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2009.4.22設置 『今日からマ王』メインです。 
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2010/03/17 (Wed)                  過去との決別



過去との決別

 

 

 ユーリと恋人になって1ヶ月経った。そして今日は、バレンタインから1ヶ月後のホワイトデーだ。日本では、バレンタインのお返しの日としてホワイトデーがあるらしい。

 先日、はにかみながら俺にそう説明してくれた、可愛い恋人の姿が脳裏に蘇った。

 ふと、幸せな気持ちに頬が緩みかけたときだった。

 ノーカンティから下馬すると、砂利を踏みつける軍靴の硬質な音が近づいた。
 俺は正面で立ち止まる彼を見て、小さくを叫んだ。

「ホルザー軍曹―― !」

 俺の思い出したくもない、卑しい過去の象徴ともいえる男だった。いかにも純血魔族といった風貌の彼は、十数年前と違わず煌びやかな金髪に、ルビーのような紅の瞳、抜けるように白い肌をしていた。

 今日は、眞魔国国立士官学校の創立記念日でもあった。俺は、特別指導教官として一日こちらで練兵に付き合うことになっていた。

 けれど、よりによって、こちらに着いたはなから、一番遭いたくない彼に出くわすとは。

「これは、これは、私のことなどを覚えておいでですか、ウェラー卿コンラート閣下。身に余る光栄でございます」

 かつて、俺の実践訓練を指導していた彼は、うやうやしく頭を垂れながらも、どこかその声色に邪なものを含んでいた。無理もない。彼は、士官学校生の俺をしばしば慰み者にしていたのだから。

 彼は顔を上げると、熱っぽい絡みつくような視線で俺の全身を嘗め回した。たまらずに、俺は視線を伏せて、奥歯を噛み締めた。

「純白の正装姿がとても麗しいですね、閣下。とてもお美しく成長なさいました。本日は、こちらの校舎の案内役として、一日あなたのお世話をさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「・・・・・・あぁ、頼む」

 正直、彼に一日付きまとわれることは、苦痛以外の何物でもなかった。けれど、態度に表すほうが不愉快なため、平静を装うことにした。

******

 木造の校舎には、薄暗い思い出が付き纏う。応接室に案内された俺は、鋲の打ちつけられた本革のソファに座るように勧められる。
 書類を取り出すと、かつての教官は俺の背後に回り込み、俺に抱きつくような姿勢で、テーブルにそれらを置いた。

「こちらは、簡単な書類です。まぁ平易に申し上げれば、今日一日指導官として赴任しますという内容です。さぁ、こちらにサインをしてください、コンラート閣下」

 おれの耳朶に、うしろから彼の不埒な息が吹きかかる。こちらに、と背後から彼が書類の上に手を翳す。
 ちらりと見えた彼の腕章のマークが増えていた。この十数年の間に彼は、曹長に昇級したらしい。

「曹長にまで、昇級されたのですね。おめでとうございます。ここに、サインすればよいのですね」

 背後から抱きしめられるような姿勢が、不愉快でたまらなかった。
 けれど、何も感じていないふりを通した。それが、彼を調子にのせてしまったらしい。

 左肩に置かれていた曹長の手が、不自然に滑り落ちる。軍服越しに、彼は、俺の胸元をいやらしく撫でさする。

「お祝いの言葉、享受致します、コンラート閣下。願わくば、あなたにまた慰めていただきたいものです」

 下卑た低い笑いが、耳元で響く。
 俺は、一切を無視して署名を終える。彼の腕をそっと振り払うと、立ち上がる。

「ご冗談を」


 不快な気分を引き摺っていたけれど、昼前に恋人であるユーリが来て、士官学校の創立記念の祝辞を述べる様子をみて、大いに癒されていた。


 そんなささやかな幸せは、長続きはしなかったけれど。

******

 ホルザー軍曹、現曹長は午後の練兵の間中、俺につきまとい、いやらしく身体に触れてきた。

 地球で言うところの、セクシャルハラスメントもいいところだ。

 その嘗め回すような下卑た視線も、何とかならないのか。普通にしていれば、美形の部類のくせに。

 剣技を披露する合間に感じる不快感に、集中力が削がれてしまう。
 生徒と手合わせするだけなのに、何度剣を取り落としてしまったことか。
 
 俺が剣を落すたびに、彼はひっそりと背後から近づいてくる。落ちた剣を拾おうと俺が上半身を屈ませると、彼は背後から身体を密着させて一緒に剣を拾うふりをする。

「あなたがそんなに浮ついているのは、身体が疼くからでしょう? ほら、これが欲しいんでしょう? 認めろよ、ウェラー卿」

「――っ!?」

 たくさんの士官学校生が見守る只中で、彼は不埒にも硬く立ち上がらせた自身の肉茎を、俺の臀部に内密に擦りつけてくるのだ。

 ときに、剣を拾うふりをして背後から俺に覆いかぶさり、軍服の上から俺の乳首をきつく摘まむこともあった。
 そして、痛みと羞恥で顔を歪ませる俺をみて、彼は、嗜虐心を満たしているのだ。

