列を赦されたユーリは、ひっそりと端の席に身を潜める。
宮廷楽団が、一際華やかな音楽を演奏する中、正装したギュンターとサラ・レギーが歩を進める。カトリック教の挙式の象徴、赤い絨毯を敷かれたヴァージンロードを歩んでくる。
正装した二人は、言葉も出ないほどに美しい。
二人は、色違いの高貴で麗しい衣装に身を纏っている。ギュンターは、白を基調とし、一方のサラは、黒を基調とした衣装だ。
幾重にも重ねられたレースカフ。胸元に、アクセントに添えられたメダリオン。そこかしこに、微細に華麗な金の刺繍が施してある。その周りには、ダイアモンドが贅沢に施されている。
二人が並ぶと、その衣服の色の対比が殊更に麗しい。
まるで、白鳥と黒鳥のよう。
けれど、そんな麗しい二人をただひっそりと見つめるユーリ。ただ、見つめることだけしか赦されないユーリ。彼の心は、今にも壊れそう。愛する者の幸福を見届けることしか赦されない。例え自分が消えてしまうとしても。
そんなユーリに、追い討ちを掛けるように儀式は進行していく。
祭壇まで、辿り着いた二人は愛の宣誓を行う。
教皇が、二人に結婚の誓約を読み上げる。
「病めるときも、 健やかなるときも。 また、富める時も、 貧しきときも。 共に尊敬し、 互いに助け合い。 死が二人を分かつとしても。 二人の永遠の愛のために、これを愛すると誓いますか」
「誓います」「・・・・・・」
サラが、誓いを宣言した。けれど、ギュンターは、僅かに顔を歪め、固まっている。
そのとき、俺はサラの眼が妖しく碧い光を輝かせるのを垣間見た。
それは、寸分の出来事だった。
普通なら、見逃してしまうだろう。
けれど、声を失っていた俺は、その分視覚から情報を得る能力が開花していた。
これは・・・・!!!
人間の中にも、魔女の様に、魔法を使える者がいると聞いたことがある。
神族には、碧い眼を光らせて、相手を意のままに操る能力があるという。
そんな・・・・!!!サラが神族だったなんて!!
どうしてギュンターが操られていることに、気づいてあげられなかったんだ。
あんなに、俺のことを大事にしてくれたのに!こんなに、彼のことを好きなのに!
俺が、真実に気づいたとき。再度、サラの瞳に惑わされたギュンターは誓いの言葉を述べてしまう。
「誓い・・・ます」
そして、両者のサファイアの指輪の交換が為される。
「それでは、誓いの証として、キスを交わしてください」
教皇の言葉に促されるように、ギュンターがサラの両肩を緩やかに掴む。ギュンターが、サラの身長に合わせて身をかがめていく。プラチナの髪がさらりと垂れる。ギュンターの顔が、サラの顔に差し迫る。
俺は、夢中で祭壇に駆け登る。やっと手に入れた人間の脚で。
ごめんな、ギュンター!!もっと早く、ギュンターが方術に操られていると、気づいてあげたかった。貴方は、変わらず、私を想っていると、信じ続ければよかった!!
二人の唇の距離があと1cmというとき。俺は、サラをギュンターから引き離す。
突然のことに、髪を空中に彷徨わせ、呆然と立ち尽くすサラ。
そんなサラを視界の端に捕らえる。
俺は、ギュンターの首筋に両腕を伸ばし、うんと、背伸びをして彼の唇に自分の唇を重ねる。
一刹那、眩い光が二人を包み込む。極彩色の、幾重にも重なる光の渦の只中、口付けを続ける二人。
幻想的な光景に、その場にいる誰もが息を呑む。
名残惜しそうに、唇を離して微笑むギュンター。
彼の瞳は、元通り、美しく煌いて俺を映し出す。
「貴方のおかげで、方術の拘束から解き放たれました」
すこし、切ない瞳で俺を見つめるギュンター。
「けれど、貴方を悲しませてしまいました。私が、ふがいないばかりに、方術などに惑わされてしまったのです」
俺は、必死で想いを口にしていた。まさか、声が戻っていることなど気づきもせずに。
「ギュンター!!それは、俺だって同じこと。もっと早く貴方が方術に操られているだけと、気づけばよかったんだ!!でも、でも、そんなことよりも、俺は、今、この瞬間に貴方が俺のことを、優しい瞳で見つめてくれる。ただ、それだけで、幸せすぎるよ!!」
はっとした、顔で俺を見つめるギュンター王子。
「貴方・・・・声が・・・・・!!とても、素敵な声、感慨深いお言葉」
ギュンターは、うっとりと瞳を閉じて俺を胸に抱き寄せる。
俺も、自分の身体に起きた奇跡に喜びで胸がいっぱいになる。
「ほ、本当だ!!声が戻った!!」
喜びに心弾む俺。そんな俺に更なる幸せが訪れる。
ギュンター王子は、俺の前に跪いて、俺の左手の薬指にキスを落とす。
「貴方を、生涯掛けて愛し貫くと誓います」
「ギュンター・・・・・」
彼の、誠実で情熱的な瞳の中に俺が映る。
これから、一生を添い遂げていくと誓ってくれた彼の瞳の中に、俺は、一番初めに映る。
これからの二人の、新たな冒険の一ページがその瞳に、刻まれる。
二人を見守っていた参列客から一斉に暖かい拍手を送られる。
人間と人魚という種族の垣根を越えて結ばれた二人。
魔術、方術のまやかしに打ち勝った二人。
きっと、これからどんな試練も乗り越えていける。
二人がそばにいる限り。
貴方の綺麗な瞳の中に、自分が映っていられる限り。
満月の煌々と輝く夜空。
さざめく、星屑。
三人の人魚の王子達が、その弟の幸せを祈る。
ユーリのギュンターへの愛の力が魔術の呪縛から彼らを解放した。それぞれが元の身体を取り戻していた。
手元に、弟のいなくなった寂しさと、彼の幸せを祝福する気持ちを複雑に胸に抱き続ける兄達。
暁のころまで、エメラルドグリーンの海の中、ずっとユーリの住む城を見つめていた。
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