「こんなにたくさんの生徒に見守られていると、感じるでしょう? 淫乱閣下」

「・・・・・・っ」

 そんな卑猥な言葉を熱っぽい低音で、曹長は囁いてきた。鋭く細められた紅い瞳は、獲物を狙う嗜虐的なものだった。

 十数年経った今でも、彼は変わらず卑劣な男だった。

 
 それでも、意地で剣の修練に付き添っていたため、気がつくとすっかり日も暮れていた。

 一日の指導を終えた俺は、再び応接室へと案内された。豪華な食事と、暖かな紅茶が用意されていた。
 配膳をしてくれた一般兵達が、俺に頭を下げて部屋を後にする。濃紺の三人掛けソファに腰を降ろすと、深いため息を吐いた。

 散々な気分だった。それでも、食事から立ち上る暖かな湯気と香ばしいかおりに、少しだけ気持ちが落ち着いた。
 琥珀色の紅茶に手を伸ばし、少し口に含んだ。少し苦味のある爽やかな香りが、部屋に広がった。

 今日は、ユーリが地球から来ている。それも、今日は、日本でいうところのホワイトデーだ。ユーリの様子からして、彼は今日をとても楽しみにしているのがわかった。

 疲れ切っていた身体も心も、彼のことを思い出すだけで癒されていく。途端に、昼前、こちらまで創立記念の祝辞を述べに来た愛らしい彼の姿が、思い浮かんだ。

 知らず、頬が緩んでいたようだ。

「どうかしましたか、コンラート閣下? とても幸せそうな顔をしていらっしゃいますよ。恋人のことでも考えていたのですか?」

 蝶番(ちょうつがい)の軋む音と共に、応接室の扉が開いた。そして、長身なホルザー曹長が姿を現した。
 丁寧な口調のくせに、ひどくいやらしい彼の声色に不快感を覚えて、思わず睨みつけてしまった。

 冷静でいられなかったのは、彼の口から恋人という単語を聞いたから、かもしれない。

「あなたには、関係のないことです」

「おや、そうですか。つれないですね。あんなことをした仲なのに? 覚えていませんか、コンラート君?」

 そういいながら、曹長は後ろ手で部屋の鍵を回す。すると、彼は急に今までの丁寧を装った態度を崩し、かつての横柄な教官に戻った。

「なぁ、コンラート。過去の秘密を暴かれたくはないだろう? 少しの間、昔のように俺の可愛い生徒になれよ。今でも、来るもの拒まずなんだろう? あんなに淫乱な身体が、恋人ひとりだけで耐えられるわけがない」

 ホルザー曹長は、金髪をうっとうしそうに掻き揚げながら、妖艶な紅い瞳を眇める。ゆっくりと俺の隣のソファに腰を降ろすと、甘ったるい声で卑猥な台詞を吐く。

 腰に左手を回されて、右手でそっと頬に触れられる。ごつごつとした右手がゆっくりといやらしく頬を滑り、たどり着いた先の白い軍服の飾り釦を外し始める。

「・・・・・・」

「本当は、昼間からずっと嬲ってほしかったんだろ?」

 俺がされるがままなのを、了解の意と捉えたのか、彼は飢えた肉食獣のように俺を見つめる。
 ひどく欲望に飢えた熱い瞳だった。端整なはずの唇は、嗜虐的に歪められていた。

「当時のやさぐれたお前も魅力的だったが、紳士的でどこか柔和な雰囲気のお前もたまらない。その優しそうな顔が、どんなにいやらしく歪むのか、どんな声で啼くのか、見せろよ?」

 俺の腰に回された手が、卑猥な手つきで臀部を撫で始める。まるで、俺の後孔を探るようなその手付きに、全身に悪寒が走る。

 釦を外し終えた右手が、肌蹴られた軍服の中に差し込まれる。肌着の上から、執拗に乳首を抓られる。生理反応で、ごく自然にそこは熱を持って立ち上がる。きつく抓られる痛みに、自然と頬は上気し、短い息が零れる。

 けれど、それは生理的な反応にすぎない。それでも、ホルザー軍曹はひどく満足そうに眼を細める。

「・・・・・・っ」

「これ、みろよ、コンラート。ますますエロい身体になったんじゃないのか。こんなに、乳首が立っているぞ。衣服ごしにこんなに立たせて、いやらしい奴だ。そんな綺麗な顔をして、どうせ、こちらも、もう勃っているんだろう?」

「―― もう気は済みましたか?」
 
 荒い息を吐く色情魔を、冷めた眼で一瞥する。
 俺の軍服のベルトに延びてきた彼の手を素早く掴み上げ、その勢いで彼をソファの前に立たせると、腹に思い切り膝蹴りを食らわせた。

 すっかり、欲望に夢中になっていた曹長は、俺が抵抗するはずが無いとたかを括っていたのだろう。防御の姿勢を取ることさえなく、鈍い音と共に、彼は腹に全衝撃を受けた。

 短い嗚咽を漏らして彼は、ソファとテーブルの間に崩れ落ちた。地面に座り込む彼を、俺は立ったまま見下ろした。

「あなたは、ご自分の立場を弁えていない。不敬罪で訴えて差し上げましょうか?」

「・・・・・・ははっ、無理だろう? 男にレイプされかけたなんてことを公にできるわけない!! なんなら、可愛いコンラート君の過去の出来事を暴露してやってもいい・・・・・ははっ!!」

 俺は、彼の襟首を乱暴に掴みあげて、瞳を眇めた。

「俺は、守るべきひとができた。ただ、そのひとのために、俺は生かされているみたいなものです。もう、俺に構わないでください。あなたが俺に構うことで、大切なひとを悩ませることがあるのならば、おれはあなたに対して―― どんな手段も選ばない。覚悟しておいて下さい」

 瞳孔を見開いて小刻みに震えるホルザー曹長を残して、俺は慌しく着衣を直しながら廊下を駆けた。

******


 ノックをする余裕さえなかった。
 少しでも早くユーリに遭いたかったから。

 重厚な王室の扉を、乱雑に開けると、そこには遭いたくてたまらなかった恋人の姿があった。

 少し照れくさそうな、けれど満面の笑みをみて、俺の汚いところも情けないところも全部赦された気がした。

 俺は、まだ幼い少年の彼に、どうしようもなく甘えたい気持ちになった。いつもなら、うんと甘えさせてやりたい庇護欲のほうが勝るのに・・・・・・・。

 今日は、俺も相当参っていたみたいだ。

 たまらずに、ベッドに座る彼を抱きしめた。風呂上りのシャンプーの優しい香りが、鼻先を掠めた。

 けれど、今日の俺は本当にどうかしていた。

 ユーリがホワイトデーだからと、俺のためにクッキーを焼いてくれた。そして、その出来に驚いていたら、彼はとたんに肩をおとした。

 どうしたのだろう、とユーリを見つめると慌てるように彼は、謝ってきた。

「ごめんなさい!! おれ、バッドしか持ったことないから。ひとりでこんなすごいクッキーを作るなんて、相当練習をつまないと無理です。実は、クラスの女子と一緒につくったんですっ」

 それを聞いたとき、正直、嫉妬した。自分でもどうかしていると思った。

 ユーリがせっかくおれのために、クッキーを焼いてくれたというのに、ユーリがクラスメートの女の子とふたりでつくったというだけで、不機嫌を抑えることが出来なかったなんて。
 自分でも、なんて子どもじみているんだと思った。

 今日は、いくら散々な目に遭ったとはいえ、いくらなんでもユーリに甘えすぎだ。

 そうしたら、ユーリは自分を責められているのだと勘違いして、謝ってきた。

 彼は、俺が子どもじみた嫉妬をむき出しにしてしまったのにも関わらず、自分でクッキーを焼かなかったというところに非を見出していたのだ。

 どうして、彼はひとに対して絶対の信頼を持っていて、それを疑わないのだろう。

 どうして、こんなに優しいひとなんだろう。

 もう、ずっと彼を離したくない。強く願った。

「今回は、全面的に俺が悪いです。おれは、あなたの優しい気持ちを、穿った嫉妬で歪めていたのですよ? 100歳も生きているのに、私は、大人失格ですね。それでも、あなたは優しく受け入れてくれる。いつだって、俺はあなたにはかなわない。きっと、これからもずっと、あなたには敵いそうもありません。どうか呆れないで、側にいさせて?」

 もう、プロポーズと取られようが構わない気がした。 
 年相応に、真っ赤になるユーリの可愛らしさに、たまらずに愛を囁いた。

「愛しています、ユーリ」

 けれど、そんなありきたりの言葉では、納得がいかなかった。

 だから、俺は、少し性急に彼にキスをした。




(あとがき)
花菜さん、お誕生日おめでとうございます!!
素敵なリクエストをありがとうございました^^ すごく萌えながら、書かせていただきました。
セクハラ?は、管理人の付けたしですが(汗)


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